■ジョージ・ランドルフ・チェスター『一攫千金のウォリングフォード』(ヒラヤマ探偵文庫)■

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 誰しも、楽してお金を手に入れたい。となれば、そこに付け入る悪党が出現するというのは、古今東西、世の習いというもので、ここに詐欺を扱ったミステリの成立の余地がある。本欄でもおなじみのヒラヤマ探偵文庫の新刊、ジョージ・ランドルフ・チェスター『一攫千金のウォリングフォード』 (1908) は、20世紀初頭の米国を舞台に、大詐欺師が活躍する冒険談だ。この本は、エラリー・クイーンがミステリ史に残る短編集の精華をまとめた『クイーンの定員』の第39番に選ばれている。もっとも、全体は、六つの大きなエピソードからなってはいるものの、全28章の長編の体裁になっている。著者のジョージ・ランドルフ・チェスターは、ジャーナリスト出身の米国の作家、脚本家、映画監督。
 
 大詐欺師の名は、J・ルーファス・ウォリングフォード。大柄で押し出し強い人物、威厳に満ち、世慣れていて、いかにも裕福そう。身に着けるものは、高級な一流品ばかり。
 1908年という年は、ユニークな詐欺師が二人登場した年で、O・ヘンリーの“おとなしいペテン師”ジェフ・ピーターズと、このウォリングフォードが並び称されている。エラリー・クイーンは、世界で初の悪党ミステリのアンソロジー『完全犯罪大百科』(1945) において、ウォリングフォードのことを「アメリカ最大の虚業家」と呼んだ。

 巻頭の彼は、街のホテルの高価な部屋に泊まっているが、実はボストンからトンズラしたばかりのほぼ一文無し。この街で、彼のいう「合法的ビジネス」に精を出すことになる。 
 商売のネタは、カーペットのびょう。カーペットを床に固定する鋲が錆びていたりするのは見苦しいものだが、例えば赤いカーペットを固定する鋲が同じ赤い布でくるんでいたら…というところにビジネスチャンスを見出すのだ。もちろん、実際に製造する気はなく、出資者を釣るための餌にすぎない。彼は、まず、「国際カーペット専用くるみ鋲株式会社」を立ち上げるために、地元から秘書を雇い、高い給料と投資額の1000%の利益を保証。ワインやディナーの豪勢な接待攻勢と立て板に水の弁舌で、地元民の信用を得て、出資者の輪を広げていく。二重の会社設立と増資を組み合わせて、ウォリングフォードは、自らは1セントの出資もせず、巨額の株券を手に入れるというマジックを成し遂げる。後は、実際には価値のない株券を売り抜いて逃げるだけだ。しかし、逐電寸前に、彼の詐欺行為はバレ、全財産を失った男に鉄拳制裁を受ける。
 「くるみ鋲」で大儲けという抜け抜けとしたユーモアと、一見不可能と思われるものを可能とする行程の面白さは、ほかのエピソードにも共通している。法の死角をつき、頭が抜群に切れるわりに、最後に泣きじゃくるキャラクターは、どこか憎めないところがある。最初のエピソードに続けて、互助会保険、新型レジスター、鉄道会社経営、小麦の農民通商連合、小規模葉巻店の経営統合といったものが、全米を移動するウォリングフォードの生業のネタとなる。
 白眉は、豪華な専用客車を仕立てた詐欺仲間ダウ (ブラッキー) の新婚旅行にウォリングフォード夫妻が同行し、たまたま停車した中西部の街で繰り広げる大規模な詐欺のエピソードだろう。既存の鉄道についての住民の不満を知り、ウォリングフォードは、新たな鉄道の敷設を宣言。近隣の街も含めた住民は熱狂し、近隣の土地は高騰。この高騰などにより、ウォリングフォードは、例によって1セントを使うことなく、多くの土地と新鉄道会社の株式を入手する。彼は、ひなびた街の活性化のヒーローになる。鉄道など一切経営する気のなかったはずなのに、詐欺から出た誠というべきか、実際に新たな鉄道ができてしまうのだ。ウォリングフォードが大金を手にして街を去っても住民たちは詐欺にあったとは知らず、彼に感謝し続けるというこの話は、究極の完全犯罪譚とでもいえるだろう。
 次の小麦の農民通商連合のエピソードでは、さらにスケールを増し、小麦の価格決定権のない零細農民の怒りを糾合、農民通商連合を組織し、その裏では、小麦の先物相場で100万ドルを稼ぎ出した(はず、だった)。
 ウォリングフォードは、「法律は俺の友達だ」と豪語し、まっとうな商売の提案を完全に法律にのっとってやっているだけだと主張する。彼の行為が法に触れないというのは、怪しいところだが、貧者から金を騙し取っているにもかかわらず、本人自身間違ったことをしているとは思っていない。作者がいうように「まったくモラルというものを持ち合わせていないのだ」。モラルなきダークヒーローの先駆者だが、作者は、それなりの罰を彼に与えもしているから、運命の帳尻はあっており、不愉快ということもない。ウォリングフォードと絢爛たる暮らしを謳歌しながら、落ち着いた生活にも憧れている夫人ファニーの思いも最後に至って功を奏するのも後味がいい。
 本書が書かれた20世紀初頭の米国は、大物実業家が多数出現し、拝金主義が蔓延した「金ぴか時代」の直後であり、既に世界最大の経済大国の地位を確立していた。作品の中からは、資本が生み出す富が自走していく経済、商品市場の熱狂や訴訟社会、自由放任主義といった米国経済の原型がリアルに浮かび上がる。ある登場人物は、貧乏人から搾り取る他に金持ちになる方法なんてあるかね?というが、これは作者や一般大衆のシニカルな本音だろう。
 作者は、ウォリングフォードを「商業の隙間を踊り回る道化師」とも表現しているが、彼はまさに経済社会の秩序を転覆するトリックスターであり、資本主義の諸相や矛盾を鮮やかに暴き出す存在でもある。本書は、娯楽のための書かれた小説だが、矛盾に満ちた経済社会に向かう視点を持ち合わせているという点でも、先駆的な作品といえるだろう。
 ウォリングフォードのキャラクターは、大衆に大いに支持されて、本書のほかに判っている範囲で4冊のシリーズ本があり、舞台や5本の映画にもなっているという。
 他に、翻訳されている短編として、海中の豪華日光浴場というほら話をビジネスの種にした「ネプチューン日光浴場会社」(押川曠編『シャーロック・ホームズのライヴァルたち3』所収) 、ファニーと結婚直後の若きウォリングフォードの詐欺話「強力無比座骨神経痛剤製薬会社ピアレス・サイアタカタ・カンパニー」(エラリー・クイーン編『完全犯罪大百科 上』所収)があり、こちらも併せて読むと楽しい。
 なお、本文に一文が抜けている箇所があるなど校正ミスが惜しいと思ったことを付記しておく。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


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