書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 十一月の七福神をお届けします。早いもので、この連載も今年はこれが最後の更新です。一年間ありがとうございました。さて、今月はどんな作品が挙げられているのでしょうか。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『葡萄色の死 警察署長ブルーノ』マーティン・ウォーカー/山田久美子訳

創元推理文庫

 長閑な村で起こる放火事件、そして住人の変死。心優しき警察署長ブルーノの奔走を描くシリーズの第二弾。魅力的な登場人物たち、美酒と美食、ユーモア、恋愛模様など、さまざまな美味しい要素が詰まったこの作品世界を前にしては、思わず口あんぐりの真相も許せてしまう。

吉野仁

『宙(そら)の地図』フェリクス・J・パルマ/宮崎真紀訳(崎は「大」の部分が「立」)

ハヤカワ文庫NV

 パルマの前作『時の地図』は、次々と意外な展開が連続する、ミステリ趣向満載の超大型エンタメだった。しかし『宇宙戦争』をもとにした今回はほとんどSF。それでも南極を舞台にした「遊星からの物体X」仕立てのシーンをはじめ、全体に張り巡らされた仕掛け、予測不可能な展開、時代がかったロマンスの妙に加え、ある重要人物が登場するゆえ、ミステリー読者も必読だ。読めば満足、大喝采となるだろう。

川出正樹

『世界が終わるわけではなく』ケイト・アトキンソン/青木純子訳

東京創元社

 ソファでゆったりとくつろぐ伏し目がちな女性。その隣には背筋を伸ばし悠然と脚を組み、ハーゲンダッツの容器に指を突っ込んでいる巨大なネコが! この表紙絵を見た瞬間、頭の中に”?”が飛び交い、読み始めた途端に”!”が加わり、読了後”!!!”状態に。

 神話が現実と混じり合い、時空の切れ目から隣の世界がチョロリと顔を出す。節度ある黒いユーモアと不条理さが心地よい自由奔放に紡ぎ出された12の物語は、ゆるやかに連関し、切なさと暖かさを胸に残して幕を閉じる。特定のジャンルに閉じ込めてしまうことのできない魔術的な魅力に満ちたこの珠玉の短篇集を、ミステリ・ファンにも是非とも手にとってみてほしい。

北上次郎

『宙(そら)の地図』フェリクス・J・パルマ/宮崎真紀訳(崎は「大」の部分が「立」)

ハヤカワ文庫NV

 前作『時の地図』とは違って、今度は完全なSFなので、ここにあげるのはためらったけど、ハヤカワNV文庫の1冊なので、強引にあげてしまおう。とにかく面白いんである。火星人が襲ってくるんだぜ。H・G・ウェルズが立ち向かうんだぜ。あとは黙って読むべし。

酒井貞道

『葡萄色の死 警察署長ブルーノ』マーティン・ウォーカー/山田久美子訳

創元推理文庫

 田舎での生活は、一地方ならではの風習とか、狭いコミュニティ内でのちんけな悲喜こもごもが眼目となり、現代社会や遠い都会、あるいは国家レベルのあれこれからは取り残されているのだろうか? 否! 断じて否! そう主張するのが《警察署長ブルーノ》シリーズなのである。フランス南西部の小村を舞台にしたシリーズであるにもかかわらず、コージー要素のみならず、意外とシリアスな社会派の顔も併せ持つのだ。今回も、遺伝子組み換え作物試験場が放火され、エコエコしい住民が疑われたりする。おまけに大資本によるワイン農場開設の話も持ち上がり、この小村もまた、現代社会と資本主義の洗礼を受けていることがまざまざと示されるのである。ブルーノ署長の堅実な捜査と、二人の女性(それぞれ都会と田舎を象徴している)の間で揺れる心理描写も上手い。こういうウェルメイドな作品は年末ベストだと目立たないが、いい作品だと思います。安心して読めるので、あなたも是非。

霜月蒼

『2666』ロベルト・ボラーニョ著/野谷文昭・内田兆史・久野量一訳

白水社

 2012年に考えつづけてたのは自分にとって「ミステリ/crime fiction」という語が何を意味するか、ということだった。crimeとfictionという2語はどんな化学反応を起こしうるかという問い。2012年が、「文学」と「ミステリ」の境界上の傑作に彩られた年だったせいもある——セロー『極北』、オクサネン『粛清』、ピンチョン『LAヴァイス』、パーシー『森の奥へ』、ピース『占領都市』、ソローキン『青い脂』、モヤ『無分別』(ジャンル・ミステリの気配の強い順)。そんな年をしめくくるにふさわしい大作が『2666』なのだ。あの荒々しい世界。個人と風景。人間と世界。凄惨な骸の連なりを語る言葉が風景そのものとなり、また蛮行の叙述の集積が呪術となって世界に穴をあける。この言葉の魔術。そして終幕の美。震撼/戦慄/感動した。ここにあるのがcrime fictionの力だ。

杉江松恋

『祖母の手帖』ミレーナ・アグス/中島浩郎訳

新潮クレスト・ブック

 サルディーニャ島生まれの女性が「男性を愛する」という感情を知らなかったために数奇な運命を辿ることになる。変形の手記文学なのだが、記述に奥行きがあって真偽の判別が難しい。そこに謎が生まれるのである。中篇程度の長さだが、読めば読むほど発見があり、楽しめる。艶笑譚の要素もあるので、肩肘を張らずに読むことができるはずだ。今月はジョン・ル・カレ『われらが背きし者』もあり、こちらは一応ジャンルに収まる小説なのだが、ミステリーの興趣以外の部分で私は楽しめた。

 地中海沿岸を舞台にした作品とSF・非ジャンル小説が人気という一月でした。実は今日はもう一つのお楽しみがあるのです。午後になったらアレを公開しますよ。そう、アレです。少々お待ちを。(杉)

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