カリフォルニア、サンタクルーズの海辺に立つ邸宅ウィッツ・エンドに住む著名なミステリー作家アディソン。いくつもの文学賞を受賞し、マクスウェル・レーンという探偵のシリーズ作品で一世を風靡したが、最後に作品を発表してから3年の月日が経っていた。

 そんな彼女をひとりの若い女性リマが訪ねてきた。いま29歳のリマは15年ほど前に母親を、4年前に最愛の弟を事故で失っている。そして、唯一の肉親だった父親を白血病でなくしたばかりだった。失意のリマは、父の友人でリマの名付け親でもあるアディソンの家にしばらく滞在することになった。

 ただ、リマの目的はヴィクトリア様式の古い屋敷で悲しみを癒やすことだけではなかった。そもそも名付け親とはいっても、アディソンとそれほど親しいわけでもない。ただの友人以上の関係に思われた父とアディソンの秘密を探る——父亡きいま、父とのあいだに何があったのかを知るためには、アディソンに近づくしかなかった。

 アディソンの生活は静寂に包まれていた。毎日書斎に閉じこもってはいるものの、書けないのか書きたくないのか、心待ちにされている新作が世に出る気配はない。スランプに陥っていたのだ。しかし、作家が沈黙しているこの3年間も、10歳の子どもから70代の愛読者まで新作を待ち望む人々からのファンレターが途絶えることがなく、アディソンではなく小説の主人公であるマクスウェル宛てに新作への期待や悩みごとを書いた手紙が送られてくることも多かった。いまやマクスウェルは著者以上に存在感のあるキャラクターになっていた。

 アディソンの創作手法は変わっていた。マクスウェル作品を書くときは、殺人事件の現場をドールハウスで細部までつくりこみ、そこから小説を生みだしていく。そのため、屋敷には殺害現場を表現したドールハウスが溢れていた。アディソンはそんな屋敷で元アルコール依存症の調理人のティルダと、何やら問題を抱えているらしいティルダの息子マーティン、アディソンの犬の散歩を請け負っている風変わりな男女二人組など、型破りで謎めいた人々に囲まれてひっそりと暮らしていた。

 ある日、ひとつのドールハウスからある人形が盗まれる。屋敷近辺をうろついていたストーカーのような女性ファンの仕業かと思ったリマが犯人を追っていくと、あるカルト集団の名前が浮かびあがった——

 名前を見てぴんときたかたも多いことだろう。ニューヨークタイムズのベストセラーリストなどに長いあいだランクインして映画化された『ジェイン・オースティンの読書会』の著者である。著者公式サイトによると、これまで長編6作と短篇集3冊が刊行されているが、残念ながら邦訳されたのは『ジェイン〜』のみ。あの作家がミステリータッチの作品を書いていることをお伝えしたくて、今回この場で取りあげた。

 ファウラー作品を読むと、向田邦子の端正な顔写真が頭をよぎる。キッチンで湯を沸かす音、テーブルに並べられた手料理、整えられたさまざまな家具……ファウラーもそうした一見地味な細かな描写から登場人物の人となりを描く名手なのだ。おかげで読みすすめるうちに、セリフで語られる以上の人物像がつくられていく。シンプルで美しい言葉を紡いで複雑な心理を描き、ウィットとユーモアを忘れないのも、この作家の魅力である(作中の屋敷名が Wit’s End というのも、なんとも意味深ではないだろうか)。

 過去と現在を行ったり来たりしながら、物語は思いがけない方向へと展開する。その過程でリマは自分と父との関係を見つめ直し、アディソンは自らの過去と向きあい、読者はアディソンの小説の秘密を知る。「人生とは折々の行動や言ったこと、考えたことなど細かなことの連続でしかありません。良きにつけ悪しきにつけ、生きているあいだに到達した小さな結果の積み重ねなのです」作中で占い師がリマに語った言葉がことのほか印象深い。

片山奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。リンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。カリスマ・ドッグトレーナー、シーザー・ミランによる『あなたの犬は幸せですか』、介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本の翻訳にも精力的に取り組む。JKC愛犬飼育管理士、和ハーブインストラクター。最新訳書は『親の「その一言」がわが子の将来を決める』(マデリーン・レヴィン著、新潮社)。

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