ふと気づいたのです。英国推理作家協会(CWA)賞の第1回受賞作はゴールド・ダガー(1955年、当時の名称はクロスド・レッド・ヘリング賞)もジョン・クリーシー(1973年新設)も未訳なんですね。これは取りあげなければ。今回は、kindle版があって先に手に入ったジョン・クリーシー、新人賞を。キリル・ボンフィリオリの Don’t Point That Thing At Me です——え、これって、かつてサンリオSF文庫から紹介された『深き森は悪魔のにおい』のシリーズなの?! 同じ作家? 未読。だいぶ弾けた内容らしい。こちら、なかなか稀少なのですね、図書館もあたってみましたが、県内の図書館はどこももっていませんでした。というわけで、あとがきでふれられた内容と重複していたらご勘弁を。

 本書は3部作の幕開け。主人公は画商のチャーリー・モルデカイ。芸術と金と下ネタと酒が大好き、下腹が気になるお年頃。ランカスターに土地をもつ男爵の一族という高貴な身分(家督は兄が継いだ)、本人はロンドン暮らし、近頃の画商は用心棒なしにはやっていけないのだ、とのことで、忠実で万能な用心棒のジョックが、毎朝ベッドまで紅茶あるいは酒を運んでくれる優雅な独身生活を送っています。この主人と執事の関係のふたりのやり取りがいい。でも、1ページ目から雲行きは怪しくて。学友でもあった刑事のマートランドの訪問を受けるのですが、目的は新聞を騒がせているゴヤの絵画盗難事件の聞き込み。マートランドはチャーリーが一枚噛んでいると確信しているんですね。チャーリーは明言しないものの、こいつはやばいと画策開始で、ああ、きみ、やりましたねとばればれで話は進むのです。

 が、この話の飛び具合がはんぱない。読みながら何度「えー」と小さく言ったことか。なるほど、モンティ・パイソンやオースティン・パワーズを連想させると言われているのが納得、毒舌ユーモア大盛りのサスペンス。手を組んだり裏切ったり、死体はどんどん積みあがっていくし、なんとしてもアメリカへ行かねばならないチャーリーは、それを飛行機で運ぶの? というものを載せちゃうし、あなたお腹が出ているけれどキュートね、と好かれてアメリカ美女とそれはおいしい思いをするし。この風呂敷はたためるのか?

 ——第1回ジョン・クリーシー賞ならば読んでみようと思う人は、シリーズ2作目の After You With The Pistol も続けたくなるので時間に余裕をもってどうぞ。こちらは、愛する人がふっかける無理すぎる無理難題をチャーリーがこなそうとしていくと(女王を暗殺して、とかね)、1作目をうわまわる予想外の展開が待っているという。チャーリー、それはひどすぎるってば、と口走りましたよ、わたし。今回読んだ1と2はこのままだといまはNGかもという表現もありますし、たしかに散らかった印象もあるけれど、妙に魅力のある作品です。3作目だけ邦訳が出てその前が未訳なのは、1作目の幕切れと、展開が飛躍している点が理由でしょうか。調べてみると発表順は前後しているようですが、時系列は Don’t Point That Thing At Me → After You With The Pistol → Something Nasty In The Woodshed(『深き森は悪魔のにおい』)です。Kindle版は3部作すべて含まれて時系列になっています。

 本人も画商であったボンフィリオリは1985年没。邦訳は長篇1作のほかに、ヒラリイ・ワトスン編『ある魔術師の物語』に短篇「風邪を引かないで」(ボンフィグリオリ表記)が紹介されています。奇妙な味の作風。さあて、問題作らしい『深き森は悪魔のにおい』の原書にとりかかってみましょうか。冒頭から異色作の匂いがする……

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●↑深き森は悪魔のにおい (1981年) (サンリオSF文庫)

三角和代(みすみ かずよ)

ミステリと音楽を中心に手がける翻訳者。10時と3時のおやつを中心に生きている。訳書にヨハン・テオリン『赤く微笑む春』、ジョン・ディクスン・カー『曲がった蝶番』、ジャック・カーリイ『ブラッド・ブラザー』他。

 ツイッターアカウント @kzyfizzy


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