■ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『骰を振る女神』(夏来健次訳、国書刊行会)■

 『止まった時計』(1958) に続くロジャーズ・コレクション第2回配本は、怪傑作『赤い右手』(1945) の翌年に刊行された短めの長編『骰を振る女神』(1946) 。本書は、異色のノワールにして、読者をとんでもない地点に連れ去る独自の魅力に満ちた作品。他に中編2作を収録。
 中心人物は、ルイス・コストヴェイン。放蕩者のこの男は、その夜、サイコロ賭博で、六のゾロ目が12回連続するという不運で、有り金1200ドルすべてを失った。かつては、この男、資産家の家に生まれ、ハンサムなプレイボーイであり、裕福な妻の死により多額の財産も相続していた。実は、妻の死は、コストヴェインの計画的な殺人であり、警察の追及をうまく逃れたことが、早々に明らかにされる。ギャンブルにより、資産を使い切った男は、金を求めて夜の街を徘徊する。
 一方、彼の行動は、私立探偵事務所の水を漏らさぬ調査網で調べ上げられている、というところが尋常ではない設定。この探偵事務所は、綿密な調査に加え、彼の金銭的転落に向けても動いているようだ。調査の内容は、逐一、コーリー弁護士を介して、リーミング教授に伝えられる。教授は、コストヴェインの妻の大伯父に当たる大富豪で、彼女の死は、コストヴェインの手によるものであることを確信していた。教授は、コストヴェインが持前の男性的魅力をもって、一族の唯一の相続人のダイアナに近づくことを病的なまでに恐れており、大邸宅には、厳重な警備が敷かれていた。
 その夜のコストヴェインの行動も尋常ならざるものだ。一切の倫理的ためらいもなく、強奪、詐取、殺人を続ける様は、『東海道四谷怪談』の伊右衛門もかくやといったところ。そして、彼の悪に染まった手は、ダイアナの住むリーミング教授の大邸宅まで伸びていく。
 本書では、骰を振る女神ラケシスの示す運命の数字が全体を包み込んでおり、コストヴェインも、冒頭の場面のように12という数字に囚われている。物語の進行も、数字の暗合に支配され、数多くの偶然の要素が入り込む。さらに、17世紀の海賊がある島に遺した莫大な財産という宝探し的要素まで絡んで、破天荒な結末に向けて雪崩れ込んでいく。
 コストヴェインの行動も、賽を投げる女神の操る運命の糸に導かれるようでいて、人為の要素の無視できない。本書は、もちろん本格ミステリとは言い難いが、結末に至って、思いもよらなかった、事の真相が明らかになる。
 偶然と暗合に満ちた世界観、通常ならあり得ないストーリーを常軌を逸した狂熱的論理で押し切り、結末に至ってくるりと世界を反転させてしまう運命論的ノワール。そこでは、作者が一貫して追求するモチーフである「虚構」が重要な役割を果たしているのはいうまでもない。やはり、本作でも、唯一無二のロジャース流の妙技をみせてくれた。
 「ピンクのダイヤモンド」若奥様vs 宝石強盗。婦人誌に載ってもいいお茶の間的題材だが、暗合めいた奇怪なポーカーゲームが決め手となるところが、やはりこの作家らしい。
 「死はわが友」 夏季休暇でカリブ海に向かう直前だった銀行員は、偶然、置き去りにされたバラパラ殺人の頭部をもってきてしまったことを確信する。周囲の視線に怯えるサスペンスは強烈だが、結末ではさらに謎解き物として悪夢のようなヴィジョンが待っている。

■ルーファス・キング『時計殺人事件』(熊井ひろ美訳、論創社)■

 とんでもないミステリという点なら、黄金期に人気を博したルーファス・キングのデビュー作『時計殺人事件』(1929) もかなりのもの。『緯度殺人事件』(1930) が知られている米国ミステリ作家だが、本書『時計殺人事件』(1929)は、『緯度殺人事件』『不変の神の事件』にも登場したヴァルクール警部補物の第一作。本書はヘイクラフト-クイーンの路標リストに選定されている。
 外装は、各章のタイトルがすべて時刻となっているなど、ヴァン・ダイン風の本格ミステリなのだが、中身は相当に違っている。『緯度殺人事件』でもある程度そうだったが、全体はたった一晩の事件なのに、意外に次ぐ意外な展開、先の読めなさという点では、一級品。本格ミステリには、こういう行き方もあるのかと思わせる点では、新鮮さすら感じさせる。
 なにしろ出だしからして、ふるっているのだ。
 夫の行方を案ずるミセス・エンディコットの通報により、屋敷に赴いたヴァルクール警部補は、クローゼットの中で硬直した夫エンディコットを発見する。検死官も死亡と認め、警部補も捜査に入るが、なんと生きている可能性が出てくる。迷信深いアイルランド系警官などは震え上がるが、実際に夫は蘇生してしまう。夫の意識が戻ればすべては明らかになるはずだったが…。
 ここからは、意想外の展開が続く。中でも、夫の意識が回復する瞬間に起きた事件の顛末には息を呑む。
 結局捜査は続行するが、やはり思わぬほうに話は転がっていく。夫は愛人をとっかえひっかえしていたようだが、妻にも不倫の匂いがする。夫が妻をいためつけていたという証言もあれば、妻が夫を支配したという証言もある。狂信的な家政婦など使用人も曲者揃い。
 全体に漂う不穏な雰囲気もいい。その雰囲気を支えるのが文体で、この作家は、『不思議の国の悪意』(1958) という名短編集でも、次々と飛び出す比喩とレトリックに満ちた文体をシャンパンのような文体と感じさせたものだが、長編デビュー作からのこの資質を開花させていたわけだ。
 フランス系カナダ人の出自をもつヴァルクール警視も知的で型破りで人間的魅力ももつ御仁。本書のヒロインともいえる美貌の夫人とヴァルクール警視の会話も、いささか大仰でもあるものの、なにやら奥が深そうだ。
 謎解きのほうだが、限定的状況で、犯人候補も限られている、こうした中で、意外性のある犯人を創出している手腕は買える。消えた帽子が大いなる手がかりになっているところは、同年発表のエラリー・クイーン『ローマ帽子の謎』を思わせる。ただし、キングの場合は、手がかりと厳密な推理に基づく謎解きというよりは、真相解明も「コミ」で意外性の連打というストーリーラインの一部ととらえている節がある。プロット重視というよりもストーリー重視、それでいて本格ミステリというわけだ。
 それにしても、犯人側のトリックには素直に驚かされる。人によっては莫迦莫迦しい、となるところだが、臆面もなくやってしまうところが作者の資質でもあろう。何しろ、真相が明らかになる場面の「絵」がいい。プロローグで明かされる真実もまた全体を引き締めている。

■レックス・スタウト『忌まわしき悪党』(渕上痩平訳、論創社)■

 本書『忌まわしき悪党』(1948) は、ホームズにとってのモリアーティ教授に匹敵する悪の帝王アーノルド・ゼックとネロ・ウルフとの死闘を描く三部作の第一作。
 本書は両者の前哨戦だが、単独で読んでも何ら差し支えはない。論者によっては、この三部作をウルフ物の代表作に挙げているという。
 なお、本作は、雑誌「EQ」に連載された『Xと呼ばれた男』という既訳がある。
ネロ・ウルフは、多額の所得税に耐えかねて、珍しく自分から事件調査の売込みをかける。相手は、有名なラジオ・パーソナリティのマデリン・フレイザー。連日新聞を賑わせる渦中にある人物。何しろ、彼女の番組の生放送中、ゲストの競馬評論家がスポンサーの飲料を飲んで毒死したのだ。警察の捜査が進展しないことにいら立っていた、マデリン、放送社、スポンサーは、ウルフと契約を結ぶことになる。しかし、関係者をウルフ邸に集めて、聞き取りをしても、何か隠しごとがあるようで、ウルフの捜査も行き詰まりをみせる。
 ラジオ放送中の殺人という題材では、ヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェル『放送中の死』、マックス・アフォード『闇と静謐』やTV放送中の死ということではパット・マガー『死の実況放送をお茶の間へ』などがあるが、スポンサーや放送局の利害まで含めて、事件を立体的にとらえているところに、現実社会への目配りが感じられるところ。
 身を隠している重要証人である娘を連れてこいとウルフに難題を出されたアーチーが機略をつくして娘を呼び出し、彼女の証言により、事件の様相が一変する展開がいい。続いて第二の殺人と思われる事態が発生するが、二つの殺人はどう関連するのか。
 ウルフがまったく動かないのに業を煮やして、アーチーが新聞にウルフ批判ともとれる社説を書かせたり、いつもは、ウルフといがみあっているクレイマー警視が今回は大いに困ってウルフを頼りにしてくる、といったいつもと違う展開もある。。
 事件の謎が次第にほどけていく緊密な構成と展開、背後に隠された犯罪のスケールの大きさ、犯人や動機の意外性といった謎解き部分の面白さでは、シリーズ作でも高位の面白さ。
 ただし、なぜ、犯人は、生放送中の殺人という方法を選んだのかという疑問が氷解しない点やウルフが真相に辿り着いた推理が厳密さにかけるという弱点もある。
 アーノルド・ゼックは、ネロ・ウルフへの電話という形で登場する程度だが、彼の行動の邪悪さも相まって、両者の死闘が本格化する続刊に大いに期待したい。

■エルモア・レナード『ビッグ・バウンス』(高見浩訳、新潮文庫)■

 新潮文庫海外名作発掘レーベルから出た『ビッグ・バウンス』は、1980年代半ばに、我が国でも一世を風靡したレナードのミステリ第一作。『オンブレ』などのウェスタン小説で知られたレナードがミステリ分野に乗り出して新生面を切り開いた一作だ。
 キュウリ摘み渡り労働者ジャック・ライアンは、農園の作業頭をバッドで殴打して解雇され、街からの退去を求められる。そのとき、働き先の農園主の愛人で若く奔放な娘ナンシーと出逢う。地域のリゾート経営者で、治安判事でもあるミスター・マジェスティックに気に入られたジャックは、リゾートの手伝いとして街に残ることになり、ナンシーとのつきあいも始まる。他人の家の窓を割ったり不法侵入したりとスリルを求める彼女は、やがて農園労働者の給料を強奪する計画まで持ち掛けてくる…。
 本書は、『ラブラバ』などの西部劇的ヒーローの活躍する後の小説とは、また印象が違っている。
 普通の犯罪小説なら、金銭強奪計画がメインとなり、詳細な準備やその成功 (又は失敗) が描かれるはずだが、この小説ではそうはならない。派手な犯罪を回避するように、ジャックやナンシーといった小悪党たちの小さな犯罪を活写していく。
 主人公ジャックは、元野球選手。ケガにより、選手生命を絶たれ、仕事の傍ら、仲間と空き巣を始める。今は足を洗っているが、この街でも、渡り労働者数人と一度空き巣を働く。彼は、冷徹な人間であろうとしている。少年時代も含め、回想シーンも多く、チャンスに恵まれなかった半生が立ち上がってくる。
 一方、主人公以上に生彩を放っているのは、ナンシーのほうで、今は農園主に囲われている身だが、農園主の部下ともいい仲になっている。十六歳だった彼女は、ベビー・シッターとしてアルバイトをしていたが、子供の父親にことごとくモーションをかけ、罠にかかった男の妻に「無理やり犯された」という手紙を書く娘だった。
 この小悪党同士の男と女の人生の軌跡は、どう交わり、何が起こるのかという興味を中心にストーリーは展開する。さしたる事件も起こらないのに、読ませるのは、さすがだ。一瞬にして電流が流れ青白い火花が散るように、二人の男女は結びついていく。ナンシーはジャックを道具として利用するつもりであり、ジャックもそれには気づいている。しかし、ナンシーは、ジャックに惹かれてもいる。互いに惹かれ、反発する。
 二人は、夜の高級住宅街で、住宅の窓に石を投げる遊びをするが、「禁じられた遊び」を思わせなくもない。ナンシーは、相当なアバズレだが、実は自分が何を求めているのかも分かっていない。せいぜいハリウッドに行ってスターになりたいと思っている程度。精神の一方は、未成熟で孤独な娘なのである。一方のジャックには、レナード後年の寡黙なヒーローの面影がある。本作は、ヒーロー未満のジャックのイニシエーションの物語でもあるのだ。
 なお、本作は、『悪女のたわむれ』(1969) 、『ビッグ・バウンス』(2004) として、二度映画化されている。

■ジョルジュ・シムノン『反動分子』(荷見明子訳、東宣出版)■

〈シムノン ロマン・デュール選集〉第3弾。監修者で解説者の瀬名秀明氏によると、シムノンは硬い小説といわれる単発の小説も重い後味の心理小説ばかりではなく、エンターテインメント性の高い長編も手掛けていたとのことであり、本書『反動分子』(1938) は、中期に書かれたサスペンス・ミステリの筆頭とのことだ。
 ピエール・シャヴは、ベルギーで暮らす妻子持ちの男。今は、小さな劇場で、舞台監督助手をしているが、フランスの無政府主義グループの主要メンバーとしての顔をもっている。ある日、活動仲間の男がパリからやってきて、新入りのセルビア人の活動家がグループを掌握し、近々、爆弾テロを仕掛けるという。しかも実行犯は、シャヴが弟のように接してきたロベールだ。シャヴは、テロを止めさせるために、すぐにパリに向かうが、テロ計画の密告を受けた公安警察からは、共謀者と疑われ、追われる身となる。一方、無政府主義のメンバーからは、裏切り者として疑われる。シャヴは、爆弾テロを阻止すべく、孤軍奮闘する。
 これは、なかなかに凄い小説だ。テロリズムを扱ったミステリの中で最も古く良質の作品は、ヒュー・ペンティコーストの『灼熱のテロリズム』(1968) である、という評語を読んだことがあるが、それより遥か以前に、テロリズムをエンターテインメント寄りの小説でテーマとしているのだ。それも、官憲側 (防御する側) からの視点が多い題材を組織内部からの視点で描くという先鋭性をも併せもっている。
 公安警察から追われ、仲間からも裏切り者として疎まれる、という設定もうまい。孤軍奮闘という状況を演出するとともに、テロリズムとという大状況が、シャヴの個人的問題として直結し、立ち上がってくるからだ。こうなると、個人の追い詰められた状況や心理を巧みに描けるシムノンの独擅場だ。
 シャヴは無政府主義者ではあるが、暴力の一切を否定する男。無辜の民が犠牲者になるのを避け、孤児で弟のように接してきたロベールが実行犯になるのはどうしても避けたい一心で、すべてを放り出して、パリに向かった。自宅に残した妻を気遣い、幼い息子が麻疹にかかっているか気遣う優しい夫であり、父でもある。一方、自宅には、連日、警察の捜査が入るが、妻は夫シャヴを信じ、気丈に普段の生活ペースを守ろうとしている。この信頼で結びついた夫婦のありようが読み心地の良さのベースになっている。
 パリのシャヴの懊悩は深い。犯行の予定は近づき、それを止める手立ては見つからない。やっと会えたロベールは、心無い言葉を吐く。短文を積み重ね、息せき切るような文章がシャヴの不安を、サスペンスを高めていく。
 シャヴは、テロ阻止のために、パリの街を疾走することになるが、この場面は、読者の高揚も誘う場面である。抜群に後味のいい結末も待っている。

■エレン・ウィルキンソン『国会採決を告げる電鈴』(井伊順彦訳、論創社)■

 本書『国会採決を告げる電鈴』(1932) は、英国の国会議員経験者による、国会議事堂内の殺人を扱った珍しい本格ミステリ。作者は労働党の下院議員で、1945年の内閣では、初代教育相も務めた人。本作は、British Library Crime Classicsで、2018年に復刊されている。
 国会での殺人を扱ったものとしては、スタンリー・ハインランド『国会議事堂の死体』(1958) があるが、これはビッグ・ベンからミイラ化した死体が出る話だった。
 本書の殺人事件は、まさしく国会議事堂の食堂で起こる。
 主人公ロバート・ウェストは、29歳の与党議員にして、内務大臣付き議会担当秘書官。内務大臣とアメリカ経済界の大立者オワセルの国会内の会食を準備したが、大臣の離席中にオワセルは拳銃で撃たれて死亡する。ウェストは発砲とほぼ同時に会食の部屋に踏み込んだが、部屋にはオワセルしか見当たらなかった。一方、同じ夜に、オワセル宅に強盗が入り、警備に当たっていた政府職員が射殺されるという事件も起きる。オワセルの死は現場の状況から自殺だと思われたが、オワセルの相続人の孫娘は、複数の理由を挙げて自殺するはずがないと否定。警察もやがて他殺説に傾いていく。やがて、ウェストには、大臣に関してある疑惑の念が生じる。。
 一種の不可能状況での殺人を題材に、疑惑がふくらんでいく過程を描き、きっちり謎解きにも決着をつけている。人物の描き方 (特に、社交界の花形である陸軍大臣の妻や金融界の大物には実在感がある)、話の運びも達者なもの。執筆が本業ではない国会議員経験者 (本書刊行時は国会議員ではなかった) がこれだけのものを書けるのだから、英国は懐が深い。
 何より、議員控室、食堂、カフェ、バーといったところでの会話ひとつをとっても、現職の政治家が書いたがゆえのリアリティが立ち昇る。
 英国議会は、「各国議会の母」であることを自覚しているが、第一次大戦以降の経済の打撃で落日の大英帝国は、米国の金融資本の力を借りなければ立ちいかない状況や、国民からは、パンを求めるというデモが起きている現実も綴られている。
 また、行政官僚が政治家を操る現実、行政官僚と政治家秘書の対立、与党と野党の政治的駆け引き、政治家の世代間の対立などが生々しく描かれる。ウェストは、ある疑惑を首相に直接伝えることになる。そういう意味で政治小説としての面白みももっている。
 真相への光明が見い出せない状況で、同じ部屋での事件当時を再現する食事会を開催するという奇手が放たれるが、種明かしは単純なもので、警察の捜査がここに行き着かなかったのは手落ちのようにもみえる。しかし、あからさまな手がかりが配置されていても、なお真相に気づかせない巧みさが光っている。

■マンリー・ウェイド・ウェルマン『ジョン・サンストーンの事件簿 下』(訳=渡辺健一郎・尾之上浩司・健部伸明・岡和田晃、ナイトランド叢書)■

『ジョン・サンストーンの事件簿 上』に続く下巻。
 上巻に続き、アメリカンホラーの長老によるオカルト探偵の冒険を日本オリジナル編集にて完全網羅。下巻には、8編収録。
 主人公のジョン・サンストーンは、オカルト研究家。巨躯の持ち主で、ディレッタントとして、毎回、この世のものならぬ存在との闘いに明け暮れている。
「黄金の小鬼」インディアンのチチャウ族 (架空の部族) が信仰する「聖なる包み」を棄損しようとする者が受ける報い。次々と現れる黄金像のビジュアルがいい。
「ひづめ」サンストーンの愛するモンテセコ伯爵夫人と敵役ロウリー・ソーン登場の一編。伯爵夫人の亡き夫を別な人格に甦らせようとする魔術との対決。
凍火いてび
凍火いてびの文字」魔法を操ることを教える闇黒学院の教科書 (暗闇でも読める文字で書かれている) を手に入れたロウリー・ソーンは、サンストーンと激しく争うが。決着がユーモラス。
「《極北トゥーレ》 よりの妖術」エスキモーの宗教指導者がやはり極北の悪しき呪術使いと対決する。いずれもエスキモー流に慇懃で謙虚なことにサンストーンは魅了される。
「ダイの剣」血を欲しがるネパール産の名剣。サンストーンの魔剣と一戦まみえる。
「二重の呪い」 復員兵の一人称、ドッペルゲンガー、魔術専門書店、〈黒い学校〉と盛り沢山。書店の地下に広がる広大な〈黒い学校〉の描写もいい。
「リル・ウォーレンの最後の墓」 男を虜にし、魔女として殺された美女の墓が暴かれて。人狼物だが、無償の愛を描いてしっとりした話。
「呼び覚ますなかれ」 庭の不思議な円模様と18世紀に魔術師として処刑された男との関わりとは。
〈ショノキン〉というオルタナ人類物は、上巻に集約されたということで、下巻に登場しないのは残念だが、サンストーンは、世界各地の呪術に通じており、関わる怪異は幅広い。作品そのものがブッキッシュであり、本や本屋にまつわる話も多い。
 サンストーンは、肉体の力や剣の技法のみならず、あらゆる信仰を尊重する(「黄金の小鬼」)というリベラリストであり、オカルトに多大な関心をもちながら、「ほくは夢の中に住めない」 (「二重の呪い」) というリアリストの強さをもっているところが、魅力的なゴーストハンターだ。
一編一編語り口も異なり、時にユーモラス、時に情感豊かなところも愉しめる。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


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