みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。厄介なウイルスのせいで、あちらこちらで殺伐としたムードが漂う日常となっておりますが、みなさまお変わりありませんでしょうか。なんだか「北海道ヤバい感」が日本のみならず海外にまで広がっているようですが、幸い、近隣地域にウイルスが接近したという知らせは今のところ入ってきておりません。どうか、このまま終息を迎えられますように…。


 本日は、そんな厄介なウイルスのパンデミックを思わせる、ちょっと変わったコンセプトのアンソロジーをご紹介します。表紙のデザイン、字体からして趣のあるこちらの作品は、韓国ジャンル小説界を支える5人の作家の短編小説を収録した『ゾンビ説録』。こちらの5作品、元ネタのほとんどが、日本でも(たぶん)有名な朝鮮の古典~近現代文学たち。それぞれの作品がどう生まれ変わったかご紹介しましょう。

 まず冒頭を飾るのは、朝鮮初期の役人であり文人でもあったジョン・チョルが詠んだ詩『関東別曲』(1580)を元ネタとした『関東行』(おそらくゾンビ映画『新感染』の原題『釜山行』にかけている)(作/キム・ソンヒ)。元ネタは赴任先の絶景を詠った「時調」と呼ばれる詩で、国語の教科書でも多く取り上げられています。ゾンビ版『関東行』は話者である高校の先生が授業を行っているという設定。やる気のない学生たちを相手に、オヤジギャグを織り交ぜ、子どもたちを凍りつかせながら授業を進めるという、どこかなじみ深いムードが漂います。
 はじめは『関東別曲』の一般的な解説を並べ立てるだけなのですが、次第に尋常ではない解説が混入し始め、ついには『朝鮮王朝実録』に記されているという不穏な文章まで……。

「飢え死にする民が日に日に増えており、その屍の肉を食う有り様です。城の外に積み上げられたその白骨が、もはや城と同じ高さとなり……」
「屍の肉のみならず、生きた者同士が互いに食らいあっているというのに、人員不足のため取り締まることもできません……」

 実はその昔、すでにゾンビ騒動があったのではないか。というのがこの先生の解釈。このあたりの記述は実際に残されているものですが、この後、物語はフィクション(ゾンビ)の世界へズブズブと足を踏み入れることになります。ジョン・チョルがどのように暮らしていたのか、どのように危機を乗り越えたのか、彼の妻がどれほど勇敢だったのか、ゾンビ撃退に効果のあるモノとは何か。そんなことを説きながら、しとしとと雨の降る午後の授業は進みます。

 次の作品の元ネタは『万福寺樗蒲チョボ記』(1400年代後半、作/金時習)。こちらは元ネタ自体、生きてる男と死んだ女の恋物語、いわゆる冥婚小説と呼ばれているもの。そもそもがホラー。この作品が収録された『金鰲きんごう新話』は韓国伝奇小説の嚆矢とされており、冥婚小説3作品と夢の世界(竜宮城/閻魔大王)を扱った2作品で構成されています。元ネタでは、寺に身を寄せていた天涯孤独の独身男性が仏様との賭け事(樗蒲)に勝ち、美しい娘を妻として授けてもらうことになります。……ここでもう一度お断りしておきますが、コチラの作品、冥婚小説です……。
 さてゾンビ版『万福寺ゾンビ記』(作/チョン・ミョンソプ)のほうはというと、これまたなかなか結婚をせず親の気を揉ませてばかりの青年が仏様と賭け事をするところまでは元ネタに沿っていますが、寺の外がゾンビだらけで、寺に住まわせてもらうにはゾンビと戦ってナンボという過酷な状況。仏様に授けていただいた愛らしい娘は、食事も摂らず、日に日に弱っていくし、なんだか、ニオう…アノ者たちと同じニオイが…。ある日、こっそり寺を抜け出す彼女を尾行した青年は、見たくなかった現実を目にします……が、実は……。山は上から見るのと下から見るのとでは景色が違うもの。生と死は表裏一体、一寸先は闇……と思わされる作品です。

 お次の『離れのお客さんと母さん』(1935、作/チュ・ヨソプ)は韓国語学習者にはなじみのある作品で、話者は母と二人で暮らす6歳の女の子オッキ。ある日、亡き父親の旧友という男性が離れに住み始め、オッキは「父さんになってくれたらいいのに」と純粋な気持ちで願います。ところが、母さんとおじさんの様子がなんだか怪しい…?というのが元ネタ。ゾンビ版『離れのお客さんと母さん、そして死んだ父さん』(作/チョン・ゴヌ)では、お父さんがまだご存命で、ナゾの病でほぼ寝たきりになったお父さんの治療を任されたのが医師である旧友という設定。

 おじさんの鞄には見たこともないようないろいろな薬が入っています。
「この黒い薬はなに?」
「その薬は人を生かしもするし、殺しもするんだ」
(……イミシン……)

 父親はどんどん怒りっぽくなり、どんどん元気がなくなっていき、心配事の尽きないオッキは、これまた心配のタネになりそうな会話を盗み聞きしてしまいます。こちらも母さんとおじさんの様子がなんだか怪しいのですが、アヤシイの質が元ネタとは若干違う予感……。
 もう少しネタバレしてしまうと、元ネタ作品では(たしか)母さんが彼の乗った汽車を遠くから見送るシーンで終わりますが、ゾンビ版では汽車に乗るのはオッキと母さん。でもオッキは目にしてしまいます。汽車に乗り込む数十名の……(ご想像どおりでよろしいかと)。

 さてお次の作品、『運のいい日』(1924、作/ヒョン・ジンゴン)は、元ネタからして全然運のいい物語ではなく、ゾンビ版ももちろん(?)ラッキーな物語ではありません。元ネタ作品は、植民地時代の朝鮮を舞台としており、厳しい時代を必死に生きる下層民の悲哀を描いた作品。「運がいい」のは、車夫で稼いだ金で病床にある妻を養うキム爺さんが、いつになくお客に恵まれた日であることを指しているのですが、ラストシーンに照らし合わせるとこのタイトルは反語以外の何ものでもないのです。ゾンビ版はタイトルも同じく『運のいい日』(作/チョ・ヨンジュ)。時代設定は現代、車夫ではなく、現代版車夫とも言える(元)タクシー運転士が登場しますが、このキム運転士、何を言っても「はい…」しか言わないナゾの老人。
元モデルの美人作家ヘファンからの「お金をもってきて」コールに鼻の下を伸ばしてノコノコ出向いたナムジョンが、彼女が指定したチキン屋へ行ってみると、そこにいるのはガツガツとチキンに食らいつき、グビグビとビールをあおる巨体の女だけ。え? まさかあれが……? でも、なぜ? 草食主義だった彼女が肉食になった経緯が明かされ、彼女の身の上に起こった悲劇に耳を傾けるナムジョン。容姿は変わったけれど、ヘファンであることに変わりはない。下心を押し隠しながらヘファンに寄り添うナムジョンに、彼女と二人きりになるチャンスが訪れます。

 唇が触れるほど近づき、ヘファンがささやく。
「ナムジョンさん、知ってる?あなたって、とってもいい香りがする」
 ついにこの瞬間がきた。ヘファンの唇がナムジョンの耳へ、正確に言うと、耳の下、頚部へ向かい……。
 (ドラキュラ小説ではありません、ゾンビ小説です)

 実際「運のいい」といえることがちょっとあったり、意外なところで元ネタを絡めてきたりとクスリと笑いがこぼれるゾンビものです。

 そしてラストを飾る『ソナギ(夕立、どしゃ降り)』(1952、作/ファン・スンウォン)も韓国語学習者の中では有名な児童小説。もともと悲しいお話ですが、ゾンビ小説に生まれ変わった『血、どしゃ降り』(作/チャ・ムジン)なんて、手に汗握るスリルを味わえるゾンビ小説なのに、しっとり切ないラブストーリー。美しく秀逸なゾンビ小説。ゾンビには違いなく、その描写も決して美しいものではなく、すでに命を落とした少女の姿が痛々しいまでに書き連ねられているのですが。彼女を想う少年の心が美しい。

「これって、なんだかわかる?」
 差し出された少女の手のひらに乗っかった小銭を見て
「六文銭だろ」と危うく口から出そうになったのを飲み込む少年。2週間も前に埋葬したはずなのに。なぜここにいるんだろう?

 大人たちのやり方に抗い、自分の死に気がついていない少女を自分なりの方法でいたわってやりたい、弔ってやりたい、彼女がいるべき場所へ戻してやりたい。少年が見せるそんな男気に泣けます。

 ……とよくもまあ名作たちをがっつりゾンビ風味にしてくださったものだと感心しきり。アンソロジーは、多くの場合、ガッカリな作品が一つは混ざっているものですが(個人的見解です)、こちらのアンソロジーは5人5色な味わいを楽しめる1冊かと思います。機会があればぜひ!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


『ソナギ』収録韓国語学習教材


『サランバン(離れ、客間)ソンニム(客)とお母さん』収録韓国語学習教材
『金鰲新話』収録書籍(オンデマンド)
『萬福寺すごろく記(万福寺チョボ記)』収録韓国語教材
ファン・スンウォン小説













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