翻訳小説でよくお目にかかる表現に「悪いときに悪いところに居合わせた」というのがあるけれど、ちょっとした間の悪さで事件の加害者にもなれば被害者にもなるものです。行き過ぎた悪ふざけや冗談でも、タイミングしだいではとんでもない悲劇をまねくことだってありえます。今回ご紹介するジョージ・ペレケーノスの THE TURNAROUND (2008)は、そんな間の悪さが重なったせいで、事件の関係者になってしまった若者たちのその後を描いた作品です。

 ワシントンDC。1972年の夏の夜。ビリー、ピート、アレックスの3人はマリファナでハイになったあげく、「いっちょぶちかまそうぜ」とばかりに黒人が多く住む地域、ヒースロー・ハイツに向かうことに。3人とも日頃は素行が悪いほうではなく、漠然とワルにあこがれるごく普通のティーンエイジャー。でも、そのときはちょっとばかりテンションがあがりすぎていたようです。ヒースロー・ハイツに入ると、運転席のビリーが通りにいた黒人の若者3人に差別的な言葉を浴びせ、助手席のピートがチェリーパイを投げつけます。後部座席にいたアレックスは、まずいと思いながらもふたりを制止できません。そもそも彼は、「いっちょぶちかまそうぜ」という話になったときから乗り気じゃなかったのです。

 それでも、そのまま通り過ぎれば何事もなくすむはずでした。しかし、通り抜けられると思った道は行き止まりで、来た道を引き返すしかない。さっきの黒人3人が道をふさぐように待っている。ピートは「いち抜けた」とばかりに車を飛び降りて、さっさと逃げ出してしまいました。ビリーは自分たちの愚かなふるまいを謝罪しようと車を降りますが、とたんに殴り倒され、背中を撃たれて死亡。アレックスも殴る蹴るの暴行を受け、目に障害が残るほどの怪我を負うのでした。

 時代はそこから一気に35年後の現代へと飛びます。アレックスは父親から引き継いだダイナーを切り盛りし、まあまあの生活を送っています。結婚し、ふたりの息子に恵まれたものの、次男をイラク戦争で亡くし、癒えることない悲しみを抱えています。そしていまも35年前の事件を悔やみ、ビリーとピートに「やめろ」という勇気を持てなかった自分を責めつづけているのです。

 一方、黒人側の関係者のうちチャールズは、事件当時からヒースロー・ハイツでも札付きの不良でした。アレックスへの暴行で1年弱の刑期をつとめたものの、暴力やドラッグと縁の切れない生活はあいかわらず。交際中の女性の息子が友だちと麻薬の密売に手を染めていると知るや、いさめるどころか、「おれも一枚嚙ませろ」と割りこむ始末。ビリー殺害で懲役10年を言い渡されたジェイムズは服役中にも殺人事件を起こし、けっきょく20年を刑務所で過ごしたのちに出所。現在は自動車整備工として働いていますが、新型の車をいじる腕がないせいで低賃金に甘んじています。ジェイムズの弟で事件当時15歳だったレイモンドは服役をまぬがれ、軍のリハビリ施設で理学療法士として働き、そこそこの幸せを得ています。

 そのレイモンドと35年の時を経てふたたび出会ったのをきっかけに、アレックスの気持ちに変化が生まれるのでした。

 ひとことで言ってしまえば、これは贖罪の物語です。被害者側となったアレックスも、加害者側となったレイモンドも、35年前のことでずっと罪悪感を抱いています。レイモンドやジェイムズと親交を深めるにつれてアレックスは、あのとき自分がヒースロー・ハイツに行くのを止めてさえいればという思いをいっそう強くし、と同時に、これまでの自分がいかに“後部座席の男”だったかを、他人の運転する車に黙って乗っているだけだったかを気づかされるのです。

 自分にも非があるとは言え、障害が残るほどの暴行をくわえてきた相手に、真摯な態度で向き合うのはとてもむずかしいはず。なのにアレックスは、自分に勇気がなかったせいで、レイモンドたちの人生まで狂わせてしまったと自分を責めるのです。このあたりの描写がもう、じわじわと胸にしみてくるんですよ。甘いとか、世の中そんなにうまく行くかよ、という声が聞こえてきそうですが、ペレケーノスの小説を読んでいると、そんなふうにうまく行く世の中も不可能じゃないと思えてくるから不思議。いえ、本当ですってば。

 本筋とはべつに、イラク戦争が影を落としているところも見逃せません。作品の舞台となっているのは、すでに正規軍による戦闘が終わり、国内の武装勢力との戦いがつづいていた時期。アレックスの次男は戦争で命を落としましたが、レイモンドのひとり息子もイラクに派遣されているという設定で、息子からのメールを待ちつづける姿には胸がぎゅっとつまります。最後のメールのシーンには、思わずもらい泣きしたりして。また、レイモンドが勤務先の軍のリハビリ施設で、腕や足を失った兵士とふれあう場面が差しはさまれますが、単に理学療法士としてリハビリをおこなうだけでなく、ときに熱心に話を聞き、順調な回復をわがことのように喜ぶ様子が印象的に描かれています。

 そんな本作は2009年のハメット賞を受賞。アメリカとカナダの作家を対象にしたこの賞は、ミステリの賞でありながら、非ミステリ系の作家が審査をするところに特徴があり、文芸色の強い作品が選出される傾向にあるようです。派手なところのない静かな物語ながら、人物造形と心理描写にすぐれたところが評価されたのでしょうか。ミステリやクライムフィクションのファンのみならず、幅広い層の人に読んでもらいたい作品です。

東野さやか(ひがしの さやか)

兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロックをこよなく愛し、ライブにもときどき出没する。最新訳書はローラ・チャイルズ『オーガニック・ティーと黒ひげの杯』(コージーブックス)。その他、ウィリアム・ランデイ『ジェイコブを守るため』(ハヤカワ・ミステリ)など。埼玉読書会世話人

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