今年の夏も暑い。 

 子どものころ、何度も「暑〜い」と言っていると、親に「暑い、暑いと言っても涼しくなりません。よけいに暑い」とよく言われた。まあ、確かにそうだけど。でも、暑い。毎朝目がさめるたびに、「ああ、今日も暑い」と思ってしまう。

 ならば、涼しい気分を味わえそうな本でも読もうかなと手にとったのが、今回ご紹介するサミュエル・W・ゲイリーの Deep Winter(Blue Rider Press、2014)。ストレートに冬。しかも、ディープな冬です。

 舞台はペンシルヴェニア州の小さな町、ワイアールジング。住民のほとんどが、この町で生まれ育ち、成人しても町を離れず地元で仕事に就き、家庭を持つという人生を歩んでいる。

 住民のひとり、中年のダニーは幼少時の事故が原因で知的障害を負い、周囲から「間抜け」といじめられてきたが、木彫りの動物をつくることが趣味の穏やかで心優しい人物だ。両親やおじの亡きあとは、ベネットという年配の夫婦の好意で、彼らの経営するコインランドリーで働き、独り暮らしをしている。ベネット夫妻のほかにもうひとり、ダニーに優しく接していたのが幼なじみのミンディだった。

 ミンディの誕生日、ダニーはプレゼントにと自作の木彫りの鳥を持って、彼女の自宅を訪れた。すると、ノックに応じて戸口に現われたのは、ミンディではなく保安官代理のソコウスキーと、彼の腰巾着のカールだった。彼らもダニーやミンディの幼なじみで、子どものころから横暴な性格のソコウスキーはダニーを常にいじめ、カールもソコウスキーのご機嫌とりのためにダニーにきつくあたっていた。

 ソコウスキーはダニーを見るや、「ミンディが大怪我をしている。保安官を呼んでくるので、彼女のそばについててやってくれ」と言い残し、その場を去った。ダニーはその言葉を素直に信じて家にはいるが、目にしたのは血にまみれたミンディの遺体だった。犯人はソコウスキーである。ミンディはソコウスキーとつきあっていた時期があったが、彼の粗暴さに嫌気がさし、別れを告げていた。しかしソコウスキーは納得しておらず、この日、ミンディをふたたび我がものにしようと、彼女の家を訪れていた。力づくで押し倒そうとするも、ミンディに罵声をあびせられ、彼女を殺してしまう。そこにダニーが現われたのは、ソコウスキーにとってはもっけの幸いだった。

 ソコウスキーは保安官のレスターに連絡をとり、ダニーがミンディを殺害したと報告する。レスターはミンディ宅に駆けつけ、ダニーの身柄を拘束するが、ダニーは見張りの目がない隙に監禁場所から抜けだし、森へ逃げこむ。森で夜を明かしたあと、ベネット夫妻のもとにたどり着き、そこまでに起きたことを、たどたどしいながらも夫妻に訴える。ダニーは人に危害をくわえるような人物ではないと思っていた夫妻は彼の言葉を信じ、レスターに連絡をとろうとするが、連絡がつくまえにソコウスキーとカールが現われ、ダニーを引き渡すよう迫る。しかしミスター・ベネットは、レスターが来るまでは渡さないと主張。押し問答の末、ソコウスキーに射殺される。ソコウスキーはミセス・ベネットも殺害しようとするが、引き金を引こうとしたとき、思わぬ人物からの銃弾を受ける。

 カールだった。気が弱く、冴えたところのないカールはソコウスキーに取り入ることで、仲間はずれにされるのを免れてきた。しかしここにきて、ソコウスキーの傍若無人ぶりに積年の鬱憤が爆発し、彼に銃を向けることになった。カールが放った銃弾は、ソコウスキーの脇腹にあたったものの、命を奪うには至らなかった。引き金をあと一度引けば、ソコウスキーを殺すことはできたが、カールは銃口を自らの顎にあて自殺する。

 一部始終を見ていたダニーは、ソコウスキーが脇腹の痛みで動けずにいるあいだに、ミセス・ベネットを寝室に避難させ、家を出る。どこに向かえばいいかわからないまま森にはいったダニーは、ふと現われた三本脚の牝鹿に導かれるように森の奥へと進み、やがて彼を探していたレスターに出くわす。レスターは最初こそダニーを殺害犯だと考えていたものの、このころには、何かがおかしい、真犯人はソコウスキーではないかと、自分の部下に疑惑の目を向けはじめていた。レスターはダニーに真相を聞こうと静かに話しかけるが、そこにライフルを手にしたソコウスキーが現われ、レスターに銃を向ける。

 とことん腹黒いソコウスキーと、心優しいダニーという対照的なふたりを中心に物語は展開される。ソコウスキーの横暴さは生まれ持ったものなのか、小さなころから同年代の子どもたちを顎で使い、長じては親の縁故で保安官事務所にはいり、横暴さに拍車がかかっている。一方、ダニーは不幸にして知的障害を抱えているが、コインランドリーでの仕事ぶりはまじめで、自分につらくあたる人を恨むことなく、ときには同情を示す人物である。善と悪、善を愛おしむ者、悪の影で自分の身を守る者、どこにでもありそうな人間の構図である。それを住民全員が互いに顔と名前を知っているような狭い地域社会を舞台に描くことで、本作は犯罪小説であると同時に、読者が身近に感じられる人間の物語としても成り立っている。

 各章、特定の人物に焦点をあわせ、ミンディ殺害事件をはじめ、各人が置かれている状況や心情が描かれる。上に名前をあげた人物のほかに、ミンディの両親、ミンディの双子の兄たち、他所出身の州警察官タガートが登場する。これらの人たちを通して物語が語られることで、事件の流れや小さな町の姿が、多面体のパズルを組み立てるかのように浮かびあがる。

 ミンディ殺害事件のなりゆきに注目して読み進めるもよし、事件を軸としながら住民の人となりや人間模様を味わうもよしの一作である。

 本書は著者サミュエル・W・ゲイリーのデビュー作である。彼自身、ペンシルヴェニア州の小さな町で育っており、そのときの経験が本作に活かされているのだろう。現在は都会ロサンジェルスに妻子とともに暮らし、脚本家として活躍中とのこと。今後は作家としてのゲイリーにも期待したい。

高橋知子(たかはしともこ)

翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。一日三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『CSI』と『メンタリスト』。

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