全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 今年のアカデミー賞作品賞候補にもなった『フォードvsフェラーリ』はご覧になりましたか? 数々の困難と挫折に負けずル・マン24時間耐久レースに挑む胸アツのバディストーリーには、レーサーやレーシングカー開発チーム、そして当時のフォード社の幹部ら実在の人物が大勢登場しましたが、その一人リー・アイアコッカに、おお! と反応した四十代後半以上の方も多いのではないでしょうか。八五年に出た自伝『アイアコッカ――わが闘魂の経営』は当時大ベストセラー。そんな伝説の経営者のイメージが大きかったので、映画に出てきた若き日のエピソードはとても意外でした。そんなふうに自分の持っていたイメージと実際の人物像が異なることはよくありますが、皆さん、あの発明王のトーマス・エジソンが実は訴訟マニアだったって知ってました!? 筆者は恥ずかしながらこの本を読んで初めて知り、その恐るべき事実にびっくりしました! というわけで今回は、仰天の史実とフィクションを巧みに織り上げた驚きの歴史サスペンス、『訴訟王エジソンの標的』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ文庫)をご紹介します。作者は『シャーロック・ホームズ殺人事件』(ハヤカワ文庫)で作家デビューし、映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』でアカデミー賞脚色賞を受賞したグレアム・ムーアです。


 まだ十分に電力が供給されていなかった一八八八年のニューヨーク。ロースクールを卒業し小さな事務所で働き始めたばかりの若き弁護士ポールは、実績もないまま、いきなり大掛かりな訴訟案件をひとりで手がけることになります。その相手というのは誰あろう発明王エジソン。彼は次々にマスコミに話題を提供し、電気という言葉を初めて知った大衆からは“メンロパークの魔術師“と呼ばれ、奇跡を起こす人物だともっぱらの評判でした。ポールに依頼した著名な実業家ウェスティングハウスは、白熱電球の特許権をめぐりエジソンから訴えられ、十億ドルという巨額の支払いを要求されていました。エジソンがウェスティングハウス相手に起こした訴訟だけでも三百件を超えていましたが、膨大な数の案件にもかかわらずエジソン陣営は常に連戦連勝。ポールの依頼人の勝ち目はないと誰もが確信していたところ、さらに追い討ちをかけるような事件が発生します。

 その衝撃的な事故はポールの目の前で起きました。電線ケーブルの修理にあたっていた男が感電死したのです。当時電気の使用は危険を伴うものであり、この感電事故は実際に起きたそうです。これを発端にエジソンのウェスティングハウス追求は、電球の特許権から、エジソンの提唱する直流電流とウェスティングハウスの提唱する交流電流のどちらが安全面で優れているか、はっきりいえば、相手の主張がいかに危険かという争いに発展していくのでした。

 物語はポールの無謀な挑戦と失敗を通して弁護士としての成長を描くとともに、未熟な青年が高嶺の花の歌姫に寄せる一途な想いがほろ苦くもみずみずしく描写されていて、十九世紀末の青春ものとしても楽しく読むことができます。しかし最も大きな読みどころは、やはり次々に明かされる驚愕の事実でしょう! 訴訟額の大きさもさることながら、エジソンの訴訟への執着はほとんどヤバいレベル。それはかつて読んだ子供向けの“世界の偉人シリーズ“的な本で得たイメージを根本的に覆すほどの破壊力で、ページを繰るたびにドキドキしてしまいました。一方のウェスティングハウスも一見常識がありそうに見えて、実は危険なほどにこだわりがある人で、その頑固さにポールもほとほと困ってしまいます。しかもいくら才能があるとはいえ二人ともやたらとプライドが高く、相手を見下さずにはいられないという習性は、まさに似た者同士。そんな二人の争いがこじれないわけはなく、事態はどんどん悪化していくのですが、そこにさらにもう一人究極の変人が投入されてさあ大変!
 
 その第三の男とは、エジソンのところから失踪し行方不明になっていた科学者ニコラ・テスラです。数々のフィクションに登場してきたこの人の奇行についてはご存知の方も多いかと思いますが、本書でもその変人ぶりはあますところなく描かれています。彼がこの電流戦争のキーパーソンとなってからというもの、エジソンとウェスティングハウスがテスラを取り合うような三角関係の状況を呈してきて、本連載お待ちかねの読みどころになるのですよ! とはいえ三人ともお互いを猛烈に嫌っているのですが、そこはやはり皆様の妄想力を駆使して存分に深読みをしていただくと、最後には大変満足のいく結末が待っているかもしれません! どうかくれぐれもお楽しみに。少なくとも本書を読む限りでは、エジソンとウェスティングハウスって、四六時中、電気の次にライバルのことを考えてるとしか思えないんですよ。後半ではもう一人超有名な偉人が登場します。この人もまた子供向けの伝記とは一味違うキャラクターですが、中では一番常識人かも。そして最後の方ではヘンリー・フォード一世もちらっと言及されます。『フォードvsフェラーリ』で多くの業界人からリスペクトされていたフォード社創始者のことをエジソンはどう見ていたのか、なかなか興味深い発言が出てきます。映画を楽しんだ方もぜひ読んでみてください!


 本書はエディ・レッドメインをポール役で映画化の企画が持ち上がりましたが、それより先に、電流戦争をエジソン側から描いた映画『エジソンズ・ゲーム』が4月3日(金)から公開されます。


 基本的な史実はもちろん同じですが、こちらの映画の方は電流戦争そのものがメインとなり、エジソンとウェスティングハウスがどのように自説を世間にアピールしたかが中心に描かれています。当時の環境や風俗、研究室での実験風景などもリアルに再現されているので、本を読んだ人はより楽しめること間違いなしです。


 超豪華なキャスト陣を『訴訟王エジソンの標的』での描写とともにご紹介すると――

・“意外に端正な顔立ちで中西部特有のたくましい顎を持った四十代のもしゃもしゃ髪”トーマス・エジソン(ベネディクト・カンバーバッチ

・“熊のような体格に豊かな頬ひげと、口が隠れるような大きな口ひげを持った貫禄のある技術者”ジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン

・“驚くほど痩せていて、ゆうに六フィート半の背丈に、カールした口ひげと真ん中から分けた黒髪”ニコラ・テスラ(ニコラス・ホルト

 他には架空のキャラでエジソンの助手インサルをトム・ホランド、実在の投資家J・P・モルガンをマシュー・マクファディンが演じています。テスラといえば、クリストファー・プリースト『奇術師』が原作の映画『プレステージ』でデイヴィッド・ボウイが演じたテスラも忘れがたいですが、実際のテスラの写真を見ると、本作のニコラス・ホルトはかなり本人に似せていると思います。



 映画では家長としてのエジソンも描かれていて、本とはまた違った印象を受けるはずです。エンタメ要素よりも史実に重きを置いているせいか、予備知識が全くないと少しわかりづらいかもしれません。演技派二人のバトルを存分に楽しむためにも、できれば本を読んでから観ることをお勧めします。最後に重要なことをひとつ。インサルの健気さは必見です! どうかお見逃しなく。

 
■映画『エジソンズ・ゲーム』予告編 ■

 


タイトル:『エジソンズ・ゲーム』
公開表記:4月3日(金) TOHOシネマズ日比谷他全国公開
コピーライト: © 2019 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved.
配給:KADOKAWA
公式サイトhttps://edisons-game.jp/

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









映画『フォードvsフェラーリ』日本オリジナル予告『狙え!大逆転』編

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