全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 不安なことばかりで気が滅入る毎日ですが、せめて読書をしている間ぐらいは、少しでも楽しい気分を味わいたいですよね。そんなわけで今回は、おとぼけにも程がある……どころか、あのスウェーデンでもこんなオヤジいるのかよ! とびっくりするぐらいポリティカリー・インコレクトなおっさんが主人公の、レイフ・GW・ペーション『見習い警官殺し』(久山葉子訳/創元推理文庫)をご紹介します。
静かな地方都市ヴェクシェーで若い女性の遺体が発見されます。強姦されたのちに絞殺された被害者の身元は、なんと現役の警察学校の生徒でした。事態を重く見た県警本部長は、ストックホルムにある国家犯罪捜査局殺人捜査特別班に応援を要請しますが、時まさに真夏。休暇で多くの警官が出払っている最中、なぜかかたくなに出勤していた警部エーヴェルト・ベックストレームに白羽の矢が立ったのです。
国家犯罪捜査局といえばスウェーデンにおける警察組織の中でもトップの座を誇り、捜査官はエリート中のエリート。しかし! 本書の主人公の警部ベックストレームはというと、できるだけ働かず面倒な仕事は部下に丸投げ、使える経費は鬼のように使い、使えなくても水増し請求、セクハラしまくりで差別発言は当たり前、おまけに都合が悪くなると友人すら裏切るという、とんでもなく不愉快極まりない勘違いオヤジなのです。じゃあなんで警部なんだよ! と思われるのはごもっとも。本書を読むと、この人、ある意味すごく運がいいというか、周りが苦労して取ってきた手がかりを自然に自分の手柄にしちゃったり、相手の勘違いをいいように解釈したりと、要はなんでも前向きにとっちゃうんですよ! しかも現地警察の人たちは都会から助っ人に来てくれた有能警部だと期待しているせいか、ベックストレームの怪しい行動は意外なほどスルーされてしまいます。
じゃあストックホルムから連れてきた五人の部下たちは、そんな人と一緒に仕事できるの?と思いたくもなりますが、そのうち一人は古くからの友人で似たりよったり(そうはいってもかなりましですが)、男女一組はワケありで、残りの若手巡査部長二人はというと、素直なのか気づいてないのか、ボスの無能ぶりがあまり気にならない様子。そんなわけで、イライラするのは読者だけ!
犯人の遺留品も見つかり、すぐに解決するだろうと思われた事件でしたが、捜査が進むにつれて事態はどんどん複雑になっていき、うさんくさい経費が増えるばかりで一向に真相にたどりつきません。さらには別の事件も発生し、警察の権威はもはや失墜寸前……って、読んでてイライラがつのる一方なんじゃ!? と思われるのも無理はありません。が! ここまでたまりにたまったストレスを一掃してくれるのは、伝説の鬼警部ラーシュ・マッティン・ヨハンソン! 下巻の途中からいきなり圧倒の存在感を見せてくれる元公安警察実行部隊責任者は、前作『許されざる者』でホットドッグの食べ過ぎで脳梗塞を起こしたヨハンソン元長官なんですよ! 時系列的には本書は『許されざる者』より前の設定となりますが、実は前作でもベックストレームはこっそり出ていたんですねえ。
真打登場(?)により捜査はがぜん進展し、読者はごくつぶし警部によるストレスからやっと開放されるのですが、さらにある事件も発生しますので、そこはお楽しみに!
ここまで読むと、なぜ本書がここで取り上げられたのか怪訝に思われたかと思いますが、実は! ストックホルムから連れてきた若手男子、クヌートソンとトリエンの二人がすごくほのぼのしてていいんですよ! 頭が切れるってわけじゃないんですが、常に仲良く、休みの日も二人きりで映画を観に行くのを楽しそうに報告したりして、勘違いおっさんによるイライラ感を払拭してくれる清涼剤になってくれてます。それから現地の“二人合わせて総計二百キログラムの最高級国産在来種パトロール警官”コンビもなかなかいい味出してます。主成分は筋肉と骨のマッチョなんですが、ちゃんと捜査の役にも立ってて、こちらも深読みしていただければと!
このシリーズは先にアメリカで連続ドラマ化され、今年本国でも作られたようです。スウェーデン版は『ストックホルムでワルツを』のシェル・ベリィクヴィスト、アメリカでは『スーパー!』のレイン・ウィルソンがベックストレームを演じています。残念ながら本編は未見ですが、ルックス的にはアメリカ版の方が近い気がしますがいかがでしょう。
さて、ベックストレームは私用で経費をバンバン使いまくりましたが、逆に事件解決に私費を投じてしまう刑事もいるのです。4月3日(金)公開予定の韓国で興行収入第一位の映画『暗数殺人』は、韓国で実際に起きた連続殺人事件を元に、冷血な殺人犯と事件に囚われた刑事との息詰まる駆け引きを描いた、ミステリファン必見の衝撃のサスペンスです。
麻薬課から転属になったヒョンミン刑事(キム・ユンソク)は、殺人罪で逮捕されたカン・テオ(チュ・ジフン)に呼ばれて面会に行くと、自分は全部で七人殺した、と突然告げられます。彼の証言以外に証拠はなく、しかもなぜ自ら刑期が伸びるような告白をしたのか、不可解ながらも彼の証言の裏を取りはじめたところ……。
『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の大傑作『殺人の追憶』をはじめ、『チェイサー』、『カエル少年失踪殺人事件』など実際の事件を元にした韓国映画はどれも見応えがありますが、本作も言うまでもありません。チュ・ジフンが演じる、精神科医に“鑑定不能”と言われた殺人犯は、以前ご紹介した『神と共に』や『工作 黒金星と呼ばれた男』とは全く違い、短気で冷酷でふてぶてしく不気味な役柄で、観終わった後も背中がぞくりとします。彼に翻弄され、私財をなげうってまで事件に執着する刑事キム・ユンスクの、内にこもった熱を抑えるような迫力の演技にも圧倒されます。『エクストリーム・ジョブ』の爆笑キャラが忘れられないチン・ソンギュの相棒もどうかお見逃しなく!
■連続殺人犯vs刑事 の息詰まる攻防を描く!『暗数殺人』予告
『暗数殺人』
*4月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
■コピーライト
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監督:キム・テギュン
脚本:キム・テギュン、クァク・キョンテク
出演:キム・ユンソク、チュ・ジフン、チン・ソンギュ、チョン・ジョンジュン、ホ・ジン
2018年/韓国/110分/カラー/ビスタ/5.1ch
原題:암수살인/英題:DARK FIGURE OF CRIME
韓国語/字幕翻訳:李 英愛
配給:クロックワークス
公式サイト:http://klockworx-asia.com/ansu/
♪akira |
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「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。 Twitterアカウントは @suttokobucho 。 |