今回はマイク・ローソンによるポリティカル・サスペンス、〈ジョー・デマルコ・シリーズ〉の一作目、The Inside Ringをご紹介します。

 物語は、休暇でジョージア州を訪れていた米大統領の暗殺未遂事件から始まる。

 暗殺者が銃弾を放つとほぼ同時に、大統領の同行者のひとりがつまずいてぶつかったために、大統領は弾道からはずれる。つづいて飛来した数発の銃弾で、護衛にあたっていたシークレットサービス一名と、大統領の友人一名が死亡するが、大統領は難を逃れる。

 後日、下院議員のジョン・マホーニーのもとでフィクサーとして働くデマルコは、マホーニーの指示で、国土安全保障省長官のアンディ・バンクスのオフィスに赴く。大統領暗殺未遂事件の真相を内密に調べてほしいとのことだった。

 事件後、ハロルド・エドワーズという元陸軍兵が、みずからが犯人だと告白する遺書をのこして自殺していた。また事件に使用された銃は、一カ月まえに陸軍の武器庫から盗まれたものだと判明する。事件の捜査はエドワーズが犯人であるとして進められていたが、バンクスは事件にはシークレットサービスの者が関わっていると考えていた。というのも事件発生の数日まえ、バンクスのところに、「大統領に危険が迫っている。旅行を中止せよ」という警告文が届いていた。しかも使用されていた用箋はシークレットサービスのものだった。バンクスは、大統領の旅行に同行していたシークレットサービスのひとり、ビリー・マティスに疑惑の目を向けていた。事件発生時のビデオを確認したところ、マティスは襲撃される直前にサングラスを落とし、襲撃後は大統領を護るべく誰よりも速く動き出しており、ほかの者とはちがうその動きは事前に何かを知っていたからではないかというのだ。

 バンクスの依頼に応じたデマルコは独自の人脈を使い、調査を開始する。調べが進むうちに、マティスを護衛チームに入れたのはシークレットサービスの責任者であるパトリック・ドネリーだったことがわかる。今回の護衛チームは四名からなり、うち二名は直前に交代したメンバーだったが、そのひとりがまだ若く経験も浅いマティスだった。なぜ彼を重要な任につかせたのか、デマルコには合点がいかなかった。そもそも警告文がなぜドネリーではなく、バンクスのもとに届いたのか。さらにはバンクスによると、警告文の存在を伝えたにもかかわらず、ドネリーがそれを精査した形跡はないとのことだった。デマルコはドネリーが事件に関わっているのではないかと疑念を抱く。

 マティスに尾行をつけて動きを探ったところ、ジョージア州に住む元軍人のデイル・エステップと、同じくジョージア州の元軍人であり元警察官のマクスウェル・テイラーという者たちと連絡をとりあっていることがわかる。エステップはヴェトナム戦争時に狙撃兵として非凡な才を発揮、かたやテイラーは大統領に選挙資金を提供と、両者とも軍や政府とのつながりのある人物だった。デマルコからすれば、マティスの年齢や立場から考えて、彼が事件の首謀者であるとは考えにくかった。なんらかの事情で悪事への加担を余儀なくされ、そこから抜けだせないのではないか、苦肉の策として警告文をバンクスに送ったのではないか。そう考えたデマルコは、マティスの自宅を訪れ、救いの手を差しのべようとする。しかし、マティスはそれを突っぱねる。

 その後、マティスはATMで現金を引き出したところを射殺される。現場にいたデマルコは犯人を撃ち殺すが、相手は幼なじみのジョン・パルメリだった。パルメリはマフィアのボスを父に持ち、彼自身もマフィアの一員であったが、いまは証人保護プログラムを適用されて新たな名前でジョージア州に暮らしていた。デマルコがマティスとマフィアの関係を探るも、マティス殺害がマフィアの指示であるという線は見えず、またマティスの妻によると彼がATMを利用することはなかったとのことだった。おそらくマティスは、エステップにデマルコの訪問を告げたがためにおびき出され、殺害されたのだろうと推測された。

 エステップとテイラーが暮らし、パルメリが身を潜めていたジョージア州に行けばなにかをつかめるのではないか。デマルコは、ドネリー、マティス、エステップ、テイラーたちのつながりを探るべくジョージア州に向かう。

 政界と裏社会、人間の欲望、策略。文字にするといたって平凡。数多の小説の題材になっていますが、それをどう調理するかは著者の腕の見せどころ。本書の著者、マイク・ローソンはつぎつぎと人を繰り出し、謎を深める手法で物語を展開させていきます。読者は交差する何本もの線を頭のなかで引きながら読み進めるわけですが、「そこまで登場人物を増やして線がどこかでぷっつんと切れない?」なんて心配は無用。線がひとりでに伸びていくかのように、物語の世界に引きこまれていきます。

 ストーリー展開もさることながら、各登場人物の描き方も本書の魅力のひとつです。きわだって個性を強調するような描き方はされていませんが、ページを繰るうちに、各人の存在感がじんわりと増してきます。

 まず主人公のデマルコ。彼は弁護士の資格を持っているのですが、亡き父親がマフィアの一員だったがために大手の法律事務所にはいることができず、個人で事務所をかまえ、下院議員マホーニーのフィクサーを務めています。置かれた環境からすると、ひと癖ふた癖あってもおかしくありませんが、斜に構えるところも尖ったところもなく、ごく自然体。状況をすばやく把握し、淡々と仕事をこなします。感情の起伏は見せないものの、ユーモアのセンスをそなえ、随所でくすりと笑わせてくれます。 

 デマルコの協力者として、元国防情報局員のエマという女性が登場します。元スパイですから当然ながら情報通で、人脈も広い。常に的確な情報を集め、適材の人物を送り出します。実にプロフェッショナルでクールな女性ですが、子を持つ母親として人間的な面も見せます。といっても、娘にしつこくつきまとう妻子持ちの男を車のトランクに閉じこめて恫喝したりするので、普通の母親とはちょっと、いやかなりちがうのですけれど。

 また、デマルコのボスであるマホーニーもそうとうなくせ者ですし、悪党のエステップも悪党ならではの存在感を示していますし、途中で登場するマフィアのドン(デマルコが殺害したパルメリの父親)も、さすがドンと思わせる冷静さの持ち主ですし……と書き出すときりがないので、あとは読んでのお楽しみということに。

 著者のローソンはエンジニアとして海軍に所属した経歴を持ち、そのときの経験をもとに〈ジョー・デマルコ・シリーズ〉を書きはじめたとのこと。本書がデビュー作となりますが、このシリーズは現在、八作目 House Odds まで書かれ、九作目の House Reckoning が今夏に出版される予定です。また昨年末にはM・A・ローソン名義で、女性麻薬捜査官を主人公にした Rosarito Beach を上梓しています。こちらもなかなかおもしろい作品で、ローソンの描く女性ってかっこいいなと思っていたところ、氏のサイトによると(http://mikelawsonbooks.com/)、Rosarito Beach は、エマのキャラクターに惹かれたテレビ・プロデューサーからの「女性を主人公にした脚本を」という依頼を受けて書かれたとか。こうした話からも、ローソンの人物造形のうまさがうかがえるのではないでしょうか。

 本書 The Inside Ring は十カ国で出版されているとのこと。多くの国で出されていても日本人の好みにはあわないってことはありますが、わたしは思うんです——〈え、こんな作品が未訳なの!?〉

高橋知子(たかはしともこ)

翻訳者。訳書にマイケル・ディルダ『本から引き出された本』、ウィル・シュワルビ『さよならまでの読書会』など。食事のおともは海外ドラマ。お気に入りは『CSI』と『メンタリスト』。

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