R・A・ラファティの作風を表すとき、しばしば「ホラ話」という言葉が出てくる。そんな形容にぴったりな話もある。でもホラ話というと、ちょっとのどかなイメージになりはしないだろうか。今回のラファティの新刊は追いつ追われつの冒険もので、真実を追究する記者が主な視点人物をつとめる。ホラよりは、虚構だとか妄想だとかこわもてな字面が似合う。

 マット・ラフ『バッド・モンキーズ』は犯罪者の語る陰謀論的な「真相」を精神科医が聞き出す形で進行する小説だった。映画『インセプション』は他人の夢に潜入するスパイチームを描いたアクションで、はたしてこのシーンは夢かうつつかという疑問が強いサスペンス性をもたらしていた。『第四の館』も秘密と神秘に満ちた、油断ならないスリリングな本だ。主な視点人物がどれくらい信頼できないかというと——。

 若き新聞記者フレディ・フォーリーはある日、国務長官特別補佐カーモディは500年前の人物カー・イブン・モッドと同一人物だという推測にたどりつく。上司の制止(そりゃ止める!)をふりきって調査をはじめると、とたんに車が突っこんできたり尾行されたりと何者かの魔の手がせまる。追っ手をかわしながらフォーリーは「世界の秘密」を知る。それは、この世には超常的な秘密結社がいくつも存在し、ひそやかに活動して世界に影響を及ぼしているというものだった。秘密結社は4種あり、それぞれが動物に象徴される。

 大蛇。自称・収穫者たち。他者の精神に影響を与えることも可能な、意識のネットワークを作る〈脳波編み〉なる超能力をもつ。

 ヒキガエル。再帰者たち。歴史上に何度もあらわれ、神としてあがめられることもあった。他人に擬態し、すりかわれる。

 アナグマ。世界に危機を及ぼすものの見張りをつとめる守護者たち。貴族(パトリック)を自称する。

 巣立ち前の鷹。世界を力で掌握し、新しい嘘・偽りから開放しようと試みる保守派。軍隊の統率を得意とする。

 4結社に共通するのは超越へのあこがれで、神のごとき存在になろうとする団体も使命を果たして神に認められたい団体もある。4結社が求める世界はそれぞれ異なり、どこも自らの思想を偏執的に信じて疑わない。しかし「目はいいけれど、おつむは足りない。」(P.11)と評されるフォーリーだけは、ときに結社のイカレた思想に驚きあきれながらそれぞれの世界の見かたを学んでいく。超能力者や人外が儀式をくりひろげ、ふしぎなこともわんさか起こるが、本書はナンセンスな雰囲気ではない。むしろ異様なロジックを知り、そのルールを理解しさえすれば各結社の論理は一貫してみえるのではないか——もっとも論理の全容が明かされるわけではないから、私がだまされているだけかもしれないが——少なくともそう思わされるだけの説得力はある。

 フォーリーと読者は、重なりあう複数の世界観を通して見た世界の姿にクラクラさせられるはめになる。この異様さはピカソの絵を見たときの感覚に似ている。本書ではただひとつの正解に収束することはなく、多視点が一枚の絵に収められた絵画のように、複数の見かたが同時に成立しているのだ。

 物語の後半でフォーリーは精神科を受診したり、敵に陥れられ、精神病院に強制収容されて自分自身の正気を疑いもする。悪夢的な世界を右往左往する主人公は、信仰や思想に悩む人間そのものに見立てることもできるし、解釈と真実を求めて悪戦苦闘するという点で探偵役の権化と見なすことだってできるはずだ。『第四の館』に何を見出すかは、おそらく読者によって千差万別だろう。万華鏡やロールシャッハテストをも思わせる本書は、いわば謎めいた思弁がそびえる城だ。あなたの到達をきっと待ち受けている。

 なお、スリラー風の構成は太い一本道となって300ページ強を駆け抜けさせてくれる。ラファティの長編小説に手を出しあぐねていた人に、迷子になりにくい本書はおすすめだ。もちろん曲がりくねった脇道や行き止まりの路地をそなえた物語も、それはそれの楽しみかたがある。

 長編『蛇の卵』では、超知性を持つ12人の子どもたち(人間だけではなくアシカやクマやヘビ、天使から人型コンピュータまで!)を紹介するだけでかなりのページ数が費やされる。影から世界を支配する勢力〈カンガルー〉は彼らをねらって刺客を送りこむ。子どもたちは造られた海を透明になるペンキを塗った海賊船で航海する。立ち寄った屋敷では一時間おきに客が殺される連続殺人が起きる。ラファティは作中、ミステリファンの雌クマの仔とミステリ嫌いのコンピュータ少女の対話形式で「作者は手がかりを全部与えているわ」「いつでも全部ある」と語る。ラファティ本人ではない読者が手がかりをどの程度拾えるかはともかくとして、自由奔放に展開する冒険譚と個性あふれるキャラクター設定、そして唐突に起こるドラマの連続がおもしろい。ちなみに「超人たち」と「秘密結社」の登場は『第四の館』と共通する。

 もしあなたにとってラファティ作品が未踏の地ならば、新刊が続いた今はいいチャンスかもしれない。さまよった者同士、共に体験を語りあうのも楽しいはずだ。

橋本 輝幸(はしもと てるゆき)

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1984年生まれ。ときどきレビューやリーディングをする人。ジャンルを越えて怪しい小説・異様な小説を探し回るのが趣味です。『S-Fマガジン』では毎月「世界SF情報」コーナーを担当中。

twitterアカウントは @biotit

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