書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 今年も残すところあと一ヶ月となりました。年末恒例のランキングも出揃い、読むものが増えて仕方がない、とみなさん嬉しい悲鳴を上げておられると思います。そこに駄目押し、七福神ですよ!

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集』ダフネ・デュ・モーリア/務台夏子訳

創元推理文庫

 ヴェネチア、クレタ島、アイルランド、エルサレム、東海岸の研究所といった異郷を訪れた人々が、幻想や妄想に囚われ、自分の足元が崩壊するような穏やかならざる体験と直面させられる短篇集(表題作はニコラス・ローグ監督の映画『赤い影』の原作として有名)。どの作品も着地点の予想が全くつかない展開がサスペンスを煽り、的確にして巧妙な語りの魔術が登場人物の不安に読者をシンクロさせる。デュ・モーリアの短篇に外れなし。しかし、『真夜中すぎでなく』(三笠書房)という旧訳が存在することがこの本のどこにも書いていないのは何故だろう。

川出正樹

『今日から地球人』マット・ヘイグ/鈴木恵訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 遙か彼方の宇宙から密命を帯びて地球に送り込まれた異星人の刺客は、深夜の高速道路に現れた直後、車にはねられ宙を飛んだ。全裸で。そして、そのまま何事もなかったかのようにガソリンスタンドに行き、《コスモポリタン》を立ち読みする。現地語学習に余念なし。

 えっ、これ何なの、ミステリなの、という疑問の声が聞こえてくるけれど、まぁここは細かいことは措いときましょう。MWA賞最優秀長篇賞の候補作だし、潜入・捜査ものですから。同時に成長小説でもあります。“暴力的”で“強欲”な地球人が数学上の難問リーマン予想を証明してしまったために、宇宙の安寧が脅かされる可能性ありと考えた星主により問題解決のために送り込まれた刺客。素数の97と同じくらい強く孤高でありつづけいと思う彼が、いかにしてドビュッシーの『月の光』と、エミリー・ディキンスンの詩と、ピーナッツバター・サンドと犬と二人の人間を愛するようになりしかを綴った、「人間になる方法についての書」を、ぜひ愉しんでみて下さい。

酒井貞道

『今日から地球人』マット・ヘイグ/鈴木恵訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

『繊細な真実』に見るル・カレの静かな怒りには感銘を受けた。来年の年度ベスト数作を選ぶなら、私は『繊細な真実』をとる。また、エレナ—・アップデール『最後の1分』における究極の群像劇と考え抜かれた展開にも感嘆した。しかし今月は敢えて『今日から地球人』が顕す人間賛歌を推しておきたい。人間を殺すため地球人に化体した、全く異質な異星人が、人間の素晴らしさに触れて考えを改める——見飽きている上に人間に対して楽天的過ぎる展開は、異星人主人公の、異質過ぎて一週回ってしまい、とぼけているようにしか見えなくなった語り口に乗せられることにより、とても魅力的な物語に化けおおせた。SFとしてはツッコミどころ満載で、ミステリ要素は申し訳程度にしかなく、終盤もそれでいいのかとすら思う。だが、『ピルグリム』や『ゴーストマン』同様、材料は凡庸であっても語り口によって小説はいくらでも輝くことができる。『今日から地球人』は、その最高のサンプルの一つだと思う。

北上次郎

『デビルズ・ピーク』デオン・マイヤー/大久保寛訳

集英社文庫

 南アフリカを舞台にしたミステリーだが、なかなか読ませる。三部作の第一部ということだが、こういうのはまとめて読むのが大変だから今のうちから読んでおきたい。それだけの価値はある。

吉野仁

『堕天使のコード』アンドリュー・パイパー/松本剛史訳

新潮文庫

 ミルトン『失楽園』の研究者である教授が、ある女性の依頼で、娘を連れてヴェネチアへ向かった。そこで奇妙な体験をしたのち、娘が姿を消してしまう。主人公は必死で娘を捜し、各地へ赴く、というストーリー。一種のホラー・ファンタジーなのだが、主人公が備える独特の孤独感や憂鬱感とそれを示す表現やエピソードに魅力がある。加えて、失踪した娘は父によく似た気質で「頭がよくて本好きで、“暗め”のタイプの仲間たちの擁護者」という女の子。こうした細部の良さゆえに国際スリラー作家協会最優秀長編賞を受賞したのだろう。ただ、この邦題には大いに首を傾げた。安手の陳腐なスリラーみたい。原題はThe Demonologist 悪魔学者。世界のいたるところ、そして心の奥に棲む悪魔との戦いが象徴的に描かれた長編なのだ。

霜月蒼

『邪悪な少女たち』アレックス・マーウッド/長島水際訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 優れたイヤミスは鏡である。それは私やあなたや世界の忌むべき半面を映し出す。25年前に小さな子を殺し、「邪悪な少女たち」と呼ばれた二人の女に降りかかる事件を描いた本書もそのひとつだ。訳者あとがきによれば「誰にも共感できない」という評があったというが、そう感じたひとに私は問いたい——あなたは恵まれた友人をねたんだことはないか? 貧しい友人を無自覚に蔑んだことはないか? 世の中は不公平だと思ったことはないか? 幼い頃は親しかったのに生活に格差が生じたせいで失ってしまった友人はいないか? ひとつでも思い当たるなら、あなたは本書のなかに自分を見つけるだろう。失った友人を、あなた自身の悲しみを見つけるだろう。本書はあなたにとって鏡となるのだ。

 悲劇へと突き進むプロット自体は先の読めるものだが、ここには世界の理不尽さと大いなる喪失の悲しみが見事に描かれている。まったく共感できなかったとすれば、あなたは自身の幸福に感謝するか——自分が多くのものを忘れてしまっていることを悲しむべきだろう。痛ましく悲しいシスターフッドの物語。これは拾い物である。

杉江松恋

『カウトダウン・シティ』ベン・H・ウィンタース/上野元美訳

ハヤカワ・ミステリ

『地上最後の刑事』を読んだときは、三部作の最初ということもあり「うう、これだけが傑作であとは尻つぼみというパターンだったらどうしよう」と思ったものだが(ちなみに私の2014年度海外本格ベストです)、第二作を読んで杞憂とわかり安堵した。今回は地球滅亡まで八十日を切った状況で、失踪した夫捜しに主人公が挑む。私立探偵小説の王道パターンを使いながら、それに淫しない作者の姿勢がよく、まったく新しい小説を読んだ、という感慨が残る。崩壊する世界の状況が現在進行形で書かれているのを読むという体験もあまりなく、なんだか得した気分なのである。これは第三作にも期待ができそう。次は世界滅亡まで一週間、という設定らしいですぞ。ドースルドースル!

 SF的設定の作品が二つ入りました。サーガの一角をなす作品も二つですね。これから年末に向けて、どんな作品が出てくるのかおおいに気になります。どうぞ来年も書評七福神をよろしくお願い申し上げます。(杉)

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