■ピエール・スヴェストル&マルセル・アラン『ファントマと囚われの王』(赤塚敬子訳・国書刊行会)■

 ジゴマ、シェリ=ビビに続く国書刊行会「ベル・エポック怪人叢書」のトリは、何といってもファントマ。2017年に第一作『ファントマ』(1911) が初めて完訳され、その全貌を現したドミノマスクの悪の天才が再び現る。本作『ファントマと囚われの王』 (1911) は、全32作 (アラン単独名義を含めれば43作) もあるシリーズ第5作。もっともファントマらしいと謳われるうちの一冊ということだ。『ファントマ』は、二段組400頁超の分厚い作品だったが、本書も500頁超えの大冊。1911年には、11冊ものファントマ長編が書かれており、仮にディクタフォンで口述されていたとしても、その速筆ぶりは、畏るべし。また、本書は、三大奇書に迫るといわれることもある久生十蘭『魔都』(1937-1938 新青年連載) の下敷きになった長編としても知られている。
 パリ、コンコルド広場の噴水のブロンズ像から風変りな調べが聞こえ、水の精が歌っているのでは、と新聞各紙で話題になっていた。時は、12月31日の午前零時、大通りは人で溢れている。新聞記者ファンドールは、乱痴気騒ぎが繰り広げられているナイトクラブで、三十代の異邦人男性から、この「歌う噴水」について話しかけられる。実は、この男性、ヘッセ・ヴァイマル王国の国王であることを知っていたファンドールは、王と飲み歩き、王の愛妾である高級娼婦の家まで付いていくことになる。ところが、高級娼婦は、何者かに墜落死させられ、王は失踪する。残されたファンドールは、拘留の後、王の滞在するホテルに向かうが、やがて自らが王と勘違いされていることを知る。
 ファンドールは、重要なシリーズ・キャラクターで、パリ警視庁のジューヴ警部と協力してファントマを追う存在。
 失踪した王の何らかの意図を感じたファンドールは、そのまま王になりすますことにする。この辺、かなり無茶な進行だが、王としての新たな冒険 (恋愛含む)が期待され、いつバレるかといったサスペンスを生むなど、「王子と乞食」的な入れ替わり譚として、プロットの強度を高めている。それまでの王は厳めしい存在だったが、ファンドール王は気安い存在で、護衛官の男に夜のパリ案内までしてしまう。
 一方、捜査に当たるジューヴ警部は、王に謁見するが、王は大笑い。しかし、笑っている場合ではなく、ジューヴは、王の失踪とファンドールの成りすましを上司に隠して捜査しなければ羽目に。警部は、王の失踪の秘密を追って、ヘッセ・ヴァイマル王国の首都に向かう。
 第一作目同様、ファントマは、なかなか姿を現さないが (変装の名人だけに、既に別人として登場しているかもしれない) が、ヘッセ・ヴァイマル王国でのダイヤ盗難以降は、ファントマの影が濃くなる。
 ジューヴ警部の命からがらの苦闘、囚われた王、歌う噴水の正体、ファンドールの絶体絶命といった曲折を経て、物語は地下鉄大爆発を含むクライマックスへ。
 「ファントマの逮捕…」と題された結末には驚かされる。おかしくもあり、悪夢的結末でもあり、シュルレアリストを熱狂させたタッチは、こういうところにも表れている。
 冗長と感じられるところもあり、辻褄の合わないところもあるが、外連味あふれる進行などあの手この手で長尺な物語をよくもたせ、クライマックスに雪崩込んでいく手腕は、いまも輝きを失っていない。
 今回、改めて感じたのは、ユーモラスなテイストだ。王の護衛官は、コミックリリーフ的役割を果たしていたり、ファンドールがお役所の道路課を訪ねる時のエピソードなどには、笑いをも含んだエンターテインメントを志向していたことをうかがわせる。
 久生十蘭『魔都』は、大晦日、新聞記者の飲み歩きに始まり、日比谷公園の鶴の噴水の挿話があり、安南王の失踪があり、王の愛人の墜落事件があり…とくれば、本書の語り直しかと誰もが感じると思うが、全30時間の物語であるし、その後の進行は大きく逸れていく、と第一感で思ったが、訳者は、本作に「依拠したと考えられる箇所が予想以上に広範囲にわたる」と分析している。十蘭は「ファントマ第一」「ファントマ第二」で1巻から3巻までの翻案を手掛けたファントマ通でもあったし、何をどう換骨奪胎したのかは、今後さらに詳しい研究成果を待ちたい。
 
■レオ・マレ『探偵はパリへ還る』(田中裕子訳・新潮文庫)■ フランスのレオ・マレは、1941年にデビューした作家で、紙上探偵として、ネストール・ビュルマを擁し、既に六作の邦訳があるが、その評判を聞くことはあまりなかった。しかし、今でも、ビュルマは、フランスで人気のある探偵だという。
 この度、新潮文庫海外名作発掘レーベルから出た『探偵はパリへ還る』(1943) は、ネストール・ビュルマ物の第一作で、フランス初のハードボイルド小説といわれるという。
本書が発刊されたのは、第二次大戦中。停戦協定がされているとはいえ、パリを含む北部フランスは、ドイツに占領されている時期だ。
 ドイツで捕虜として収容所で働くビュルマは、記憶を失った瀕死の男に「エレーヌに伝えてくれ、駅前通り120番地」と謎の言葉を告げられる。釈放され、本来の探偵事務所所長「ダイナマイト・ビュルマ」が甦った」と喜びを噛みしめるビュルマは、他の送還者と列車でフランスに帰還する。リヨンの駅で、再会した探偵助手が何者かの凶弾に倒れ、彼もまた同じ住所を言い残す。駅には、ある女優にそっくりの女が拳銃をもち佇んでいた。ビュルマは、女の行方を追う。
 何ら関係のなさそうな二人の人間から、同じダイイング・メッセージが告げられるという意表をつく冒頭。続けて、探偵助手が、生前、サド侯爵について調べたり、古い新聞を持ち歩いたりしていたことをビュルマは知る。ビュルマは、暴漢に襲われり、暗号に行き当たったりするが、パリへ送還される。
 当時、パリを含む北部地域はドイツに占領され、南部のリヨンは非占領地域(自由地域)。自由地区と占領区域の間には境界線があり、警察署の許可がなければ通行することもできなかった。今では、SF的設定のようにさえ思えるが、これが当時の現実だった。
 ドイツ占領下の出版とあって、表立ったドイツ批判もないが、批判の不在がかえって戦時中を強く思わせる。かつての部下は、ある者は戦死し、ある者は、捕虜となり、ある者は片腕を失っている。だから、ビュルマがかつて探偵事務所を構えていたパリに戻るのも、単なる里帰りではなく、様変わりしたパリへのエトランゼとしての帰還なのである。
 ただ、もちろん、本筋は、ビュルマが謎を解くことにある。
 ビュルマは、パーティを開き、続々パリに集結してきた関係者を集め、意外な犯人を指摘する。一件落着と思わせて、二弾、三弾の真相を投下していく構成は、なかなか心憎い。
ビュルマは、サム・スペードやコンチネンタル・オプほど固ゆでではなく、エスプリもあり、部下思いの一面も持ち合わせている。『ルーヴルに陽は昇る』(1954) や「新編パリの秘密」シリーズなどの後続の作品では粋で軽快といった印象が強い。
 一次大戦後にアメリカにハートボイルド探偵が登場したように、二次大戦半ばにフランスにハードボイルド探偵が登場した。戦時下に書かれた独自の緊張感あるミステリの妙味を堪能したい。

■ヴァンス・トンプソン『歪んだ木』(板垣節訳・ (論創海外ミステリ)■

 ヴァンス・トンプソン『歪んだ木』(1925) も、フランスに関係がある。というのは、本書の探偵役は、ジュール=マリー・ゲルパというフランスの名探偵が登場するからだ。小男で口髭があり、時折会話にフランス語をはさむとなれば、ポワロのパロディではないかと思わせるほど。リヨンの警察特殊研究所の所長で、現代科学を犯罪捜査に持ち込んだ第一人者としてその名声は世界中で知られているという設定。
 作者は、演劇評論や雑誌編集で活躍した人で、ヨーロッパの象徴主義に関する著作や炭水化物ダイエットに関する本もある。ミステリは余技だったようで、これまで、ミステリ関連のレファレンス類で言及されたことはないそうだ。ゲルパ氏物は、他に一作ある限り。
 かなりの怪作である。
 舞台はNY。病いで伏せていた男ベントンが心停止で死亡し、火葬される。多額の死亡保険をかけていたため、ベントンの妻が保険会社に現れるが、保険会社の担当は、その妻に見覚えがあった。五年前、ロスアンゼルスで、別な男の妻として、死亡保険の請求をした女だ。
 米国両岸で繰り広げられる保険金詐欺に、たまたま訪米中のゲルパが乗り出す、という話になるが、この後、意外な展開が続々続く。
 ゲルパは、高名な犯罪学教授レジスキーと知遇を得るが、詐欺が発覚しそうになったベントンの妻が逃走し、保険会社社員が追いかけた先は、このレジスキー教授の別荘だった。死んだ男の主治医の医院に、ハリウッドから来た文無し娘が現れたが、彼女は、別名を名乗っていたベントンの愛人であり、保険会社担当の元カノでもあった。偶然に次ぐ偶然の連鎖だが、この辺り、意図的に「偶然の多用」をミステリに持ち込んだハリー・スティーヴン・キーラー(『ワシントン・スクエアの謎』)やJ・T・ロジャーズ(『赤い右手』)の先駆を思わせるものがある。
 この後も、意外な事実の開示が続いていく。さらに、レジスキーの屋敷で死人が出て、事件は解決かと思われたが、事件には、より深い闇があった。
 レジスキー教授の別荘に一家で招かれたゲルパは、科学的捜査法により、隠された事実の把握に努めるが、その捜査法は、痕跡からヴィジョンを幻視するという一種特殊能力的な領域まで及んでいる。人物の特定に関し、科学捜査により、事実を積み上げていくところは、異様な迫力がある。
 メインになっている犯罪手法は、いささか拍子抜けする類のものであり、今日では、高い評価を得ることは難しいだろう。特殊分野でゲルパの能力が高すぎるのも、少々鼻白む。
 しかし、偶然の多用、特殊能力をもつ探偵に加えて、精神医学の発達を踏まえた悪人の造型、新しい悪の創造といった点で、ただならぬものを感じさせるのも、また、事実。当時の類型的なミステリに飽き足らず、新生面を打ち出そうとした著者の心意気を感じさせる。

■ヒラリー・マカスキル『アガサ・クリスティーの家と暮らし』(富原まさ江訳・エクスナレッジ)■

 最近は、料理、毒物、法科学など多様な切り口からクリスティー作品世界を楽しむ関連本が相次いでいるが、本書は、クリスティーの家と暮らしという点に着目して、作家の素顔に迫る一冊。2010年に『愛しのアガサ・クリスティー: ミステリーの女王への道』(清流出版) の原書の改訂新版を新たに訳し刊行したもの。副題は、「創作の原点を旅する」。美麗な写真が多数収められた肩の凝らない本だ。
 ルーシー・ワースリー『アガサ・クリスティー:とらえどころのないミステリの女王』でも強調されていたが、クリスティーの住まいにかける情熱は、凄いものがあって、一時は、8軒もの家を同時に所有していたほど。
 おそらく、原点にあるのは、デヴォン州南部トーキーにあるアッシュフォードの生家 (「幸せの家」) で、兄姉と年の離れたほぼひとりっ子同然だったクリスティーにとって、自宅の広い庭は、彼女の「ごっこ遊び」の舞台となり、空想力を育んだ。屋内では、二つのドールハウスを所有し、中は、「家具屋の倉庫」のようだったという。1938年に購入した、トーキーの近くグリーンウェイ(「夢の家」) は、美しい別荘として、クリスティー後半生の喜びの源泉となった。この間、様々な家にクリスティーは住んでいる (中には、バウハウスの創始者も入居したモダニズム建築の傑作といわれるフラットや中東バクダッドの家も)が、住み心地の良い家にすること彼女は心を砕いた。自伝の中で、「思えば、ずっとお家ごっこをしていたように思う」と彼女は書いているが、再婚したマローワンに「装飾の天才」といわれ、自ら塗装や壁の張替えも行った彼女の姿からは、住み心地に関しては妥協しない、大黒柱的な女主人の像が浮かんでくる。
 一方、作品世界も現実の家をモデルとしていることも多く、アッシュフィールドの家は、最後の長編『運命の裏木戸』で、姉マッジの邸宅は、『チムニーズ館の秘密』『葬儀を終えて』『クリスマス・プディングの冒険』の舞台となり、グリーンウェイは『五匹の子豚』『死者のあやまち』に登場する。現実の土地がモデルになることも多く、南デヴォンのバー島は、『白昼の悪魔』『そして誰もいなくなった』に形を変えて登場し、デヴォンの地名を登場人物の名に使うことも多かったという。
 著者は、クリスティーにゆかりのあるトーキーの街やデヴォン州各地を旅し、『スタイルズ荘の怪事件』を書きあげたホテルやミス・マープル物のセント・メアリ・ミード村を彷彿させる村、グリーンウェイ周辺などを写真と文章で綴り、クリスティーの愛した土地の魅力を伝えている。グリーンウェイは、所蔵品5000点と蔵書5000冊とともに、ナショナル・トラストに寄贈され、保存、公開が行われているという。トーキーには、記念室が開設され、2005年にはアガサ・クリスティー・ウィークが発足し、毎年何十ものイベントが開催されるようになった。クリスティーの作品とその生き方は、今では、観光ブランド戦略の一環ともなっているのである。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


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