書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 桜前線はあまりにも早く通過してしまったのに、花冷えの天気が続き、もどかしい思いをさせられています。そんな中、三月の七福神をお届けします。お天気がぐずついている分、こっちははっきりと良作をご紹介していきますよ。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『青雷の光る秋』アン・クリーヴス/玉木亨訳

創元推理文庫

 たぶん今年最も賛否両論を呼びそうなのがこの作品だ。イギリス現代本格のマスターピースとも言うべき〈シェトランド四重奏〉が、まさかこのようなフィナーレを迎えるとは(「衝撃の結末」という帯の惹句は少しも誇張ではない。それが読者が期待していたタイプの衝撃であるかどうかを別とすれば)。傑作というよりは、作者に意図を問いつめたくなる問題作という印象だが、敢えて一読の価値ありと言っておく。

北上次郎

『夜に生きる』デニス・ルヘイン/加賀山卓朗訳

ハヤカワ・ミステリ

実は私、ギャング小説は苦手である。ジョバンニは好きだが、あれはギャング小説からズレているからいいのだ。ところがこの『夜に生きる』、まぎれもなくギャング小説なのだが、すごくいいので困ってしまう。なぜこの物語にひきつけられるのか、ただいま思案中である。その結論が出るまで時間がかかりそうなので、とりあえず推薦しておきたい。

吉野仁

『ジャッキー・コーガン』ジョージ・V・ヒギンズ/真崎義博訳

ハヤカワ文庫NV

創元推理文庫

 本筋とは関係のない無駄話、与太話、昔話がとめどなく続き、そのあいまに犯罪がらみの話が加わって構成されているクライム・ノヴェル。饒舌で脱線した語りが楽しくってしょうがない。タランティーノ映画やエルモア・レナードの諸作を好む人にお薦めだ。

川出正樹

『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』フランシスコ・X・ストーク/千葉茂樹訳

岩波書店

 久々に本に喚ばれた。YA(ヤングアダルト)で本邦初訳、しかも狭義のミステリに非ず。通常だったスルーするところだけれど書店で面陳されているのを見た瞬間、思わず手が伸びた。そして今、暖かく清々しい気持ちでこの文章を書いている。これは買いだ。

 高校生活最後の学年を前にした夏休み。発達障害——アスペルガー症候群と呼ぶのが最も近い——を持つ十七歳の少年マルセロは、父親の強い要請を受けて彼が経営する法律事務所でアルバイトをすることになる。それまでの守られた世界から〈リアルな世界〉へ。やがて偶然目にした一枚の写真に写った少女になぜか強く引きつけられた彼は、事務所の秘密を知ってしまう。人生とは、何かを決断するたびに何かを失い、それに耐えながら生きていくことだと学んだマルセロが最終的に選んだ路とは? 痛みと心地よさ、苦さと甘さとがないまぜとなった独創的であると同時に普遍的な教養小説。こんな素敵な物語を紹介してくれた岩波書店の新レーベル《STAMP BOOKS》を心から応援したい。

霜月蒼

『アイス・ハント』ジェームズ・ロリンズ/遠藤宏昭訳/扶桑社文庫

 巨大な氷山をくりぬいてつくられた謎の研究所。氷の迷宮。そこに閉ざされた秘密。ソ連の陰謀。米ロの特殊部隊。潜水艦。強いヒーローと不屈のヒロイン。人体実験。銃撃。機略。大雪原。大爆発。そして怪物! ——カツカレーにコロッケとポテトサラダをのせて福神漬けも山盛り、みたいなチープゴージャスな快作。リアルと無茶の境い目をフラフラするのもご愛嬌、盲目的なアメリカ万歳にも陥らず、キャラがしっかり立ってるので意外と食べ飽きない。かつてカッスラーとかを愛した皆さんのための、活字のカツカレーデラックス。

酒井貞道

『ファイナル・ターゲット』トム・ウッド/熊谷千寿訳

ハヤカワ文庫NV

 3月の個人的ベストはダントツでチャイナ・ミエヴィル『言語都市』なんですが、さすがにこのSFをミステリとするのは強弁のような気がするので控えます。代わりに次点のこちらを。次点とはいえ、ストイックな殺し屋ヴィクターの冒険活劇と生き様が、ストイックに語られる様は、前作『パーフェクト・ハンター』同様、癖になります。何より、浪花節が一切なく乾いた読み口なのが素晴らしい。なお前作を知らずとも独立して読めます。

杉江松恋

『青雷の光る秋』アン・クリーヴス/玉木亨訳

創元推理文庫

 読んでいて「え、ええええええええ」と声を上げてしまった作品だ。すごいことをするなあ。シェットランド四重奏の現時点における最終作ということで私には感慨もあるが、それだけでお薦めするわけではない。読み口は完全に古典的な英国探偵小説だから、前作までを未読の方でも間違いなく楽しめる。厭なやつがいて、周囲に彼女を殺したい人間がうようよいて、やがて死体が発見されて、という序盤のストーリー展開が完全にそういう感じでしょ? 探偵役の刑事が婚約者を連れて実家に帰る話がサブプロットを構築しており、人間関係がぎくしゃくするあたりは大人の読者はうひうひ言いながら読むはずだ。しかも登場人物の造形が複雑で、最初に見せた顔はストーリー展開につれてだんだん修正されていく。そのへんの膨らみのある描き方もおおいに魅力的なのである。シリーズの4作目ということで忌避するにはあまりにももったいない良作です。

 今月は票が割れました。冒険小説からギャング小説、ヤングアダルトに古典的探偵小説と傾向もバラバラでしたね。みなさんのお眼鏡にかなう作品がありましたでしょうか。では来月も、この欄でお会いしましょう。(杉)

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