クラシック・ミステリの翻訳・刊行が途切れることなく続いている。新刊・復刊のクラシック・ミステリの中から、注目作を追いかけることにしてみたい。さて、どんな珠が、飛び出すか。

 昨年の『本格ミステリ・ベスト10』の海外本格ミステリ部門で、21世紀の奇観とでもいうべき現象が出来した。

ベスト10に、パトリック・クェンティンのパズル・シリーズ3作がランクインしたのだ。今から70年も前の作品が、日本の読者に好評をもって迎えられたことに、作者である天国の二人組も、会心の笑み、でなければ苦笑をもらしたかもしれない。

 この、「Puzzle for〜」という魅惑的な通しタイトルが冠されたシリーズ、本格ミステリ好きの胸をときめかすには十分のシリーズだったが、その全容が紹介されるには長い時間が必要だった。

 黄金期の名作にひけをとらない香気漂う『悪女パズル』が2005年に初紹介、そしてここ2年で、一挙に改訳・刊行、初紹介が進み、ついに、本書『人形パズル』の刊行で、シリーズ全6作の最後のピースが埋まって、その全貌が我々の前に姿を現したことになる。

 一連の作品は、演劇プロデューサー、ピーター・ダルースとその妻で女優のアイリスを主人公にしているが、シリーズ化に当たって、作者の頭の中には、ハメット原作、夫婦探偵物で大評判となった映画『影なき男』(1934・後にシリーズ化)が、あったのかもしれない。

 シリーズのベースには謎解きがあるとはいえ、一作ごとにその舞台や趣向は相当に異なっている。

 精神病院を舞台に軽妙洒脱な謎解き物で、ピーターとアイリスか出会う第一作『迷走パズル』から、ダルース夫妻を含めた男女の心理的葛藤が息苦しいほどのドラマを生む第六作『巡礼者パズル』まで、作風の変貌は著しい。1930年代半ばから1940年代までのアメリカミステリの変化の方向性を模索、体現したシリーズということもできるだろう。

旧宝石の訳があったとはいえ、今回、完全な形で紹介されたシリーズ第3作『人形パズル』だ。

 太平洋戦争に駆り出され、海軍中尉となったピーターは、束の間、アイリスと二人きりの休暇を楽しむはずが、海軍の制服を盗まれるなど御難続き。やがて、アイリスの従姉の殺人事件に遭遇したピーターは、自らを犯人に仕立て上げる工作が進行していることを知る—。

 謎の言葉を唱える酔いどれ紳士、二人に救いの手を差し伸べる私立探偵など入り乱れ、警察の介入を恐れながら、新たな殺人の回避に動くピーターとアイリス。水入らずの時間を切望する二人には気の毒だが、テンポも快調な巻きこまれ型サスペンスとして進行していく。

 後半、次なる殺人を防ぐために、サーカスに舞台が移ってからは、さらに快調。大人も子どもも、期待に胸を弾ませる大サーカスの雰囲気が再現され、史上最高齢の象の活躍も祝祭的気分を盛り上げる。

 軽快なサスペンスを機軸に据えながらも、サーカスが舞台ということもあって、後景となる事件を含め、現実を離れた、ファンタスティックな味わいも強いミステリである。

 とはいえ、謎解きを期待している読者もご心配なく。作者は最後にサプライズも用意している。次々と予期せぬできごとが発生し、紛糾していく展開の裏で作者の緻密な計算が働いていたことを知らされるだろう。

 シリーズ全体における本書の位置ということを考えると、タイトルの「人形」(Puppets)の意味するところには、ある種のほろ苦さが込められているように思われる。後に、シリーズのトーンを大きく旋回させるに至る兆し、「パズル」への懐疑が、ここに見られるような気がするのである。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

20130314093021_m.gif

 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita