今年8月の上海で中国国内の出版社の多くが出展し国内外から有名作家が招かれる上海ブックフェアが開催され、16日には日本から島田荘司・麻耶雄嵩両先生のサイン会が行われました。サイン会には両先生のサインを求め500人以上が列をなし、会場では一人で本を何冊も持ってきてその全てにサインを貰おうとしたり、先生に渡す手紙をわざわざ日本語で書いてくる中国人読者がいました。特に島田先生は数年前から定期的に中国大陸や台湾に訪れているため中国人にとっては非常に馴染み深い日本人ミステリ作家となっています。今回のサイン会で改めて日本ミステリの中国への浸透具合をうかがい知ることができました。
さて前回は約100年前に中国で活躍した『中国ミステリの父』こと程小青を紹介しましたが、そのほぼ同時期から新中国(現在の中華人民共和国)が成立した1949年ぐらいまでの程小青以外の作家と作品の一部を紹介したいと思います。
『孫了紅』 東方のアルセーヌ・ルパン——侠盗魯平シリーズ
程小青がシャーロック・ホームズをモチーフにした『霍桑探案』シリーズを作ったように、孫了紅はモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズをモデルにした侠盗(義賊)が『魯平探案』シリーズを作りました。
その中でも代表作といえるものは後期の『藍色響尾蛇』(1948年)でしょう。
魯平は大富豪の屋敷に仕事に訪れますが肝心の金庫は既に荒らされており、しかも屋敷の主人は射殺されていた。主人が中日戦争時に日本軍の味方だった過去と現場に残された紙幣の謎から魯平はこれが単なる殺人事件ではないと見抜き、警察よりも先に事件を解決しようとします。日本軍の隠し財産や女スパイなどが登場するなどエンターテイメント性に富んだ作品です。
本家に劣らない変装術を持つ魯平は作品で度々とんでもない人物に変装します。『雀語』(1928年)や『鬼手』(1941年)などではなんと探偵・霍桑に変装しターゲットの信頼を得て盗みを働く。そして『木偶的戯劇』(1943年)ではとうとう『ルパンVSホームズ』ならぬ『魯平VS霍桑』が展開します。
『張碧梧』 宋悟奇家庭探案シリーズ
私立探偵宋悟奇が民間から依頼された事件を淡々とこなすシリーズですが『箱中女尸』(1922年)や『失宝記』(1927年)を読むと事件自体は大変残酷であり、『家庭探案』だから日常ミステリのように死人が出ないというわけでは決してありません。前者では人違いで女性が殺され、後者は何の罪もない子供が遺産目的で誘拐されて殺されるという醜い事件で、程小青や孫了紅の作品に登場する犯人とは違って思想的な動機はなく、極めて一般的な殺人事件が描かれています。また、この2作とも意図せず死体を運んでしまった人力車の車夫から事情を聞いているのが特徴的です。
その他、探偵小説のパロディ
この時代の中国ミステリ作家は欧米ミステリの影響を色濃く受けており、欧米ミステリに憧れるあまりその真似をし、そのレベルに達したいと願い、一読者から作家に転身するということは多かったです。例えば程小青も孫了紅も張碧梧も翻訳家でありシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンなどを翻訳したことがあるという事実からも、彼らの傾倒ぶりがわかるでしょう。
そのため当時の中国ミステリで『中国のホームズ』や『東方のアルセーヌ・ルパン』を名乗る登場人物は霍桑や魯平だけではありませんでした。この時代は各作家が中国ミステリのあり方を模索し、他作品を参考にしながら自分なりの名探偵や怪盗を生み出していました。
朱翼(翼の正式な漢字は『羽偏に戈』)の『真凶』(1925年)では『中国のホームズ』と称せられる楊芷芳がなんと程小青の作品に登場した怪盗・江南燕と対峙するという内容で、そのストーリーも殺された慈善家には実は裏の顔があり……という程小青の作品と同じく社会問題を描いております。
また、呉克洲の『卍形碧玉』(1925年)には霍桑がやっと捕まえたという設定の『東方のアルセーヌ・ルパン』こと羅平が登場します。この作品では羅平が探偵・甄範同を散々翻弄して逃げ果せるという怪盗の勝利で終わっております。
上記2作は程小青リスペクトと言えなくもありません。それらに比べると柳村任の『南方雁』(1932年)はオリジナリティがまだ強いでしょう。この作品では中国のルパンと中国のホームズというアダ名を持つ南方雁と梁培雲が対峙します。
この時代のちょっと毛色の違う作品と言えば趙苕狂の『少女的悪魔』(1948年版の『魯平的勝利』に収録)でしょう。10件中9件は失敗するという『失敗の探偵』の異名を持つ胡閑が連続殺人事件の真相を暴きますが、この胡閑の存在自体がまるで『探偵』のパロディです。
ストーリーと構成から欧米ミステリの影響が垣間見られる作品があります。黄翠凝の『猴刺客』(1908年)はタイトルからもわかるように猿が殺人を犯します。現場から二歳児ぐらいの人影が立ち去るのが目撃され、更に人のものではない毛が発見され、作中で正体不明の存在が言及される展開に某超有名古典ミステリの影響を感じさせずにはいられません。
1900年代前半の中国ミステリは欧米ミステリを知る作家たちによって作品の翻訳から模倣、そしてオリジナルミステリの創作へと移り変わり、中国でもミステリ小説が成立することを証明しました。
ちなみにこの時代のミステリは上海が舞台になっていることが多いです。中国ミステリ発祥の地は上海と言えるかもしれません。
阿井 幸作(あい こうさく) |
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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。 ・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/ ・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25 ・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737 |