書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 だいぶ寒くなってきました。もうそろそろ冬ですね。一年を振り返って来し方に思いを馳せる前に、とりあえず一ヶ月分の総括です。先月はいったいどういうミステリーが刊行されていたのか。七福神たちの評価をお読みください。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『死んだ人形たちの季節』トニ・ヒル/宮崎真紀訳

集英社文庫

 暴力沙汰を起こしたため謹慎中の警部が命じられたのは、公式には捜査が終了している転落死事件の再調査。関係者に聞き込みを行う警部の前に、さまざまな「悪」が絡み合ったおぞましい人間模様が浮上する……。スペイン・ミステリ界に新たに登場した実力派作家のデビュー作。あらゆる登場人物を順繰りに「こいつが犯人か」と思わせておいて、それでもなおかつ読者の意表を衝く真犯人を手品のように鮮やかに取り出してみせる手さばきは新人離れしている。「バルセロナ警察三部作」の第一作にあたるらしいので、続篇も楽しみで仕方がない。

川出正樹

『探偵ブロディの事件ファイル』ケイト・アトキンソン/青木純子訳

東京創元社

 自由奔放に紡ぎ出された緩やかに連関する十二の物語が、切なさと暖かさを胸に残して幕を閉じる魔術的な魅力に満ちた短篇集『世界が終わるわけではなく』の作者が書いたミステリが、一筋縄でいくわけがありません。

 ケンブリッジで私立探偵業を営む元警察官ブロディのもとに、立て続けに舞い込んだ三件の人捜しの依頼。いずれも重く深刻な背景と辛い真相を予感させ、物語はシリアスに展開していくのかと思うと、突如斜め上からひねりの利いたユーモアが降臨してきて思わず噴き出してしまいます。「起こり得る最悪の事態がすでに起こってしまったとき、人はどうするのか——その後の人生をどんなふうに送るのか?」と独白したかと思えば、「修道女たちは決して走らないのに、まるで足に車輪でもついているかのようにやたらと素早く動き回る」なんて、くだらなくも思わず肯いてしまうような疑問を思い浮かべるのだからたまりません。

 並行する事件のあっちとこっちが邂逅し、思わぬところで繋がる諧謔と哀感が折り込まれたタペストリは、まさに作者の本領発揮。力点の置き方のズレが何とも愉しい何とも独創的なミステリです。 Must Read!

吉野仁

『探偵ブロディの事件ファイル』ケイト・アトキンソン/青木純子訳

東京創元社

 家族の夏の様子が細やかに描かれているかと思えば、一転して事件が起こる冒頭部にまず引きこまれてしまった。過去の三つの事件をめぐり、探偵ブロディが活躍する話……には違いないのだが、何人もの登場人物の視点で描かれ、しかも事件とは関係がないと思われるエピソードが続く、奇妙な展開。それでも最後にピタリと全部のパズルがはまる。女たちのあけすけな会話など、米国の男性作家が描く探偵ものとはまったく異なる作風だが、大いに楽しみ、驚かされた。

霜月蒼

『ノワール』ロバート・クーヴァー/上岡伸雄訳

作品社

 ポストモダン文学の旗手が“ノワール映画&ハードボイルド小説”を俎上に——ということなのだが、構えて読む必要はありません。「私/俺」の一人称で語られるのが通例のハードボイルド文体の人称を、二人称「君」に置き換えることで、クーヴァーは読者たる私たちにソフト帽とコートをかぶせて、暗い街路に放り込む。そこはマーク・ショアの『俺はレッド・ダイアモンド』と、ポール・オースター『幽霊たち』(刑事の名前は「ブルー」なのだ!)と、映画版『マルタの鷹』をつきまぜたような世界であり、そこを「君=私たち」は戸惑いながら歩くのだ。意地悪な含み笑いや、叙述の横滑りをあちこちに仕掛けつつも、「ノワール」の本質たる暗くうっそりした実存的不安も一貫した逸品なのです。

北上次郎

『判決破棄』マイクル・コナリー/古沢嘉通訳

講談社文庫

「リンカーン弁護士」のミッキー・ハラーと、ハリー・ボッシュが共演する長編だが、どちらのシリーズの1編でもあるという構成がミソ。つまり法廷内ではハラーが主役になり、外の調査はボッシュが担当するという具合だ。細かなところに言いたいことがないではないが、これだけ読ませてくれれば十分。ボッシュの第1作『ナイトホークス』が1992年。20年以上たっているのにまだ読ませるのは驚異だ。

酒井貞道

『殺し屋ケラーの帰郷』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

二見文庫

 刊行予定表に本書の題名を見た時はのけぞった。ええええ、続けるんですがこのシリーズ、と。明らかに前作で一旦終わったような書き方だったじゃん! しかしそこはさすがローレンス、極めてあっさりしてはいるが、強い説得力を持って、ケラーを殺し稼業に復活させた。飄々として良識ある物腰はそのままに、ケラーは今日も冷酷な仕事を請けるのである。各篇いずれも「殺し屋自身の日常を描く小説」になっていて、読み応えあり。ケラーの切手蒐集家としての側面がこれまで以上に強く打ち出されているのは興味深かった。

杉江松恋

『殺し屋ケラーの帰郷』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

二見文庫

 このシリーズの第1作である『殺し屋』を読んだときには、「あ、これはハメットの非情文体の究極系だ」と思ったものである。感情を削ぎ落とした死の描き方が、あまりにかっこいいから痺れたのだ。それから時が過ぎ、ケラーもずいぶん感傷的なおじさんになったものだ。それはブロックの他の主人公、マット・スカダーやバーニー・ローデンバーがたどった道筋と同じだった。感傷的な殺し屋話というのも変な言い方だが、そのとおりなのだから仕方ない。そして、感傷的ではないと描けない非情という逆説的な仕掛けがこの本には存在するのである。なんというか、ずいぶん遠くまで来たものだ。そしてたどり着いた場所は、とても心地よいところだった。犯罪小説ファンにも、そうではない方にも自信をもってお薦めします。

 おおいに票が割れた一月になりました。ケイト・アトキンソンは昨年の「闘うベストテン 出張版」の海外篇覇者でもありますね。さて、次はどのような作品が挙がってきますことか。どうぞお楽しみに。(杉)

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