第一幕
11月終盤,仙台の泉ヶ岳に初冠雪を迎え,日に日に肌寒さが身に染みる様相を呈してきた読書会当日。穏やかな天候に恵まれた中,せんだい探偵小説お茶会の面々は読書会の前に,昼食会で翻訳者の越前敏弥先生を,仙台の牛タン有名店にお迎しました。
翻訳界のベェネティクト・カンバーバッチと称される越前先生が,予定の時間に颯爽と登場されると,席に着こうとしていた参加者達は息をのんでその場に立ち止まり,越前先生を凝視するだけでありました。越前先生にお薦めの定食を伝え,各々が注文をしたあとは,越前先生が他県の読書会で印象的だった食事の味や見た目,盛のインパクトについてお話しされました。場も和んできた頃,食事が揃い,参加者の一人が注文した「牛タンづくし定食」を目にした越前先生は,ボーリュームに驚嘆してスマートフォンで撮影。ブログに載せると仰っていました(編集部注1:これです)。牛タンの味を堪能した後,越前先生は行きたいラーメン屋があり,読書会と同じようにライフワークとして全県のラーメン屋も回っていて,今日も行きたいとお話しされたので,読書会後のスケジュールについて参加者達は頭を巡らせていました。
今回の読書会では,越前先生の他14人が仙台,山形,福島,横浜から参加しました。なんと,せんだい探偵小説お茶会始まって以来の大人数となりました(編集部注2:開始前の様子はこれです)。
最初に,越前先生の翻訳ミステリシンジケート全国大会についての報告とエラリー・クイーン翻訳秘話という豪華すぎる講演会が行われました。今後,他の講演会でもお話しされる内容とのことでしたので,詳しくお知らせすることはできません。少し触れるとすれば,翻訳によって,これまでのレーン四部作に登場する名探偵,ドルリー・レーンの様相が一変したこと。そして,エラリー・クイーンの某作品では真相の解釈が……等々でした。来年には講演会で各地を回られる予定です。詳細を知りたい方や興味のある方は是非,越前先生の講演会へ足を運んでみては如何でしょうか。
第二幕
読書会,開会前には参加者たちが持ち寄った菓子が出され,その中にはレーン四部作に関係のある「リコリス」菓子が登場(編集部注3:これです)。お茶会まとめ役のM氏が作成したレジメには,これまでに出版されたレーン四部作の表紙で悲劇の文字が作られていて,レジメをめくった参加者をニヤリとさせていました。また,BIGボーナスとして,以下のような著名人によるアンケート回答の結果も載せられていました。
有栖川有栖氏の,一番好きなレーン4部作
以前は「Yの悲劇」でしたが,今では「Xの悲劇」。
有栖川有栖氏夫人の,一番好きなレーン4部作
「レーン最後の事件」
戸川安宣氏の,一番好きなレーン4部作
「Xの悲劇」
飯城勇三氏の,一番好きなレーン4部作
「Xの悲劇」本格ミステリとして,かなり高度なことを,誰にでも解るようにやっているから。
飯城勇三氏の,4部作を読んだ感想
「すごい!」の一言。各作品を単独で読んでもすごいが,通して読むと名探偵の誕生から終焉まで描いていることがわかるのもすごい。
飯城勇三氏の,シリーズを通して,好きなキャラクターと場面
レーン:「Xの悲劇」で変装するシーン。
飯城勇三氏の,4部作を通して好きな台詞
「Xの悲劇」の初登場時の「操る側になってみたい」(P24.13〜15)
飯城勇三氏が考える,なぜ4部作なのか?
以前,「本当は3部作だったのを,出版社の要請を受け,エラリーものからプロットを転用して<Zの悲劇>を追加したという説を書いたことがあります。以前,麻耶雄高さんにも,この説に賛同してもらったことがあります。
飯城勇三氏の,作品についての疑問点,知りたい点
自分でいろいろ考えるのが好きなので,知りたい点はありません。でも,現在の新しい読者の感想が知りたいです。
ホストから「Yの悲劇P177をご覧下さい。云々間ぬん…」とリコリス登場シーンについて説明があると,興味深そうな声を漏らしている方もちらほらと上がりました。そして,自己紹介の際に,四部作の中で一番好きな作品も発表,熱く語ってくれました。これまでの読書会参加者の人数が最大でも10人という状況,一作品に対しての語り合いの時間を比較すると,全員が語り終えるまでにこれまでの3〜4倍の時間が経過していました。一作品ではないだけに,それぞれの思いも違っていて,興味深く聞くことができました。事前アンケートでの順位は,
1位 Yの悲劇 4.5票
1位 Xの悲劇 4.5票
3位 レーン最後の事件 3票
4位 Zの悲劇 1票
という結果でしたが,読書会当日には,
1位 Yの悲劇 5票
1位 Xの悲劇 4票
3位 Zの悲劇 3票
3位 レーン最後の事件 3票
となりました。
越前先生から「四部作の中から一つを選ぶことに,あまり意味はないと思える。この四作を一つの大河小説としてとらえて欲しい」とお話があり,それぞれが感嘆の声を漏らしていました。因みに越前先生が選ぶとしたら「Zの悲劇」だそうです。読書会開催紹介文でも触れていた「ミレニアム」シリーズの評価からレーン四部作がシリーズ一つとして評価されれば,揺るぎない不動のもの,本格探偵大河小説として燦然と輝く巨星となるのではないか,とホストも熱弁をふるってしまいました。
参加者からは,それぞれの作品の中に「Yは真犯人がいるのではないか」「Yはクリスティの某作品と似ている」「犬神家の一族はYへのオマージュとして作られたのでは」「探偵がじつは腹黒いのではないか」「Xの犯人が魅力的」「悲劇ではあるが,最後は明るく思えた」等の意見や感想があり,会は熱気を保ったまま,時間が過ぎていきました。参加された方の中には「パズル(本格謎解き小説)が嫌いなのに読書会のために読んでみて,やっぱりパズルは嫌いだと思わされた。そして,Xはパズルのくせに小説を作ろうとしているように思われ,かえってイライラさせられた」という意見もありました。『読書会の面白さは,相反する意見があった時こそ面白く感じられ,深淵を覗く切っ掛けになることがある』と,ここで声を大にして言わせていただきます。反対の価値観や多面的な見方に接した時こそ,カタルシスが生まれ,知的興奮を味わわせてくれると思っています。まさに今回の読書会でもその瞬間が訪れたことに,ホストはミステリの深淵を垣間見る気がしたのでした。読書会に参加される時は,正直な気持ちを語ることが大事なのだと改めて確認しました。
好きなキャラクターを発表する際には,ドルリー・レーンがダントツかと思われましたが,ペイシェンス・サムに好感が持てるという意見が多く聞こえてきました(けしてホストの「Zの悲劇」贔屓ではありません)。「はつらつとしていて良い」「自分の考えをしっかりと持って意見してくれそう。以前だったら嫌いなタイプだったが,自分が中間管理職になってからはペイシェンスのような部下だと嬉しく思えるようになった」など。レーンであれば「彼なしでは,この四部作は語れない」「探偵であり,事件を神のごとき操る真犯人,暗躍説として読むこともできる」との意見がありました。Yの悲劇のルイーザという意見や,Xの悲劇に出てきたピンカッソンという登場人物表に出てこないレアなキャラクターについても好感を持てたというお話がありました。
好きな台詞では,参加者それぞれのセンスを感じさせる意見が出てきました。「アメリカの言葉を話しなさい」「ドルリア・レーン」「長年にわたって練りに練った複雑な犯罪計画を,大胆勝つ独創的な,ほとんど非の打ち所のない手際で果たす非凡な犯罪者」「行こう,警視。レーンさんはお疲れだ。そろそろニューヨークへ戻った方がいい」「お気持ちはよくわかりますよセドラーさん」「どうでしょう,お役に立ちましたか。お役に立ちたいのです。どうしてもお役に立ちたい。どうですかお役に立ちましたか」「操る側に立ってみたい」等。その中でもメールのみでアンケートに参加された方の意見,講談社文庫版,平井呈一訳の「Yの悲劇」でレーンが歌舞伎役者風に訳された台詞「やつがれ,いまだ芸未熟にして汗顔至極」が皆にどよめきを起こしていました。また,訳者の数がこれほど多いシリーズも珍しいことがわかりました。
好きな場面では「サムが娘の扱いに困惑する場面」「Xのラスト一行」「最後の事件でペイシェンスが覆面男に拳銃でおそわれるシーン」「ペイシェンスが地方検事に推理を証明できると話しているシーン」「最後の事件でペイシェンスが異性に好意を抱くところ」「ほぼ全裸で日光浴するところ」「クマの毛皮に寝そべっているシーン」「Yの解決編」「Zの解決編」「X冒頭の読者への公開状」「最後の事件,犯人を明かす場面」等でした。やはり解決編の意見が多かったのはミステリとしての精度の高さからだと思われました。(「Xのラスト一行」という意見が「Xの解決編」とホストは解釈しました。)
第三幕
なぜ四部作だったのか? という参加者への問いかけに対してホストは「クイーンが最初からその計画で作ったのではないか」とお話ししたところ,異論有り,とT氏から意見が出てきました。その意見とは「S・S・ヴァン・ダインが1928〜1930年の間にレーン四部作で行おうとしていたことを自作の6作目までに行うと,20回は言っていたことが評伝に書かれていることから,ヴァン・ダインから影響を受けて意識していたクイーンは,そのことを,はじめはするつもりはなかったのではないか。だから,はじめからレーンは,そのことをするつもりで考えられた探偵ではなかったと思われる。そしてヴァン・ダインは自作の6作目,ケンネル殺人事件(1932)でそのことをしなかったから,レーンシリーズを四部作で,そのことをしたのではないか」というものでした。ホストは,ある程度資料を揃え,自分の考えに異論が出るとは考えていなかったので,驚愕と興奮で武者震いを感じるほど喜んでいました。そして,会場にも興奮と熱気が一気に押し寄せ,室温が上昇したように思えました。その意見を咀嚼し参加者の方々から,ちらほらと四部作の構成について意見が出始め,議論は熱を帯びはじめたところで,ホストから「クイーンがバーナビー・ロスを名乗ったのは,そのことをクイーンではできないけれど,ロスでならやってもいいのではないかと考えたからではないか。1929年にデビューした際に共作を隠し,覆面作家として活動しはじめたのも,ロスという,もう一人の作家を世に出して,ヴァン・ダインの発言したそのことを行う計画をしていたからではないか。そして,自ら編集するミステリ・リーグ誌に最後の事件を一挙掲載したのも,出版社の編集者が目を通すことによってヴァン・ダインに知らされ,出版の障害になることを怖れたからではないか」という意見をさせてもらいました。四部作の構成の始まりは,いつからだったという解答は得られませんでしたが,これだけ,いろいろな意見が出るというのもレーン四部作が深く考えることのできる作品であることの証左であると思いました。また,作者の創作過程の思考を考えていくことの楽しさも,読書会の醍醐味であると思わされました。
他にも「クイーンの一人が,現代のシェイクスピアを目指していたと聞いて,レーンシリーズか四部作で終わったのは,シェイクピアの悲劇四部作を意識したからではないかと思います」や「今のシリーズ物は漫画や小説,映画にしても無理に長くなってしまうところがあるので,四部作で終了するのはよかったと考える」などの意見も出てきました。ここまでが制限時間となり,読書会は終了となりました。読書会だけで,なんと3時間半が過ぎていました。
第四幕
作品に対する疑問,越前先生への質問は懇親会,二次会へと持ち越されることになり,いざ居酒屋へ。飲み物を注文してそれぞれに配られていくと,ホストは緊張がゆるんだこととビール好きが祟り,越前先生を目の前にして乾杯もせず一口。越前先生は此方をちらりと見た後は,微笑して知らぬ振りをしてくれました。ありがとうございます。そして本当に失礼しました。
無事,乾杯を終えた後,参加者それぞれで情報交換や親交を深める話題に入ると思いきや,レーン四部作についての話しはつきない状況でした(もしかして,ホストだけだったのかもしれませんが,わたしの周りは,レーン四部作が話題の中心でした)。
それぞれが越前先生への質問や昨今の出版業界についての話しをする中,会が進み,席の入れ替えをしていくと,T氏から「Xの悲劇」と「Zの悲劇」に対する問題点を提示されました。Xでは地の文の使い方(わたしも気になっていました),Zではアリバイの証明について,ここでは詳しくお知らせできませんが,なるほどと思わされました。ホストは次の日,二日酔いでふらふらになりながらも,こうすれば納得のいく形になったのかもしれない,と愛するZの悲劇について愚考して過ごしました。次の日になっても楽しませてくれるレーン四部作でした。
二次会では,越前先生のライフワークであるラーメンや巡りに同行させていただき,思い思いにラーメンや麻婆焼きそばの味を楽しみました(編集部注4:これです)。
そろそろ解散も近付いて来た頃,間が悪く失礼かと思いましたが,ホストは越前先生に「海外には起承転結の意識があるのか?」と訊ねてしまいました。そして越前先生はからは優しく「あります」との即答をいただきました。個人で調べて,海外よりも日本になじみのある考え方と思っていたので,クイーンがレーンシリーズを四部作にしたのは,日本にも興味があって,起承転結という言葉を知っていたからではないかと妄想していましたが,越前先生のお話で,海外にも起承転結の文化があり,クイーンが意識して作ったのかもしれないと思いました。しつこくもまた,「Zの悲劇の設定で,男女の師弟関係が出てきますが,前例や基となるようなお話はあるのでしょうか?」と立て続けに訊ねてしまいました。優しい越前先生は「それは,わからないです。調べてみましょう」とお答えいただきました。酔いの不埒とはいえ,本当に失礼しました。そして,本当にありがとうございました。
舞台裏
越前先生をお見送りして,夜もだいぶ更けていましたが,有志でパブへと足を運び,レーン四部作,そしてミステリと今後の読書会について呑みながら話し続けました。いや〜,楽しかったです。
こんなに楽しい思いをさせてくれたのもレーン四部作のおかげです。
本当にミステリって凄い!
舞台裏ふたたび
せんだい探偵小説お茶会の世話人M氏に読書会報告文書を送り,お返事をいただいたところ,大事なことが抜けていると教えていただきました。それは,今年のせんだい探偵小説お茶会の作品選びで行われた「作品に関係する色」でした。
読書会中にも話題に触れなかったので,報告文でもすっかり忘れてしまいました。レーン四部作の色が何であるかについて触れずに読書会が進んだのは,それだけ作品について深く話し合い,盛り上がっていたからだ,と肯定的に受け止めることもできますが,告知文で「読書会で解答」と明示しておきながら触れなかったことは,ホストとして忸怩たる思いです。すみませんでした。
さて,気を取り直して,今年のテーマ,色でつなげる読書会の掉尾を飾ったレーン四部作の色とはいったい何色だったのか?
それは,レーン最後の事件に小道具として登場した髭の色,虹色でした。
色の種類ではないかも知れませんが,最後の色として相応しいと思い取り上げました。
読書会に参加された方達は,勿論知っていたのだと思います。そして,暴走するホストに気を遣っていただいていたため,触れなかったのだと思います。
このような気遣いをしていただける優しい方々との出会いも,読書会がなければご縁がなかったかもしれません。参加していただいた方々,本当にありがとうございました。
色で始まった今年の読書会,最後は虹色で終えることとなりました。
オズの魔法使いの「オーバー・ザ・レインボウ」を聴きながら,幕を閉じるというよりも,黒死館殺人事件の黒死館に登場する驚駭噴泉(ウォーターサプライズ)が作り出した虹を見て,更なるミステリの深淵に近付くことを夢見ながら,閉幕(カーテンフォール)を迎えたいと思います。
《閉幕》