思わぬ同時多発現象になったが、前回に続いて、『クイーンの定員』関連の新刊2冊を紹介する。いずれも、20世紀初頭、ホームズ譚の影響を受けつつ、それに対抗するように創造された個性派アマチュア探偵が登場する短編集だ。

 フー・マンチューといえば、サックス・ローマーが生み出した名高い東洋の怪人だが、ローマーは『骨董屋探偵の事件簿』で、個性的な「夢見る」名探偵を生み出している。

 モリス・クロウ。ロンドン貧民街で骨董屋を営む年齢・国籍不詳の謎の男。古めかしい山高帽、金縁の鼻眼鏡、黒い絹のスカーフに身を包み、何かというと、香水バーベナを額にふりかける。

 探偵法が、飛びきりユニーク。事件現場に持参した枕で眠ることで、現場の大気に残された被害者や犯人の心象風景を再現し、事件を解決に導くのである。クロウは、また、古代の遺物やオカルト関係に該博な知識を有し、犯罪は周期的に起きるという独自の理論を展開する。そんな風変わりな探偵が、クレオパトラのごときブルネットの美女、娘のイシスを従え、事件現場に乗り込む。

 事件は、幽霊屋敷の怪、巨大な十字軍の斧による惨殺、ミイラの連続首切事件など超常現象を思わせる怪現象が多く扱われているが、一編を除いて、現実世界の論理で合理的に解決される。事件の性質上、密室殺人や、密室からの消失など不可能犯罪を扱っている作品が複数あるのも、心うれしい。中でも、密室からの彫像消失事件を扱った「象牙の彫像」は、犯行方法も含め、ぬけぬけとした味わいが捨てがたい。

 派手な絵の具で塗りたくったような属性を与えられているクロウだが、神秘と怪奇に溢れたロンドンの闇に対峙するためには、彼のような強烈な個性が必要だったかもしれない。

 ロンドンからヨーロッパを東に飛んで、オーストリア=ハンガリー二重帝国の首都ウィーンで活躍するのが、バルドゥイン・グロラー『探偵ダゴベルトの功績と冒険』のダコベルト・トロストラー。

 クイーンは、「一九一〇年、ヨーロッパでは最も古く、重要なチュートン人短編小説探偵が登場した」とし、「その書を発見することはほとんど不可能」と書いている(『クイーンの定員』名和立行訳)。本短編集は、このドイツで出版された稀覯本全6冊18篇から9篇を訳出して日本の読者に届ける、版元にとっての「冒険と功績」ともいえる書。  

 ダゴベルトは一線から退いた道楽者で、その情熱は、音楽と犯罪学に注がれている。かつて、「いろいろな香水の間を渡り歩いた」過去も持つ、女性に関する権威でもある。友人グルムバッハ夫妻との晩餐後、ウィーンの富裕層や社交界で起きる難事件と解明の顛末を披露するのが基本パターンだ。

 ダコベルトの探偵活動の特徴をひとことでいえば、「優雅」。

 「シャンパンを二瓶、氷で冷やしておくことをお勧めします」

 事件に着手する前から、晩餐までに解決することを確信しているダゴベルトらしい台詞だ。

 「ダコベルトは何でも優雅にやるのね」は、聞き役グルムバッハ夫人で元女優ヴィオレットの感嘆だが、その探偵活動は、文化の爛熟都市にふさわしい洗練を備えている。 

 上流人士の秘密を扱うことが多いダコベルトは、犯人の検挙にも拘泥しない。スキャンダルの露見を防ぎ秩序を回復すること、「どのように解決するか」こそ、彼の探偵活動の真髄なのだ。

 探偵の才能と同等かそれ以上に、ダコベルトに恵まれているのが、語りの才能。

 訳者の垂野創一郎氏の懇切な解説では、ダゴベルトをシェエラザードになぞらえているけれども、話を逸らし、じらし、溜める、語りのテクニックには、ヴィオレット夫人ならずとも、「早く先を聞かせて」とせがみたくなるだろう。

 ダコベルトの洞察力と辛口の決着が印象的な「上等の葉巻」から、死闘編「ダゴベルトの不本意な旅」まで、ハプスブルグ王朝の最末期の夕映えにゆらめくような雅趣あふれる短編集である。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

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