■ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』(新潮文庫)■


 ホレス・マッコイは、『彼らは廃馬を撃つ』(1935) でデビューをした米国の作家。大恐慌時代に食いつめた男女が賞金を求めて昼夜ぶっとおしでのマラソンダンスに挑戦する姿を描いて、切迫した状況下の若者の絶望を鮮烈に炙り出した(同書は、1969年には、『ひとりぼっちの青春』として、ジェーン・フォンダ主演で映画化もされた)。
 新潮文庫〈海外名作発掘 Hidden Masterpieces〉からの新刊は、このホレス・マッコイの第二作『屍衣にポケットはない』(1937)で、本邦初訳となる。
『彼らは廃馬を撃つ』も本書も、本国では認められなかったが、二次大戦後にフランスで出版され高評を得て再評価された点、映画のシナリオライターになった点は、先月のデイヴィッド・グーディスとも重なる。
 本書は米国で買い手がつかず、最初は英国で出版されたという。共産主義へのシンパシーともみえる姿勢が忌避されたのかもしれない。
 
 地方紙「タイムズ・ガゼット」の人気記者ドーランは、各界の圧力から真実を報道できない新聞社と縁を切り、新たな雑誌の発行に奔走する。雑誌による真実の告発は、大きな支持を集めるが、ドーランに対し、古巣や告発を受けた者から圧力、資金難など幾多の難題が立ちはだかる。ドーランは数名の仲間と孤軍奮闘するが。
 社会の木鐸ともいわれる新聞が十分に機能せず、読者から真実を遠ざけるのは、昔も今も変わらない普遍的なことかもしれない。この1930年の物語ですら、主人公は、過去の偉大な新聞人が活躍した時代に生まれなかったことを嘆くのだ。

「あの頃の新聞は“新聞”だった。クソ野郎のことをクソ野郎と呼んで、そのあとそいつの顔色をうかがったりしなかった」
「(今の新聞界は) 独裁者のために太鼓を叩き、紙面いっぱいに国旗を印刷する」

 話の筋からは、ドーランは熱血漢のヒーローに思えるが、そう単純ではない。謎めいた恋人マイラに、「女を夢中にさせる魅力と個性と下衆げす野郎の部分が絶妙なバランスで混ざり合っている」といわれるアンチヒーローの要素ももつ人物。上流階級の若い女には次から次へと手を出し(「社交界にデビューする若い娘を持つ金持ちの父親たちはみんな、きみとだけはつき合うなって口を酸っぱくして娘に言っているそうだ」)、借金は踏み倒す。衝動的な性格で女も殴る。ボヘミアン的生活を送り、リトル・シアターの俳優もこなすが、上流階級への憧れは抜きがたい野心家。金のためなら、結婚も辞さない。倫理的に問題もあり、貧しい階級出身の桎梏に囚われている人物なのだ。 
 にもかかわらず、社会に対する怒りや報道において真実のみを追究する姿勢は一貫しているから、悪戦苦闘しながら、雑誌を創刊し、部数を増やしていく過程は一種爽快だ。告発された人物からの販売スタンドからの雑誌強奪や印刷会社への圧力といった事態も起きるが、ドーランは、なんとか乗り越えていく。ここには、マイラや元同僚のエディといった信頼できる人たちとのチーム戦の魅力もある。
 しかし、ドーランは、さらなるタブーに踏み込んでいく。怒りの炎が、アンビバレンツな性格がさらに彼の速度を速めるかのように。街の多くの著名人をめぐるスキャンダルは、ミステリではこれまであまり接したことのないような異色のもの。荒唐無稽のようでいて、当時の米国ではある程度リアリティのある話だったのだろうか。
 唐突で即物的エンディングは、いたましくも寂寥の思いを抱かせる。マスコミが真実を報道しないことが普遍的であれば、この小説の結末もまた普遍的なのだ。
 ハメットが『赤い収穫』で描いたのは、ギャングに牛耳られた街だったが、『屍衣にポケットはない』の街はマスコミも含めた支配層がもっと高度にネットワーク化され自らの利益を分配する街。それは、米国国家のミニチュア版でもある。
 『彼らは廃馬を撃つ』で時代に翻弄される若者の絶望を描いたマッコイは、この小説で当時の米国にはびこるファシズムとそれに対峙する絶望を描いてみせた。それは、文明社会への警鐘としてダイレクトに現代に繋がっているのである。

■ジョルジュ・シムノン『ロニョン刑事とネズミ』(論創社)■


 本作『ロニョン刑事とネズミ』(1938)は、本サイト長期連載中の瀬名秀明氏「シムノンを読む」第79回「ネズミ氏」において「本作も《メグレ外伝》として翻訳すれば、きっとメグレ愛好家の読書人に手に取ってもらえるはずだし、その出来映えのよさに驚嘆していただけることだろう」と賞賛された作品だ。
 本書は、メグレ警視シリーズでおなじみの無愛想な刑事ロニョンが主人公として活躍するシリーズ番外編ともいうべき短めの長編。といっても、ロニョンがメグレ物に登場するのは、この作品の10年後の『メグレと無愛想な刑事』(1947) からで、以降、全7作品に登場するという。最近新訳なった『メグレと若い女の死』にも登場し、事件捜査に類をみない執念を発揮するが運のない特異なキャラクターは、記憶に新しいところ。
 本書のもう一人の主役は、「ネズミ」。というのはニックネームで、物乞いで暮らしている浮浪者の老人。10年近くも夜になっては、パリ歓楽街の警察分署に現れ、留置所をねぐらにしているというのだから大胆極まりない。
 このネズミがある夜、封筒に入った大金を拾ったと分署に現れる。実はこれ、偶然遭遇した死人の財布に入った金を遺失物と偽って届け出、1年後には所有者不明で自分のものにしようというネズミの作戦。ネズミの行動を不審に思ったロニョン刑事は、彼の尾行を続け、彼が隠し持っていた女の写真を発見して、事態は思わぬ展開をみせていく…。
 警察物としては、少し風変りなつくりで、殺人事件があったことを知っているネズミと事件そのものを知らないロニョン刑事、追う追われるの関係にある両者が隠された秘密に追る、知恵比べとなる構図。
 やはり、シムノンらしくキャラクター造型が巧みで読ませる。ネズミは、今は浮浪者だが、かつては音楽の講師も務めていた御仁で、常に周囲に笑いをもたらす道化的存在。新聞記者たちを前にして、事件のことを語って大笑いを誘ったりもする。寡黙なロニョンは、身を粉にして事件捜査に打ち込むタイプで、家庭を犠牲にすることも厭わない。にもかかわらず、学歴のせいで刑事になるのに12年もかかっている。奥さんには、肝心なときには手柄を横取りされると文句をいわれている。ロニョンの「無愛想な刑事」というあだ名は、ネズミがつけたものだ。水と油のようなこの二人の取り合わせが全体に軽みの調子を与えている。
 事件に当たるもう一人の捜査官は、パリ司法警察のリュカ警視(メグレ物のあのリュカである。同じくメグレ物に登場するジャンヴィエ巡査部長も登場。メグレは名前すら出てこない)。 地区警察に所属するロニョンにとって司法警察は「警察の中の貴族的存在」に当たるという記述がある。
 事件は、スイスの大銀行や各国の大使が絡んでくるなど国際的な様相を呈してくるが、リュカ警視は、内務省から警視総監に降りてくる苦情を的確にさばく沈着冷静な現場指揮官だ。暴漢に殴られ一週間寝込むロニョンの敵討ちとばかり、ある賭けに出て、パリ全市を舞台とした大捕物となる。収束に向けてロニョン夫人がずぶ濡れで東奔西走するのには、同情しつつも笑ってしまう。
 真相は、少なからず意外なもので、ある手がかりの解釈一つで、謎となっていた事項が、霧が晴れるように解けるという本格ミステリの機智の要素がある。真相解明には、病床で寝込んでいたロニョンの推理が大いに役立ち、意表を突く手紙の意味も最後には腑に落ちるものになっている。
 作中には、暑さにあえぐパリのシャンゼリゼはじめ歓楽街の様子が点綴され、浮浪者ネズミの視点から描いた都市小説としての趣もある。

■レックス・スタウト『母親探し』(論創社)■


 本書は、ネロ・ウルフ物の後期の長編(1963)の初訳。この5年後には、『ファーザー・ハント』(1968)(「EQ」誌掲載/電子書籍(グーテンベルク21))が書かれ、英題タイトルが対になっている。
 著名な作家リチャード・ヴァルドンの死亡後、その妻ルーシーが暮らす家のポーチに、赤ん坊が捨てられる。赤ん坊には、夫ヴァルドンの子供であることを匂わせるメッセージが添えられていた。女関係が奔放だった夫の忘れ形見の可能性もあると考えたルーシーの依頼で、ウルフの出馬となる。
 犯人探しならぬ、母親探しというのが本書の創意。「容疑者」が限定されているわけではないから、ウルフにも助手のアーチー・グッドウィンにも雲をつかむような話だ。それでも、赤ん坊の着衣のオーバーオールのボタンの材質が馬の毛という珍しいものだったため、アーチーはその手がかりを追うが、例によって殺人に遭遇してしまう。ウルフは、母親と殺人犯の双方を探す羽目になる。
 母親探しのため、ウルフとアーチーは百人を超える女性をリストアップ。ソール・パンザーらフリーランス探偵を駆使して、調査をしていく過程が面白い。しかし、調査は長期化し、母親は網にひっかからない。第二段階でウルフがとった破れかぶれのような作戦が愉快。
 事態の推移ともに、さらに殺人が発生し、これには、ウルフも激怒。犯人探しにも本腰を入れることになる。
 物語後半では、クレイマー警視に追われ、ウルフとアーチーは、珍しくも自宅から逃げ出すことになる。隠れ家では、なんとウルフお手製の朝食という珍しいものも出てくる。ウルフは、お抱えシェフのフリッツ顔負けのスクランブルエッグをつくり、その調理になんと40分もかけるのだ。お約束の関係者を集めての謎解きシーンも、隠れ家にて行われるという城跡外しがある。
 犯人探しのほうは、自然に謎のほうがほどけてしまった感じで、今回のウルフの推理の切れ味は、さほど鋭くはないし、殺人の動機の部分や赤ん坊を置いてきた理由の納得度もあまり高くない。こんな理由で人を殺すかな。せっかく、母親探しという魅力的なテーマを設定したのだから、もう一工夫あっても良かった。
 作家の交友を洗うため、主要登場人物には、出版関係者が多く、『殺人は自策で』(1959)のように、ビブリオミステリの要素も本書にはある。
 ウルフが「この世のどんな女が相手でも、たった一時間でちゃんと値踏みができる」と評価するアーチーは、本作では、若い未亡人ルーシーとかなり踏み込んだ仲になる。世事には通じていないが、賢明な決断をするルーシーは、通常のアーチーのお相手以上にチャーミングだ。

■大矢博子『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)■


 先月は、ルーシー・ワースリー『アガサ・クリスティー とらえどころのないミステリの女王』、カーラ・ヴァレンタイン『殺人は容易ではない:アガサ・クリスティーの法科学』があったし、少し前には、サリー・クライン『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』があった。「聖書とシェイクスピアの次に読まれる作家」とあっては、様々な切り口から論じられるのは、当然のことながら、意外にもクリスティ作品の平易な入門書として書かれたものは数少ない。
 本書『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』は、「クリスティの代表作はいくつか読んだ、次に何を読もうか」と考えている読者にとって好適なガイドであり、作者と作品への関心と理解をより深めてくれる。
 作者は、本サイトでもおなじみで、クリスティに関する人気カルチャー講座の講師を7年目も務める書評家の大矢博子氏。「探偵で読む」「舞台と時代で読む」「人間関係で読む」「だましのテクニックで読む」「読者をいかにミスリードするか」の五つの観点から作品をピックアップして、紹介と鑑賞を提供している。
「ポワロ&ヘイスティングのコンビ芸を堪能せよ」(『ポワロの事件簿Ⅰ』)、「ふたりで“わちゃわちゃ”こそが、この短編集のメインだと断言してしまおう」(『二人で探偵を』)といったノリのいい大矢節が炸裂し、文章を読むだけで愉しい。が、クリスティの伝記はもとより、コリン・ワトスンのメイヘム・パーヴァ(*)論、ロバート・バーナード『騙しの天才』、霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略』といったクリスティ論の路程標を踏まえ、入門書といいつつ、新鮮な視点を次々と繰り出している点は、見逃せない。
 例えば、メイへム・パーヴァを知る二冊として、『アクロイド殺害事件』(『アクロイド殺し』)と『ミス・マーブル最初の事件 牧師館の殺人』を挙げ、構成要素の類似点を指摘、作品を跨いで仕掛けられた騙しを読み取りつつ、探偵が外の人(ポワロ) か中の人(ミス・マーブル) かによってアプローチが変わるとキレッキレに論じる。イギリスの変化を知る一冊として『予告殺人』を挙げ、メイヘム・パーヴァの様式を逆手にとり、戦後の崩壊しつつある共同体だからこそ可能だった仕掛けを読み込む。
『ABC殺人事件』を「反戦小説」、『杉の柩』を「嫉妬に心が蝕まれて闇落ちした女性を描いたロマンス小説」(そのことですらトリックに利用している)、『五匹の子豚』の過去(1926) の事件に、クリスティの前夫との確執の影を読み取るといった独自の視点での再解釈は、作家の長短編を縦横に読んでいる精読者ならではの迫り方だ。
 「読者をいかにミスリードするか」の章では、『シタフォードの謎』(『シタフォードの秘密』)、『殺人は容易だ』の二作の真相と伏線に触れ、具体的に作家の卓越した騙しのテクニックに迫っており、改めて作品に触れてみたくなることは確実。
 ほかにも、「『三幕の悲劇』の英版と米版で犯人の動機とラストの行動が異なる」「『ナイルに死す』のトリックに関し、早川のクリスティー文庫版には、2020年に新訳が出るまで重要な言葉の訳に間違いがあった」「『そして誰もいなくなった』はインドで四度映画化されており、中では歌って踊る場面があるのもある」といったミニ知識も豊富で充実。
 作品に様々な角度から作品にスポットを当てつつも、それらをミステリの構造と分離して読むのではなく、常に「騙しのテクニック」と関連づけて読む方向性は、大いに共感できた。
 カジュアルでハンディな入門書の体裁ながら、熟読による太い骨がピシっと入った本であり、ファンも出門者も取り逃がしたくない本。
 巻末には、長短編の著作一覧も掲載。特に、創元と早川の二大版元で短編はどの本に収録されているのか、迷える読者にとってもとても便利だ。
 
(*)メイへム・パーヴァ:ラテン語。意訳するなら“大騒ぎの村”。コリン・ワトスンが英国田園地帯の共同体を舞台とするクリスティ作品を指して名付けた。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


◆【毎月更新】クラシック・ミステリ玉手箱 バックナンバー◆

◆【毎月更新】書評七福神の今月の一冊【新刊書評】◆

◆【随時更新】訳者自身による新刊紹介◆

◆【毎月更新】金の女子ミス・銀の女子ミス(大矢博子◆)