書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 いよいよ年間ベストテン選びのお祭の時期になってきました。例年にも増して頭が痛くなる豊作ぶりの2014年なのです。こうなると寸暇を惜しんで読むしかない。今月の七福神たちは何を選んだのか。さあ、お立会い。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

霜月蒼

『ピルグリム』テリー・ヘイズ/山中朝晶訳

ハヤカワ文庫NV

 巴里から来たイヤミス爆弾『その女アレックス』を推すひとが多そうなので、違うタイプの傑作を。あらすじを紹介しても意味のない作品である。なぜなら「バイオテロを企むアラブ系テロリストを、孤高の情報部員が世界をまたにかけて追う」——と要約しても、そんなもん死ぬほど読んだわハゲ!と思われるだけだろうからだ。だがちょっと読めば判るように、これはプロットよりも語り口に妙味のある小説なのである。7月の『秘密資産』、8月の『ゴーストマン』と同じと言っていい。そして、この2作がそうだったように、語りに身体を浸すだけで痺れるのである。

 クール&ドライな大人の一人称語りで読ませる傑作が立て続けに出たのは本当に喜ばしい。派手な事件やトリッキーな仕掛けだけが「読み手への報酬」なのではない。「文体/voice」だって大いなる読書の快楽の源泉なのだという当たり前のことを、改めて教えてもらったような気がする。

川出正樹

『その女アレックス』ピエール・ルメートル/橘明美訳

文春文庫

 帯のキャッチコピーに「あなたの予想はすべて裏切られる!」とあるように、次々と様相を変えていく様が素晴らしく面白い。センセーショナルな展開がブースターとなってハイ・スピードで読み進めていくと、章の変わり目でガチャン音がしそうなくらい大仕掛けな転調が待ち受けていて唖然呆然。しっかりと安全バーを握りしめ、足を踏ん張っていないと振り落とされそうなくらいの衝撃が待ってます。

 サスペンスとして特級品な上に、入念にばらまかれた布石が利いてくる終盤の展開が、ぞくぞくするほど面白い。誘拐・監禁という幕開きから、この終幕を予想できる読者はいないでしょう。『その女アレックス』は、間違いなく今年度のベストテンに食い込んでくる。いや、もう、本当に堪能しました。

千街晶之

『その女アレックス』ピエール・ルメートル/橘明美訳

文春文庫

 北欧やドイツ語圏ミステリの勢いに押され、ここ数年は(古典を別にすれば)フレッド・ヴァルガスとフランク・ティリエくらいしか紹介されなかったフランス・ミステリ界が、久しぶりに必殺の刺客を日本に送り込んできた。有名なあの作品のパターンか、それとも……と読者を惑わせながら意外な方向に疾走する物語もさることながら、読み進めるうちに印象が変わってゆくヒロイン、アレックスの存在感が尋常ではない。そしてラストについてはこれでいいのか、既読の方と語り合いたい。

北上次郎

『ピルグリム』テリー・ヘイズ/山中朝晶訳

ハヤカワ文庫NV

 全3巻で、しかも帯コピーがなんだっけ、「テロ計画を阻止せよ」とかなんとか、いかにもつまらなそうなので、まったく食指が動かない本だが、本は外側からではわからない。

 読むと驚く。テロリストもそれを追いかける諜報員もそして重要な脇役の刑事も、出てきたらどんどんその人生が掘り下げられていく。その「遠回り」は構成的には破綻していると言っても過言ではないが、だからこそたっぷりと読ませる。無味乾燥な国際謀略小説と本書をわける1本の線が、その「遠回り」なのだ。

 重厚さとは縁遠く、やや軽いが、それも現代的か。

吉野仁

『その女アレックス』ピエール・ルメートル/橘明美訳

文春文庫

 本作に関して、「できれば事前に余計な情報を入れずに読むといい」という複数の意見がtwitter にあり、そのとおりにして読んだ。あ、でも、「アレックスが監禁される場面からはじまる」という冒頭あらすじはなんとなく頭に入ってたかな。ともあれ、ある場面からは驚きと興奮のまま一気読み。できれば、その「余計な情報を入れずに読め」ということすら目にせず手に取りたかった、と読後に思う私なので、これでもちょっと語りすぎか。

酒井貞道

『沈黙の果て(上・下)』シャルロッテ・リンク/浅井晶子訳

創元推理文庫

 イギリスにある別荘で休暇を過ごすため、ドイツからやって来た、中年夫妻3組+その子たち3名からなるグループ。物語中盤では、このうち実に5人が惨殺される事件が発生し、ミステリ的にはこれが焦点となる。しかし本書でよりクローズアップされ、読者の印象にも強く残るのは、事件そのものではなく、このグループの歪んだ人間関係である。彼らの家庭はそれぞれに大きな問題を抱えている——再婚相手と子の関係が最悪だとか、経済的にやばくなって来たとか、流産のショックからまだ立ち直れていないとか——のだが、それ以前に、明らかに様子がおかしいのである。家族よりもこのグループを優先する奴もいれば、皮肉な目で人間関係を観察している者もおり、手前勝手な理屈でこのグループを事実上リードする女性もいる。最初から雰囲気はギスギスしていて、とても楽しく休暇を過ごせているようには見えない。共依存としら思える彼らの描写は、恐ろしいことに極めて克明かつリアルだ。「さっさと友人やめたらいいじゃん」というツッコミを許さないほど、この人間関係には説得力がある。それが本書最大の魅力だ。

杉江松恋

『両シチリア連隊』アレクサンダー・レルネット=ホレーニア/垂野創一郎訳

東京創元社

 第一次世界大戦の終結を最後に解散した連隊に属していた者たちが次々に奇妙な形で消えていく。ある者は首を180°捩られて死に、ある者は不意に失踪し、という連続する変事の影に二人の兵士の入れ替わり物語が絡む、という内容である。帯に「反ミステリ」とあるのは決して無責任な煽りではなく、ミステリーとしての結構を満たしながら(奇妙なトリックが用いられる)、解かれきれない謎が残存し続けるという趣向で、読んでいる間はずっとわくわくしっぱなしであった。もちろん『その女アレックス』はおもしろいのだが、こういう、一度読むとその記憶が頭から消えなくなるような小説もぜひ手に取ってもらいたい。あと、短篇集ではB・J・ホラーズ編『モンスターズ』(白水社)がかなりお薦めだ。モンスターが顔を出す作品ばかりを選りすぐった楽しい短篇集で、半分くらいは青春小説の成長の痛みがモンスターと絡める形で語られるのである。レベッカの「テンション・リヴィング・ウィズ・マッスル」という曲を思い出させる「ゴリラ・ガール」とかね。モンスター・ホラー好きは必読だ。

『その女アレックス』でフランス・ミステリー復活なるか。新旧勢力が拮抗し、ますます勢いを増した感がありますね。さあ、この調子でどんどん行きますよ。来月のこの欄も、ぜひお愉しみに!(杉)

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