書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
今月も七福神をお届けします。そろそろ2013年も終わりで、翻訳ミステリー大賞の1次投票も締め切られました。しかし最後まで七福神は読み続けますよ。さて、今月はどんな作品名が挙げられているのでしょうか。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
千街晶之
『インフェルノ』ダン・ブラウン/越前敏弥訳
角川書店
最近めっきり聞かなくなった「バカミス」という言葉だが、本書に対してはかなり久しぶりにこの言葉を使わせてもらう。下巻で種明かしされた時は「ちょっと待て!」と叫びそうになり、続いて笑いがこみ上げてきた。上巻で展開されていた物語をとんでもない方向に反転させるこの手際、怒る読者もいそうだけど私は大喝采を送る。巻頭には例によって、作中に登場する組織「大機構」が実在するかのように書いてあるが、こんな組織が本当にあったらさぞや楽しいだろう。
吉野仁
『イージーマネー』イェンス・ラピドゥス/土屋晃・小林さゆり訳
講談社文庫
スウェーデンの犯罪小説だ。だが、内容は、80年代後期から90年代あたりに評判となったアメリカ作家(エルロイ、マキナニーなど)の影響を強く受けている。とくに、三人のアウトローに視点をあわせた構成や記号を用いる文体はエルロイの影響大。話に慣れるまで読みづらいが後半から面白くなった。エルロイ・ファンならば、そのあたりを意識しながら読むと楽しめるだろう。いささか生ぬるいラストながら、次作にも期待したい。
北上次郎
『三秒間の死角』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳
角川文庫
上巻はややもたもたするが、下巻に入るとびっくり。信じられないことが次々に勃発して、もう目が離せない。
今回はこの展開がキモ。
霜月蒼
『ビフォア・ウォッチメン:コメディアン/ロールシャッハ』ブライアン・アザレロ、J・G・ジョーンズ、リー・ベルメホ/秋友克也・石川裕人訳
ヴィレッジブックス
スウェーデンにエルロイ派のクライム・ノヴェリスト誕生を告げる『イージーマネー』も興味深かったが、エルロイとの共振という点では、名作『ウォッチメン』のスピンオフたる本作のほうがパワフルだろう。暴力と正義とアメリカという問題を体現するスーパーヒーロー=コメディアンとロールシャッハ——前者はピート・ボンデュラントとダドリー・スミスの血を嗣ぎ、後者はバド・ホワイトとホプキンズ部長刑事の血を嗣ぐ。彼らの前史を描く本書は、まるで《アンダーワールドUSA三部作》と《LA四部作》のスピンオフのような仕上がりで、まぎれもなくエルロイ的な物語なのである。いずれもスタイリッシュなノワールの意匠で語られており、とくにコメディアンのエピソードで描かれる、JFKの死とヴェトナムに呪われて死にゆくアメリカの理想の終焉が心を刺す。エルロイ者が『ウォッチメン』を読んでいないとは思えないが、とにかく『ウォッチメン』ともども必読。
川出正樹
『フラテイの暗号』ヴィクトル・アルナル・インゴウルフソン/北川和代訳
創元推理文庫
時は1960年。舞台は、アイスランド北西部のフィヨルドに浮かぶ人口六十人ばかりの小島フラテイ。祖父と父と共にアザラシを猟るために湾内の無人島に上陸した少年が、白骨化した男性の死体を発見するシーンで物語は幕を開ける。一体、これは誰なのか? どこから来て、なぜ死んだのか? 死者のポケットに入っていた、サガを集めた写本『フラテイの書』に関わると思しき謎の文字が書かれたメモは、何を意味するのか。
偶然と必然とを巧みにく融合させた、地味なれど奥深く豊かな物語をじんわりと味わってみて欲しい。
酒井貞道
『第三の銃弾』スティーヴン・ハンター/公手成幸訳
扶桑社海外ミステリー
ミステリ史上恐らく最もビッグネームになりおおせたスナイパー、あのボブ・リー・スワガーが、史上最も有名な狙撃事件、JFK暗殺の謎に迫る。これだけでも結構燃えるものがあるが、ボブの捜査手法があくまで銃器や銃弾の状態、狙撃手の腕前や心理など、狙撃のプロならではのアプローチを崩さないのが素晴らしい。JFK暗殺を扱ったミステリに付き物の、政治力学的アプローチ(それは容易に単なる陰謀論に転ぶ)を排除しているので、好感が持てるのである。そしてその内容も実に精密だ。上巻で我々は《ガンマニアから見たJFK暗殺事件》をたっぷり味わうことができる。そして下巻では、事件の黒幕が自ら、事件の詳細を語るのだ。虚実の混ぜ方が絶妙なのも特徴で、時々、これが小説であることを忘れ、ドキュメントであるかのようなリアルな質感を物語にもたらしている。近年のJFKものでは、出色の出来栄えだ。
杉江松恋
『バン、バン! はい死んだ』ミュリエル・スパーク/木村政則訳
河出書房新社
2013年度中に読んだ短篇集のベストワンになりそうである(ベストスリーを選ぶなら、他にロイ・カリー・ジュニア『神は死んだ』とステファノ・ベンニ『海底バール』)。別のところに原稿も書いた上にあちこちで薦めまくっているのでいささか気は引けるのだが、それでも言わずにはいわれない。翻訳ミステリー好きなら、そして短篇好きならこれを読まなければ後悔しますよ、と。表題作は高い知性を持った女性の視点から辛辣に世間のことどもを見下ろしながら書いた作品で、ミステリーとしても十分に成立している怖いお話、なのだがこの作者らしい発想の飛躍が随所に見られて楽しい。たとえば主人公の夫がライオンに食われて死んだという設定だとか。「遺言執行者」は作家だった叔父の死後、著作権執行者として我が物顔に振る舞おうとする女性が、故人からのメッセージにつきまとわれる。変形の幽霊譚であり、これまた皮肉が効いていてよい。その他アンファン・テリブルものの「双子」やとんでもないブラック・ユーモア作品「首吊り判事」(興味ある方はブルース・ハミルトンの長篇と読み比べてみるといい)、これまでに読んだ中でもっともヘンテコなUFO小説「ミス・ピンカートンの啓示」など一度読んだら絶対に忘れられなくなる傑作揃いである。なんかミュリエル・スパーク中毒になりそう。それでどんどんへそ曲がりな人間になりそう。イイネ!(とボタンを押す。ないか)
票が割れました。7人が7作バラバラの書名を挙げてきたのはいつ以来でしょうか。読みたくなる本を一気に増やしてしまい、すみません。ではまた、来月のこの欄でお会いしましょう。(杉)