今回取り上げる作家は、化学者のエマ・カルドリッジを主人公としたシリーズを執筆しているジェイミー・フレヴェレッティです。
デビュー作の Running from the Devil (’09、国際スリラー作家協会処女長編賞受賞作)では、マイアミからコロンビアの首都ボゴタへと向かう英国航空689便が反政府ゲリラにハイジャックされる場面から幕を開けます。
ヴェネズエラとの国境付近の密林に隠された滑走路に着陸を試みた689便は大破、生存者はゲリラ兵によって人質として密林の中にある基地へと連れ去られるが、その中には麻薬取締官のキャメロン・サムナーも含まれていた。
運悪く689便に乗っていたエマはゲリラ兵の手を逃れたものの、機体を爆破されたため通信手段と食料を確保するべく人質の集団を追跡せざるを得なくなる。その頃、米国政府は救出部隊の派遣を決定、民間軍事会社〈ダークヴュー〉を運営するエドワード・バナーにその支援を要請する。
一方、油断のならない雰囲気を感じさせるサムナーを疎ましく思ったゲリラのリーダー、ロドリゴは人質移送中に彼の処刑を命じる。エマはすんでのところでサムナーを救出するが、ゲリラとは別に彼女を追う男たちが現れる。
シリーズ第二作となる Running Dark (’10)では、南アフリカのコムレイズ・マラソンに参加したエマは爆発事故に遭遇、爆風で倒されて気を失いかけた間に薬物を注射されてしまう。
その頃、〈ダークヴュー〉が警護する船舶によって損害を被ったソマリアの海賊、ムンガベが〈ハゲタカ〉と呼ばれる男に〈ダークヴュー〉壊滅を依頼、〈ハゲタカ〉はその見返りとしてドバイからセイシェル諸島へ航行する豪華客船〈カイザー・フランツ〉の襲撃を持ちかける。
〈カイザー・フランツ〉には麻薬が積み込まれているという情報を得たサムナーが身分を隠して乗船していたが、そこにムンガベの部下たちが襲いかかる。サムナーの奮闘もあって何とか撃退したものの船は損傷、ソマリアの領海へと追い込まれる。
一方〈カイザー・フランツ〉に積まれているワクチンの中に毒物が隠されているとの情報を得た米国政府は〈ダークヴュー〉に調査を依頼。コロンビアの一件でエマの能力に注目していたバナーは、彼女に<カイザー・フランツ>への乗り込みを打診する。
そして第三作の The Ninth Day (’11) 。アリゾナの沙漠で植物採集に従事していたエマは運悪く密輸の現場に遭遇、麻薬組織に囚われてメキシコへ拉致される。組織のリーダー、ラ・ヴァルが所有する大麻畑の一部は枯死し、その大麻に触れた者は9日間苦しんだ後に死ぬという謎の疫病が広がっていた。
愛人のセレナまで罹患したラ・ヴァルは、エマが化学者だと知ってその治療法を発見するよう命じる一方で、問題の大麻を米国に持ち込んで疫病を蔓延させると息巻く。監禁されていた屋敷から脱出に成功しかけたエマだが、メキシコ軍と思しき集団が近くの町を襲撃したため、戻らざるを得なくなる。
屋敷まで襲われたラ・ヴァルは、汚染された大麻を積んだ車両でエマと運び屋のオズを連れて米国へ逃走する。司法組織に追われる派手な逃避行を続けながら治療法を探すエマだが、自身も疫病に罹患してしまう。
失踪以来、彼女の行方を追っていたバナーとサムナーは、逃避行の情報を得て救出に乗り出す。
コロンビアのジャングルを舞台にした Running from the Devil の活躍でバナーの眼に留まったエマは、ウルトラマラソン(通常の42.195kmを超えて走る競技)のランナーでもあるという設定。作品の舞台はその後ソマリア(Running Dark)、メキシコ(The Ninth Day)と物騒な地域が続きますが、エマは〈ダークヴュー〉が絡む事件に巻き込まれながら、体力と該博な化学の知識を駆使して、タイトルどおり奔走します。
彼女を支援する役回りのバナーは退役後に〈ダークヴュー〉を創設して運営に携わっているものの、自ら好んで現場に出る行動派。エマのことを「美貌のマッドサイエンティスト」と呼ぶサムナーは強面で沈着冷静な射撃の名手。詳しく語られていないものの、興味深い過去を持っていると仄めかされている彼は読者にとっても気になる人物として描かれています。
その二人に加え、このシリーズにはバナーを補佐する〈ダークヴュー〉の女性副社長、キャロル・ストローマイヤーという異色の人物も登場します。バナー同様、元軍人であるストローマイヤーは実戦経験こそないものの、どの部署に働きかければ組織としての軍隊が動くのかを知悉しており、〈ダークヴュー〉の運営に欠かせない人物です。特に Running from the Devil では米軍救出部隊を兵站面で巧みに支援しつつ、横槍を入れようとする政府官僚たちをはぐらかす等、バナーに引けを取らない活躍を見せてくれます。
シリーズは現在第四作 Dead Asleep(’12、残念ながら未読)まで書き継がれており、更にフレヴェレッティはロバート・ラドラムの『秘密組織カヴァート・ワン』シリーズの The Janus Reprisal(’12)も執筆しています。
フレヴェレッティは主人公であるエマは勿論、バナーやサムナー、そしてストローマイヤーといった個性的な人物を生き生きと活躍させる力量の持ち主で、アクション作家は殆ど男性の作品しか読まない筆者にとって、珍しい例外です。
寳村信二(たからむら しんじ) |
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20世紀生まれ。今年は『殺しのナンバー』(’12、カスパー・バーフォード監督)や『ベルリンファイル』(’13、リュ・スンワン監督)といった掘り出しものが多い。 |