特別本が多いわけではないが、それでも増え続ける本の収納には困っていた。本棚ではない収納エリアの隙間に、買った本はとりあえず置く、を繰り返していたら、その隙間すら無くなった。しかたがないので、一念発起して本棚をもう一本追加した。けれど結局、棚はすぐに埋まってしまい、また本棚ではない隙間を本で埋めることになった。

 このままではイカン、ということで、導入したのが電子の力だ。気になる電書はいきなり買わず、まずはサンプルを読む。サンプルは本編導入部が配信されるので、続きが気になればそのまま買えばいいし、いまいち読書が乗らなければデータを削除すればいい。気軽な気持ちで、大量にダウンロードしていたサンプルに埋もれていたのが、ネレ・ノイハウスの『深い疵』だった。

 実を言うと、ネレ・ノイハウスはノーマークだったのだ。予備知識といっても、評判がいいという程度で読み始めたのだが、ああ、これが運の尽き。やだこれ、面白い!! 地下鉄に乗っているときに読み始めたところ、不幸なことに地下でサンプルの終わりに到達してしまった。わたしの Kindle Paperwhite のネット接続は Wi-Fi のみである。東京の地下鉄はケータイの電波がビシビシ飛んでいるのに。なぜ 3G 版を買わなかったのかと軽く後悔しつつ、かといって他の本を読む気も起こらず、結局もう一度サンプルをアタマから読み始めることにした。そして Wi-Fi が繋がる環境に着いて即買いだ。ぽちっとな!

 久しぶりにハマる作家に出会えたことに興奮し、次に翻訳する作品も決まっていることを訳者あとがきで知る。読みたい。すぐにでも読みたい。が、『深い疵』の電書化は、紙の本よりずいぶん遅かったのだ。次作は紙で読むべきか、電書化を待つべきか悩んでいた。そうしたところ、電子の神様は同時発売というご褒美を下さった。ブラボー!(実際は東京創元社が下さった)

 そんなきっかけで読み始めたノイハウス邦訳第2弾が『白雪姫には死んでもらう』である。

 今作のテーマは冤罪。11年前、その事件は起きた。村で開催される演劇で、主演の白雪姫役をめぐり対立していた少女、ラウラとシュテファニー。ラウラは不審死を遂げ、シュテファニーは行方不明に。ラウラを殺した罪に問われたトビアスは、無実を主張するも、有罪判決がくだされる。10年の刑期を終えたトビアスは、出所後に両親の暮らす村に帰る。しかし、二人の少女の運命を狂わせたトビアスに対する強い憎悪が村全体に伝播していた。父が経営する食堂は、トビアス服役中に閉鎖に追い込まれる。食品を買いに行っても「人殺しに売るものはない」と拒否される。家の壁には「人殺しの家」とひどい落書きが。村人たちは寄り集まって、出所した若者の噂話を続ける……。

 ……な、なんだろう。どこかで感じた閉塞感。因習じみて、よそ者への警戒心の強い村人たちの、この嫌〜〜〜な感じ。ここに、二重回しに形の崩れたお釜帽という出で立ちの、モジャモジャアタマの私立探偵がひょっこり現れても、何らおかしくないじゃないか!?

 そう。このドイツ人作家の描く作品に、わたしは横溝正史を感じずにはいられなかったのだ。秘密を共有し、何かを隠し立てようとする村人。そして、イントロダクションで描かれた猟奇的な死体の描写……。嗚呼、まさにまさに!

 おどろおどろしいのは村人の関係性だけ……ではない。『深い疵』でもそうだったが、レギュラー陣である刑事たちも、人間関係で色々抱えていて、とにかく大変なのだ。が、今作で、主役の一人、チームのボスであるオリヴァーが、ぐだぐだのダメ男状態になっているのにはビックリだった。

 もう一人の主役、ピアもいろいろ抱えてはいるが、それでも仕事はきっちりこなしていた。ピアは実にできる女性である。しかしオリヴァーは妻・コージマの不貞が気になって、仕事も手につかない。ホント、ダメダメ。ダメ男が最近のミステリの流行なのか? と一瞬思ったほどである。

 事件解決に向けて、余分であるばかりか、捜査の妨げにすらなっている節もあるプライベートの描写。ところが読後、強く記憶に残ったのが、オリヴァーとコージマとの対決シーンだった。オリヴァーは、コージマが働くことを応援する姿勢をとっていた。しかし、そこに見え隠れする「俺が許可した」とでも言いたげなオリヴァーのマッチョな思考。職場におけるオリヴァーの相棒は女性だ。彼はピアの仕事振りには一目置いている。にもかかわらず、家の外と内とでは女性に対する価値観がズレているのだ。この本を通じて、ドイツも日本と同じような女性抑圧問題があることを実感した。不貞を働いたコージマを悪く思えない理由は、多分そこにある。

 肝心の謎解きそのものについては、あまり触れると楽しみが減ってしまうので迂回したが、最後にヒトコト言っておきたい。

 電書でこの本を読むのは危険だ。

 紙の本なら物理的な厚みがあり、今日はここまでと抑止力が働くが、電書はそれがない。「切りのいいところまで」と、ミステリにおいてありえない条件を自身に課して読んでしまう。結果、すごく早く読み終えたが、夜明けを2回迎えてしまい、ひどい睡眠不足に悩まされたことも付記しておく。

 ミステリを出す出版社は、沢山売りたいなら電書で次々に出すといいと思う。だって、すごい勢いで読まれるもの。次も楽しみなこのシリーズ、オリヴァーはともかく、ピアには幸せになってほしいです。

YOUCHAN(ユーチャン)

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 アーティスト。最近手がけたカバーイラストに、ジョン・コリア『予期せぬ結末1 ミッドナイト・ブルー』(扶桑社)、グリン・カー『黒い壁の秘密』(東京創元社)がある。みなさま、この2冊、ぜひともお読みください。訳者・編集者渾身の1冊でございます。

【Twitterアカウント】@youchan_togoru

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