書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 2014年度最初の月の七福神をお届けします。今年の運勢を占う大事な月。さて、どんな作品が上がってきますことか。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

川出正樹

『これ誘拐だよね?』カール・ハイアセン/田村義進訳

文春文庫

 ハイアセンが好きだ! 新作が出ると知った瞬間から、うずうずし、鶴首しすぎて首が痛くなるくらい好きだ。

 鋭い観察眼と分析力、そして透徹した論理を武器に、たとえ相手がどんな大物であろうとも、愛する地元フロリダにあだなす者たちに対して敢然と闘いを挑み続けるジャーナリストハイアセン。不正と偽善と貪欲に対して怒りの拳を突き上げ、舌鋒鋭く攻撃しつつも、ユーモアとアイロニーを忘れずに、正しいことと常識とのズレを描き、ちくりと社会を風刺する犯罪小説家ハイアセン。

 そんな彼が今回ターゲットに選んだのは、放埒の限りを尽くすセレブと彼らに群がるパパラッチ、そして悪徳開発業者だ。男とドラッグにだらしのないアイドル歌手チェリー。彼女の影武者に雇われた女優の卵アンが間違って誘拐されてしまう発端から、物語はあれよあれよという間に明後日の方向へと拡散していく。「この災難には、お笑いの要素が多分に含まれている」とアンが思わず漏らしているように、あるものは巻き込まれ、あるものは勝手に割り込んで、次から次へと奇天烈な人たちが加わる白熱大暴走ブラック・コメディの行き着く先は……クスクス、ニヤニヤしながら読み終えた後に、すっと背筋が伸びる小説をぜひ堪能してみて欲しい。

霜月蒼

『ブラック・フライデー』マイクル・シアーズ/北野寿美枝訳訳

ハヤカワ文庫NV

 かつて不正な金融取引を行ない実刑を受けた「私」は、出所後、知識を買われて証券会社の不正を探るよう雇われる……という本書、誰もがディック・フランシスを思い出すのではないか。抑制の利いた語り、拭えぬ汚名を背負いつつ不正を暴くために調査を続けるその姿、妻との不和。訳者もフランシス訳者だしね。そしてラストシーンの美しさが特筆もので、そこには未来へ向かう長い道が、希望の陽光を浴びながら僕たちの前に延びているのだ。ジョン・ハートに不満を抱く読者にこそ勧めたい。

 なお1月は豊作で、『静かなる炎』『カンパニー・マン』『これ誘拐だよね?』『シルヴァー・スクリーム』など、買って損なしの快作ぞろいです。

北上次郎

『米中開戦』トム・クランシー&マーク・グリーニー/田村源二訳

新潮文庫

 ふたたびの共著だが、『ライアンの代価』で試したところあまりにすごいので、今度は全面的にグリーニーにまかせたと見た。アクション場面が『ライアンの代価』に比べて少ないのに、今度は物語全般に緊迫感がみなぎっている理由は、そう解釈するしかない。ということは、クランシーの遺作たる次作(みたびグリーニーが共著者として登場)は、たぶんなにから何までグリーニーが担当するのではないか。つまりアクションも、物語を貫く緊迫感も、比べようもないくらいすごいのである。全部、想像だけど。

千街晶之

『カンパニー・マン』ロバート・ジャクソン・ベネット/青木千鶴訳

ハヤカワ文庫NV

 舞台は、ミステリアスな技術力を持つ大企業が君臨しているパラレルワールドのアメリカ。その企業の組合員たちが犠牲者となった大量殺人事件の謎に、人間の心の声が聞こえる特殊能力者が挑む。現実の歴史とは異なる技術発展史を遂げた20世紀初頭の世界、地底迷宮に隠された奇想天外な秘密……といったSF的設定と、主人公とそのアシスタント、そして主人公の盟友の刑事を中心とする細やかな人間ドラマとが絡み合い、衝撃的な結末へと突き進んでゆく。SFミステリ好き、そして地底好きの方にお薦め。1月の新刊では、クリスチアナ・ブランドのゴースト・ストーリー『領主館の花嫁たち』も非常に読み応えがあった。

吉野仁

『カンパニー・マン』ロバート・ジャクソン・ベネット/青木千鶴訳

ハヤカワ文庫NV

 アメリカの架空都市、二十世紀初頭という時代設定ながら、大企業で働く組合員の死から始まる物語は、まるで同時代ハメット作品のパラレルワールドという感じ。だが、そこに地底冒険SFファンタジーホラーサスペンスなどあらゆる要素が「これでもか!」とぶちこまれたとんでもない面白さ。そのほかケイト・モートン『秘密』をおくれて読んだが、すっかりやられてしまった。なるほど年間ベスト級の驚き。

酒井貞道

『これ誘拐だよね?』カール・ハイアセン/田村義進訳

文春文庫

 ジュニア・アイドルの替え玉が誘拐される——簡単に言えばそういう話なのだが、その誘拐事件が起きる前から、笑劇がご機嫌にスウィングしている。主人公格と言える、替え玉のアン・デルシアこそ比較的まともな人だが、その他は奇人変人のオンパレード。ドラッグ漬けな上に問題行動ばかりのアイドルが周囲を振り回すのが事件の要因ではあるのだが、振り回された側の反応も一々がとんでもなく(何せ変人揃いですから)、事態は混沌そのもの様相を呈する。これが無類の楽しさを作品に付与しているのである。なお、アイドルのボディーガードに元殺し屋の「あの」ケモが採用され、お馴染み湿原の怪人スキンクが今回は端役にとどまらず完全に主要登場人物の一翼を担うなど、既存のハイアセン・ファンへのサービスもいつも以上に手厚い。スッキリ爽やか(?)な混沌のコメディ、面白いぞ。

杉江松恋

『血の探求』エレン・ウルマン/辻早苗訳

東京創元社

 もちろんハイアセンは大好きなのだけど解説を担当したので自重(おもしろいっす)。となるとこれしかないでしょう。

 全編が盗み聞きという異常な形式で語られていく長篇だ。精神分析医の元に通ってくる患者は、自分が養子であり産みの親の素性が不明であること、どうやら元は旧大陸の生まれで養父母の家とは出自の点で何か問題があるらしいこと、などの理由で悩んでいた。主人公は話を盗み聞きするうちにこの患者の人生にはまってしまい、その生まれの謎を調べるのに手を貸そうと考えるようになっていくのである。異常者! はっきりいってストーカーだよあんた!

 こういう風にフリーキーな雰囲気で始まる(そして主人公はキモい)話なのだが、やがて思わぬ真相が明らかになっていく。背景には大きな歴史上の事件が映し出され、様相が一変してしまうのである。長い小説だが後半は一気読みであった。ミステリー好きだけではなく一般小説のファンにもお薦めしたい逸品。

 その他、1月は『隅の老人【完全版】』もあった。税込み7000円超と定価は高いが、普通の本を4冊読むぐらいの時間は楽しめる。実はコストパフォーマンス抜群なのである。現在早くも品切れ中だが、2月末には増刷される。ぜひご一読を。

 軍事スリラーからコミック・ノヴェルまでバラエティに富んだ1月でした。あなたならどれから読み始めますか? それではまた来月、この欄でお会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧