今回は、小さな町で起きた連続殺人事件をめぐるアレックス・ノースの The Whisper Man (2019)をご紹介します。

 妻を亡くしたトム・ケネディは、7歳になる息子ジェイクと新たなスタートを切ろうと、フェザーバンクという町に引っ越す。もともと内向的だったジェイクは、母親を失ったショックもあって、いっそう内にこもるようになり、トムは息子を愛しているものの、どのように扱っていいかわからなかった。
 ジェイクは引っ越し当初から架空の女友達の話をしていたが、しばらくすると「窓の外でささやき声がする。ドアをちゃんと閉めないと、ささやき声が聞こえてくる」と言いはじめる。

 トムたちが越してきたころ、町ではニール・スペンサーという少年が行方不明になっていた。この町では、20年まえに少年5人が誘拐され、うち4人が遺体で発見されるという事件が発生していた。犯人のフランク・カーターは捕まり、刑務所に送られたが、事件を担当した刑事ピート・ウィリスは残るひとりの行方を知ろうと、20年間、事件を調べつづけていた。
 そしてここにきてまた、少年の行方不明事件が起きた。しかも、ニールが行方不明になるまでの状況が、過去の事件とそっくりだった。20年まえに犠牲になった少年たちはいずれも、誘拐されるまえに「窓の外でささやき声がする」と言っていたのだが、ニールも同じ言葉を口にしていたという。
 20年まえの事件に関して、ピートはフランクに共犯者がいるのではないかと考えていた。その共犯者がニールを誘拐したのか、あるいは模倣犯の仕業か、ピートは過去の事件との関連を探る。

 トムとジェイクの生活も、少しずつ軌道に乗りだしていたある日、家のガレージを覗きこんでいる男がいた。トムが外に出て声をかけると、「子どものころ、この家に住んでいたので見てみたくなった」とのことだったが、トムは不審に思って、男を追いかえす。トムのもとには、まえの住人であるドニミク・バーネット宛ての請求書が何通も届いており、トムは先ほどの男がバーネットではないかと、インターネットでバーネットを調べる。その結果、バーネットは何者かに殺害され、犯人は見つかっていないことがわかる。さらに、家の元の持ち主に尋ねたところ、ガレージを覗いていた男はノーマン・コリンズという名前で、トムが購入を考えていたころ、家を執拗に買いたがっていたと聞かされる。

 ガレージには、バーネットのものと思われる荷物が積まれていたが、後日、トムがそれらを調べてみると、段ボールのひとつに人間の白骨がはいっていた。警察が確認したところ、白骨は20年まえに誘拐された少年5人のうちのひとり、トニー・スミスの骨であることが判明する。これと前後して、行方不明になっていたニールも遺体で発見される。

 警察は、トムからノーマン・コリンズのことを聞き、彼を警察署に連行する。コリンズは殺人事件に異常なほど興味があり、殺人事件にまつわる物を収集したり、フランク・カーターと同じ刑務所にはいっている囚人に、何度も面会に行ったりしていた。調べを進めた結果、バーネット殺害の凶器であるハンマーに残っていた部分指紋がコリンズの指紋と一致した。

 警察がコリンズを追及したところ、トニー・スミスの骨はもともとジュリアン・シンプソンという男が持っていて、彼の家には殺人事件に魅せられた者たちが集まっていたとのことだった。ドミニク・バーネットもそのひとりで、シンプソンが死んだあと、彼はリーダー然として振る舞いはじめ、コリンズがシンプソンの家に出入りするのを阻みはじめたという。コリンズは、トニーの骨を自分が守ろうと、バーネットを殺したと自供する。 
 これでバーネット殺害事件は解決に向かったが、コリンズが20年まえの事件や、ニール殺害事件に関わっている証拠は出ず、少年の連続殺人事件の捜査は混迷をきわめる。そんなある日、トムの息子ジェイクが自宅から何者かに連れ去られる。

 本書は著者アレックス・ノースのデビュー作です。Celadon Booksのサイトに掲載されているインタビューによると、父と息子の物語を軸に、不気味な雰囲気のただようクライム・ノヴェルを書きたかったとのこと。本書はまさにその思いの詰まった一作と言えます。
 父子に焦点をあわせると、トムとジェイクの物語が中心ですが、実は刑事のピートはトムの父親だったという、別の父子の物語も登場します。トムの両親は彼が幼いころ、ピートのアルコール依存が問題で離婚しています。トムの記憶にあるのは、ピートがトムの母親にグラスを投げつけていた姿と、母親の悲鳴です。白骨が発見されたことがきっかけで、トムは父親に再会しますが、時を経て目のまえに現われたピートには、アルコール依存を思わせるところがありませんでした。刑事と一市民であると同時に、父と息子というトムとピートの微妙な関係も読ませどころのひとつになっています。
 クライム・ノヴェルという点でも、非常にサスペンスフルで、ささやき声がひたひたと迫ってくるような不気味さも感じられます。ニールの誘拐事件で掘りかえされる20年まえの連続殺人事件、殺人事件に関する物を収集するマーダーアビリアの異常者など、さまざまな要素が詰まっていますが、風呂敷を広げすぎることなくバランスのいい作品にしあがっています。
 今年の7月には、2作目の The Shadows Friend が出版される予定です。10代の少年が同級生を殺害した事件を、25年後に、加害者や被害者の友人だった男性が振りかえる物語のようですが、こちらも The Whisper Man と同様、不気味でサスペンスフルな作品になっているのではないでしょうか。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。訳書にチャールズ・ブラント『アイリッシュマン』、ジョン・エルダー・ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記』、ジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』、ジョン・ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)、ロバート・アープ『世界の名言名句1001』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『NCIS』『シカゴ・ファイア』

 

●AmazonJPで高橋知子さんの訳書をさがす●

【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧