書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 一月の七福神です。年が明けてから大雪の日があったり、強風に身を削られる思いをしたりと、外出がめんどくさくなる日々が続きました。こういうときは暖かい室内でぬくぬくしながら読書に励むのもいいですね。さあ、今月もさっそくご紹介しましょう。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

吉野仁

『六人目の少女』ドナート・カッリージ/清水由貴子訳訳

ハヤカワ・ミステリ

 連続猟奇殺人を扱ったイタリア産サイコ・サスペンス。ケレン味あふれる趣向やショッキングな映像を喚起させる舞台の数々に加え、凝ったプロットにより最後まで面白がらせてくれた娯楽作だ。また2月刊ながら、傑作集『厭な物語』(文春文庫)は、ハイスミスなどに加え、新訳でフラナリー・オコナー『善人はそういない』(佐々田雅子訳)が収録。優れたノワールが白/黒のはるかむこう側へ連れ去ること知る者ならば、うわべの好/嫌をこえた魂の震えを感じるだろう。

霜月蒼

『アウトロー』リー・チャイルド/小林宏明訳

講談社文庫

 いまもっとも日本で過小評価されてる作家はリー・チャイルドだと思うのです。カッコいい!と理屈抜きで思わせるヒーロー像とアクション、精緻なプロットと、律儀な謎解き。読めば確実にスカっとできる安心のエンタメとして、本当ならディーヴァーやコナリーとともに毎年の新作を待ち望まれるべきシリーズなのだ! 犯人が見え見えの無差別狙撃事件に隠された真相を暴く本作も、狙撃現場で手がかりを緻密に拾ってゆくプロセスはガチのミステリ、クライマックスは痛快の極み! なお、繊細な心理ミステリ好きには『アサイラム・ピース』(アンナ・カヴァン)をすすめます。氷のように繊細な心が細い細いガラスのペンで書いたかのごとき脆く透き通った作品集。マーガレット・ミラー・ファンはマスト。

北上次郎

『消えゆくものへの怒り』ベッキー・マスターマン/嵯峨静江訳

ハヤカワ文庫

 愛する夫にも心を開かず、殺人鬼と闘う59歳の孤独なヒロインがいい! ニューヒロインの誕生だ。

川出正樹

『あの夏、エデン・ロードで』グラント・ジャーキンス/二宮磬訳

新潮文庫

 一九七六年夏、のどかなジョージア州の片田舎に住む十歳の少年カイルは、家の近くにあるエデン・ロードで自転車を漕いでいた時に自動車事故に遭遇。それが引き金となり、少年の小さくも安全な世界に、“地獄へと通じる黒い道”が舗装され、幸福な子供時代は悪夢世界へと変容する。頻繁に視点を切り替え、時間を前後しながらゆらゆらと語られる物語が読む者の不安を増幅するサスペンスの逸品。「2013年イヤミスNo.1」という帯の惹句を見て、安易な覗き趣味を満足させようと手に取ったら後悔することだろう。一瞬だけ躊躇った。けれども推す。ここに描かれた異様な世界に惹かれてしまったのだ、私は。

酒井貞道

『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ/土屋政雄訳

新潮クレスト・ブックス

 本来は12月中に読んでおくべきだったのだが、結局1月にずれ込んだのだから仕方がない。とにかく上手い。饒舌かつ簡素という、普通は両立しない語り口を両立させたのも凄ければ、一人の普通の男の約半世紀にわたる人生録かと思わせておいて後半でガツンと来る驚愕の展開も素晴らしい。そして何より、その《ガツンと来》た後に読者の心に広がる、小説としての味わいは格別である。あ、1月中の新刊なら、ヘレン・マクロイ『小鬼の市』を推します。

千街晶之

『1922』スティーヴン・キング/横山啓明・中川聖訳

文春文庫

 二つの中篇が収録されているが、とにかく表題作「1922」が圧倒的。息子に手伝わせて妻を殺害した男のその後の人生を描いた内容は、憎悪と自己正当化に溢れた主人公の暗澹たる心理描写に、死体処理シーンの生理的嫌悪感をそそるグロテスク描写、親の罪業がその子に報いる因果の悲惨な連鎖、そして執念深い亡者の祟りまで絡まって、まるで鶴屋南北の『東海道四谷怪談』か三遊亭円朝の『真景累ヶ淵』のようだ。思わず絶句の結末まで、一ページたりとも救いが存在しない傑作。

杉江松恋

『護りと裏切り』アン・ペリー/吉澤康子訳

創元推理文庫

 どう見ても状況証拠では不利な殺人容疑で裁かれる被告人がいて、弁護士や探偵が救いの手を差し伸べようとしているのに、「私のことはほっといてください。有罪なんですから死にます、キーッ!」と切れられてしまうというお話。そういうシチュエーションの法廷ミステリーっていっぱい読んだよね、と思ったあなたは作者を舐めています。下巻のだいたい三分の二が裁判の場面に当てられるのだけど、近年これほど被告人を応援したくなる作品というのは無かったと思うのだ。つまり「なんとか助かってくれ!」と感情移入したくなるということ。それほど緊迫感のある法廷場面です。ヴィクトリア朝という背景を存分に用い、この時代でしか成立しない物語を作り上げたことにも成功の一因はあるでしょう。法廷ミステリーの読者にも時代もののファンにも等しくお薦めできる作品です。あ、これ、モンク・シリーズの第3作なんだけど、まったく気にする必要ないから。モンクはたいして活躍しませんし。

 見事に票が割れました。年末から刊行点数が少なくなっていたのですが、ここに来て盛り返した観があります。春に向けて、これからはどんな作品が翻訳されるのでしょう。来月が楽しみです。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧