大学で教鞭をとるインテリの夫ニックと、みんなが知っている絵本『アメイジング・エイミー』のモデルでもある美しい妻エイミー。誰もが羨むカップルは、結婚5周年を迎えた朝に妻がいなくなった。みずから失踪したのか? それとも誘拐なのか? 事件の真相に近づくにつれ、じわじわと染み出してくる悪意。そして物語は予想もできない方向に!

 全国の腐女子でない皆様と該当する皆様、こんにちは! というわけで今回は腐レビューを一回お休みし、年末特別番外編として、映画『ゴーン・ガール』公開直前レビューを、熱海合同合宿の読書会レポートも交えてお届けいたします。

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© 2014 Twentieth Century Fox

 監督は『ドラゴン・タトゥーの女』(2011/米)のデヴィッド・フィンチャー。ニック役は、チャック・ホーガン『強盗こそ、われらが宿命』(ヴィレッジブックス)を下敷きにした映画『ザ・タウン』(2010/米)で監督・主演を務めたベン・アフレック。エイミー役はリー・チャイルド『アウトロー』(講談社文庫)が原作の同タイトル映画(2012/米)でトム・クルーズの相手役を演じた、英国人のロザムンド・パイク。ジョー・ライト監督版『プライドと偏見』での長女ジェーンのイメージが強い方もいるのでは。そして嬉しいことに、原作者ギリアン・フリンみずからが脚本を担当しています。

 フリンは、自傷癖のある新聞記者を主人公にした処女作『KIZU—傷——』(ハヤカワ・ミステリ文庫。キング絶賛帯つき)で英国推理作家協会の最優秀新人賞とスリラー賞をダブル受賞。続く『冥闇』(小学館文庫)は一家惨殺事件の生き残り少女が過去の悲劇を見世物とし、なりゆきにまかせた生活を送っているという特異な設定が面白く、そのひねくれた感じがクセになった方も多いのでは。

 過去2作品とも、主人公はいわゆる前向きなタイプではなく、暗い影を背負った女性。では『ゴーン・ガール』の主人公エイミーはどんなタイプか? いや主人公はエイミーじゃなくて夫のニックでしょ? いやいやここはいっそのこと、ニックの双子の妹マーゴに花を持たせてやって! ……と、熱海読書会では白熱した意見が飛び交いました。

 皆様のコメント、ネタばらしにならない程度に例を挙げますと——

 ・男も女もひどく描かれてるからフェアだよね。

 ・テレビ番組の〈世界仰天ニュース〉みたいな感じ?

 ・いい人がひとりもいなくてイヤ

 ・アメリカ人ってよくキャンドル持って集うけど、ヒマなの?

 ・ソープオペラの薄っぺらい人物がサスペンスを演じているおかしさが好ましい。

 ——などなど。

 エイミー派、ニック派に分かれると同時に、「まあ、あそこまでじゃなくても割とあることだし」という既婚者の余裕の発言に対し、「マジ怖いんですけど!(泣)」と未知なる恐怖にビビりまくる未婚者の姿が印象的でしたが、多くの方に共通だったのが——

・はっきりしないまま読み進んだが、下巻に移ったとたんに視界がひらける爽快感があった。

 そうなんですよ! まさにそれこそが本ならではの快感!!! 筆者も真相がわかった途端、本を置いてしばし呆然としました。そこでいったん心を落ち着けてからページをめくり、新たな展開に身をゆだねるあのワクワク感!

 既読の方はご存知のとおり、本書はエイミーの手記と、失踪した妻を捜そうとするニックの行動のパートがかわりばんこに提示されます。ニックのパートは時間設定がはっきり書かれているものの、手記の方はいつ書かれたかが曖昧な記述になっているのです。このサイトを愛読されている方ならば、「この時系列は怪しいので叙述トリックでは?」とか「もしかして妻のエイミーじゃなくて別のエイミーってこともある?」などと深読みもできるというこの楽しさ! 映像じゃそういうわけには行きません。

 じゃあ原作だけ読んで映画観なくてもいいかな……などと思ってらっしゃるそこのあなた! いえいえ、映画もものすごく良く出来てるんですよ!

◆映画「ゴーン・ガール」予告編◆


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 まず冒頭のシーンで淡々と映される、夫婦が越してきたミズーリ州の町並み。日頃翻訳小説を読んでいても、NYやLA、ワシントンDCならまだしも、すぐに風景を思い浮かべるメジャーな場所ではないだけに、過疎化が進んで閑散としている情景のインパクトは大きく、それだけで都会育ちな嫁の落胆が目に見えるようです。

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 同じくのっけから楽しめるのが、凝り性のデヴィッド・フィンチャーならではのこだわりの小道具。日記をしたためるエイミーの手にある筆記具(見てのお楽しみ)が、彼女の性格や感情も反映しているかのごとく、毎回違うものが使われています。また、都会にいた頃と、ミズーリ州に越してきた後の2人の衣装(特に靴)の変化にもご注目。他にも、捜索中のニックのシャツの腋汗ジミとか無精ひげや二日酔い顔のリアルさ、そして問題のオットマン! ああこれなら確かに○○だよなあ、と大いに納得してしまいました。

 さらにフィンチャー作品最大の見所ともいうべき、撮影の妙。『ゾディアック』で見せた白昼の恐怖、『ソーシャル・ネットワーク』で主人公の心情を表すかのような薄暗がりの不穏さ。そこに天才トレント・レズナーとアティカス・ロスによる、この上なく感じ悪い音楽(注:超褒めてます!)が爆音で加わり、不気味な場面と渾然一体になった時、椅子から立ち上がれないほどの衝撃が! とにかく大きいスクリーンで体験していただきたいです。

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 そ・し・て、何よりも忘れちゃならないのが、ニックのキメ顔!!! そうです! あの、笑っちゃいけない時につい口の端が上がってしまったバツの悪い顔を、ベン・アフレックがどう演じているか!! これはもう、劇場でぜひお確かめ下さい! きっとご満足いただけること間違いなしですよ!(笑)

 ご紹介したのはほんの一部分ですが、原作を読んだ後の映画鑑賞がここまで楽しめる作品はめったにないのではないでしょうか。原作の魅力も壊さず、さらに思う存分想像を膨らませたとびきりの映像表現を堪能できるという、まさに原作映画のお手本とも言える傑作だと思いました。

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 最後に、映画鑑賞もオススメする理由がもうひとつ。ほんのちょっとだけラストが変えられています。果たしてこれは作者の意図なのか、それとも監督の意図なのか。変えた意味はどこにあるのか。などなど、考えれば考えるほどより楽しめますので、観た方と話し合っていただきたいです。

 以上、いろいろと書いてまいりましたが、私が映画を観終わってまず最初に思ったのは、「すっごく面白かった!!! でもニックのカス野郎っぷりを存分に楽しむには、やっぱり原作だな!」だったことを書いておきます(笑)。

 既読の方もこれから読む方も、ぜひお近くの劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。

〈追記〉

 読書会ではニックが気の毒という意見もたくさん出たのですが、「(そんなのより)もっと身につまされるのは出版界の話。『アメイジング・エイミー』のシリーズも、巻を追うごとに部数減ったりとか……」という翻訳者のS石さんとT山さんの言葉で、場内水を打ったように静かになったことを記録しておきます。

(映画スチール提供:20世紀フォックス映画 ©2014 Twentieth Century Fox )

■公開情報■

タイトル:『ゴーン・ガール』

公開表記:12月12日(金)全国ロードショー

配給表記:20世紀フォックス映画 配給

著作表記: © 2014 Twentieth Century Fox

公式サイトhttp://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/

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♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

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