書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 寒くなったり熱くなったり変な天気だと思っていたら、いよいよ本格的な梅雨の到来のようです。雨ばかりの天気は困りますが、こういうときこそ家に閉じこもって読書の機会なのかもしれません。そんなわけで今月も七福神のベストの発表ですよ。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

吉野仁

『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット/茂木健訳

東京創元社

 殺し屋兄弟が西へと向かう旅路をつづったユーモラスな西部劇なれど、欲深き人間ゆえの愚かさに対する、憐れみ、切なさ、虚しさなど、さまざまな感情やが喚起される小説。これはもう無類の面白さだ。

霜月蒼

『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット/茂木健訳

東京創元社

 現時点で 今 年 の ベ ス ト。19世紀末アメリカで、ひとりの男を殺しに旅立つ殺し屋兄弟。その道中が弟の視点で語られてゆく。語り口もセリフも素晴らしい。ユーモアは素晴らしく可笑しく、文章はときに素晴らしく詩的で、ほんの脇役や動物に至るまでキャラは素晴らしくヴィヴィッド。冷酷な殺しも鮮烈なガンファイトもあるが読み口はすこぶる清涼だ。平易な語り口ながら、それは「生きてゆくということ」についての大いなる真実にしばしば触れる。おれはこの物語に登場したやつらのことをずっと忘れないだろう。そう確信できる小説などめったにない。読め。なお、本作さえなければ『KGBから来た男』を選んでいた。こっちも年間ベスト級だから読め。

酒井貞道

『半島の密使』アダム・ジョンソン/佐藤耕士訳・蓮池薫監訳

新潮文庫

 北朝鮮をここまでガチンコで題材とした謀略小説が出ようとは……! しかも主人公の恋敵はキム・ジョンイル! 登場人物の科白は概ね、北朝鮮のあの誇大妄想的言辞に塗れているのだが、実際に描き出されるのは、かの国の過酷かつ閉塞的な生活である。科白と実態の乖離は芸術的なほどにシュールで、何かの寓話かとすら思える独特な雰囲気を作品にもたらしている。指導者を除き、ユーモラスな行動など誰もとっていないしとれない状況を前に、読者は終始、黒く哀しい乾いた笑いから逃れられまい。こんな読み心地は初めて。唯一無二の読書体験をもたらす、ピュリッツァー賞受賞も納得の作品である。

川出正樹

『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット/茂木健訳

東京創元社

 今回は迷った。アウトローの兄弟を主人公にした二つの米国産物語のどちらにするか。かたや禁酒法時代に最も“ウェット”だったと言われるバージニア州の田舎町を舞台に、密造酒の製造・販売を稼業とした三兄弟と腐敗した法執行官との抗争の顛末を鮮やかに描いたマット・ボンデュラントの『欲望のバージニア』。かたやゴールド・ラッシュに沸く西部を舞台に、殺しを生業とする兄弟——粗野で家計算高く冷血な兄と心優しく純朴ながら一度切れるととんでもないことになる弟——の道中記『シスターズ・ブラザーズ』。

 悩んだ末に後者を推すのは、乾いたユーモアとあっけらかんとした語り口に魅せられてしまったからだ。非道にして粗暴、けれどもなぜかニッコリとせずにはいられない。こんな話を待っていた。

北上次郎

『白雪姫には死んでもらう』ネレ・ノイハウス/酒寄進一訳

創元推理文庫

 創元らしくないが、邦題が、4行に配置するという装丁を含めて、素晴らしい。さらに主人公のダメ男ぶりがいい。なんだか最近はこういうダメ男が増えているような気がする。ずいぶん昔、そういうダメ男が世を席巻していて、それを「ラブコールの時代」と評したことを思い出す。

千街晶之

『白雪姫には死んでもらう』ネレ・ノイハウス/酒寄進一訳

創元推理文庫

 今回はどれを選ぶかかなり悩んだ。乾いた笑いが溢れる珍道中記が哀しみの物語へと転調するパトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』か、目も眩む壮大なハッタリの連続で読者を引きずり回すフランク・ティリエ『GATACA』か。しかし、ヘヴィーな読み応えという点で、ドイツ版『八つ墓村』とも言うべきこの作品を推す。刑期を終えて出所した男に向けられた村の住民たちの悪意、中盤から明らかになってゆく人間関係のおぞましさ、十数年の歳月を超えて渦巻く情念……閉鎖的な人間関係ならではの謀略は、警察サイドも含むあらゆる登場人物を巻き込んだ末、衝撃的な結末へ向けて崩壊してゆく。シリーズ前作『深い疵』を凌ぐ出来だ。

杉江松恋

『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット/茂木健訳

東京創元社

 二つの理由からこの小説を選ばなければならないという気持ちになった。一つは暴力の描写が簡潔で、かつむき出しで荒々しいことである。小説の主人公は兄弟の殺し屋なのだが、とある切り札の手を使ったとき、それをうっかり見てしまった相手を殺さなければならなくなる(これがもう、うんざり、仕方ないなあ、という感じで「そうしなければならない」理由が語られるのである)。物陰に隠れて出てこない相手に兄弟は言うのだ、「ほら、これ以上手を焼かせるな。おまえと遊んでいる暇なんか、おれたちにはないんだ」と。この残酷さは、小説の文脈で読むとさらに際立つ。

 第二の理由は、こうした粗野な要素があるにもかかわらず、限りなく美しい一場面がこの小説には描かれているということである。その「どれだけ長生きしようと、二度と味わえないであろう最高に幸福な一瞬」を私は忘れないだろう。絶対に。

 というわけでドイツの警察小説とゴールドラッシュを描いた西部小説に票が集まりました。結果的には集中しましたが、良作が豊富で選ぶのが難しい月間だったと思います。さあ、来月はどんな書名が上がってくるのでしょうか。お楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧