今回取り上げる作品はピーター・スピーゲルマンの Thick as Thieves(2011)です。

 私立探偵ジョン・マーチを主人公としたBlack Maps(2003/『黒い地図』、2005)でデビュー以来、スピーゲルマンは Death’s Little Helpers(2005、未訳)、Red Cat(2007/邦題『わたしを殺して、そして傷口を舐めて。』、2008)とシリーズの執筆を続けましたが、Thick as Thieves は初めてのシリーズ外作品となります。

 六か月前、カーは仲間たちと共に企業の吸収合併を扱う〈イスラ・プリヴァーダ〉の創立者、カーティス・プレーガーから百万ドルを強奪する計画の準備に着手した。

 プレーガーはウォール街の投資会社、〈メルトン・ペック〉を経てヘッジファンドを設立、時代の寵児としてもてはやされたがスキャンダルで米国を追われ、現在はケイマン諸島に設立した〈イスラ・プリヴァーダ〉を隠れ蓑にして、犯罪組織の資金洗浄を引き受けている。

 チームのメンバーはリーダーのデクラン、その副官であるカー、情報収集を担当するヴァレリー、荒事も辞さない金庫破りのマイク、監視と保安システムへの侵入を得意とするボビー、チーム最年少ながら優秀なハッカーであるデニス、そしてドライバー役のレイ。

 準備は難航し、デクランは事前調査にかかる費用が膨れ上がることに苛立つ。その挙句、カーの反対を押し切って麻薬組織のボス、ベルトッリが保管している現金を奪う仕事に取りかかる。しかしデクラン、マイク、ボビー、レイの四人は組織の待伏せに遭い、デクランとレイが命を落としてしまう。

 リーダーが亡くなった時点で〈イスラ・プリヴァーダ〉の件は中止になってもおかしくなかったものの、メンバー全員はこれを最後に引退するつもりでいた。ベルトッリに情報が漏れていたことに危機感を抱いたカーは、プレーガーの情報を持ち込んだミスター・ボイスに調査を依頼、デクランの後任として準備を続ける。

 カーたちはフロリダ州に拠点を構え、ヴァレリーは内部情報を得るため〈イスラ・プリヴァーダ〉社長のエイミー・チュンに接近、カー、マイク、ボビーの三人はかつて〈メルトン・ペック〉に勤務していたハロルド・ベッセマーをプレーガーとの仲介役に仕立てるべく監視する。

 しかし気性の荒いマイクはカーの仕事の進め方が気に入らず、何かにつけてデクランと比較しては反抗的な態度をとる。そんな態度にボビーも影響を受け、決行まで三か月足らずとなっても不協和音が収まる気配はなく、ベルトッリの一件が失敗した原因解明も進展しない。

 またカーの父親、アーサーは痴呆が進行しつつあった。妻のアンドレアを亡くし、マサチューセッツ州に一人で暮らすアーサーが何か問題を起こす度にカーは戻らなければならず、詳しい説明もなしに姿を消す新米リーダーに対してもメンバーたちは不満を募らせていた。

 決行日が近づく中、カーたちはようやくベッセマーの弱みを握り、プレーガーとの会見をお膳立てさせるが……

 スピーゲルマンは寡作ながらどの作品も読み応えのあるものばかりで、今回も緻密に張り巡らされた伏線、韻文を思わせる独特の文章、と期待に違わぬ出来栄えでした。

 物語はベルトッリの仕事が失敗した原因が分からないまま〈イスラ・プリヴァーダ〉攻略へ向けて突き進むカーたちの不安を巧みに描いており、緊張が途切れることなく結末まで引っ張っていきます。

 元外交官でカーとの折り合いが悪いアーサー、これまでに何度も仕事の仲介者を務めてきた謎の人物ミスター・ボイス、その部下で暗殺者と噂されるティナ。こういった脇役クラスの人物たちの描写もさることながら、この作品の素晴らしいところはデクランとアンドレアというカーの回想の中に現れる人物までもが生き生きと描かれているところです。

 CIA退職後、顧客とのトラブルが元で民間警備会社を解雇されたカーをチームに引き入れ、仕事のイロハを教え込んだ師匠ともいうべき存在のデクラン。カーには優しい母親でありながら、アーサーとはうまくいかなかったアンドレア。

 二人はまるで眼の前にいるかのように描かれ、そのことで物語に更なる魅力が加わっています。アンドレアの思い出を通してカーの家族の歴史も語られますが、本筋には関係のいテーマであるにもかかわらず、思わず引き込まれてしまう力があります。

 そして陰鬱ながら、かすかな希望が残されている結末。これまた著者の独擅場で、是非続編を、と思わずにはいられない作品に仕上がっています。

寳村信二(たからむら しんじ)

プロフィール:20世紀生まれ。2013年の掘り出しもの映画は『ロンドン・ヒート』(’12、ニック・ラヴ)、『殺しのナンバー』(’12、カスパー・バーフォード)、『ベルリンファイル』(’13、リュ・スンワン)、『ミッドナイト・ガイズ』(’12、フィッシャー・スティーヴンズ)の四作。 

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