先ごろ中国のミステリ雑誌『歳月推理』と『推理世界』が主催している推理小説賞『華文推理大賞賽』の第3回目が無事に執り行われるという話を聞き、これで中国ミステリの首の皮が一枚繋がったと胸をなでおろしました。何故なら中国ミステリに関連する賞は創設されてもその後存続しないことが往々にしてあるからです。

 中国の推理小説賞については以前もこのサイトで書かせていただきましたが、あれから一年以上が経ち、中国ミステリの過去作品を紹介したいま再び取り上げたいと思います。

 北京偵探推理文芸協会が主催する『全国偵探推理小説大賽』は1996年から1998年の間にかけて第一回目を開催し2011年には五回目が行われておりますが、その『第五回全国偵探推理小説大賽』を最後に活動している様子はありません。この賞の第一回目は1950年から1996年までの中国ミステリを対象にしており、『無鈴的馬幇』(1954年)や『双鈴馬蹄表』(1955年)、『黒眼圏的女人』(1956年)など半世紀前の作品を評価しています。二回目以降は時代を遡って授賞することはなくなりましたが、長編、中編、短篇作品を対象にし出版社や掲載雑誌の垣根を超えて良質な作品に授賞していたため中国のミステリ作家を鼓舞するのに最適な賞でした。この賞は他にも先日有志によって日本語訳された水天一色『我這様的人』(2009年)や「中国の東野圭吾」と言われる周浩暉『生死翡翠湖』(2010年)、台湾からは寵物先生『犯罪紅線』(2009年)や既晴『復仇計画』(2009年)などに授賞しています。

 そして中国では「推理之神」と呼ばれ尊敬されている作家・島田荘司の名前を冠した『島田荘司推理小説賞』は台湾の出版社が主催している賞で、島田荘司が提唱する「本格ミステリ」の定義に合っている作品を対象にしています。

 この賞では中国ミステリ読者の間で言われている台湾・香港と中国大陸のレベルの差が如実に表れています。第一回目の受賞作が台湾の寵物先生『虚擬街頭漂流記』(2009年)、第二回目が香港の陳浩基『遺忘・刑警』(日本語訳『世界を売った男』)(2011年)、第三回目は台湾の胡傑『我是漫画大王』(2013年)とカナダの文善『逆向誘拐』(2013年)のダブル受賞であり、過去三回のうち中国大陸の作家が受賞したことはありません。

 また、この賞の受賞作は本来ならば繁体字中国語(台湾・香港で常用されている中国語)の他に簡体字中国語(中国大陸で常用されている中国語)や日本語などに翻訳されて各国で出版される手はずになっておりましたが、第二回目の『遺忘・刑警』は未だに簡体字版は出ておらず、第三回目の『我是漫画大王』に至っては日本語版も簡体字版も出ていません。本来この賞は中国ミステリを支援し、若い作家を発掘するのが目的でしたが現在は何らかの事情があって当初の構想通りに進んでいないようです。

 そして先日12月31日に募集が終わった第四回目は賞の名前が『KAVALAN・島田荘司推理小説賞』に変わりました。これは島田荘司が雑誌のインタビューで、本来ならば『島田荘司推理小説賞』は三回で終わるはずだったのですがKAVALANウイスキーを製造している金車社社長の娘が御手洗潔のファンだったため、父親をスポンサーにさせて賞を存続することができたと説明しています。これは台湾での島田荘司及び御手洗潔シリーズの知名度を表すエピソードであるとともに、台湾の出版社であっても自国の推理小説に対して長期的な展望を抱いていないことを意味しています。

『華文推理大賞賽』は中国本土の推理小説の発展と作品発表の舞台を用意するために世界中の中国人を対象にした賞で、上述したように現在は三回目の作品の募集をしています。対象作品が全て短篇であるために、第一回目の応募作は全て『名偵探的噩夢』(2012年)に収録されています。

 第一回目の審査員が北京偵探推理文芸協会副会長の于洪笙、香港小説学会栄誉会長兼作家の鄭南炳、台湾の推理小説家の既晴、ミステリ系ホームページ推理之門の管理人の老蔡、ミステリ評論家の天蝎小猪でしたが、第二回目では于洪笙と鄭南炳と既晴の台湾・香港勢が消えて、その代わりに『歳月推理』と『推理世界』の編集長の張宏利と、三津田信三の『首無の如き祟るもの』などを翻訳した訳者の張舟が入り、中国大陸勢で固められました。そして第二回目では猫特『倒錯的涅墨西斯』(2014年)がトリックとロジックとストーリーの三点と高い叙述性が認められ一等賞を得ました。

 大陸の人間が中国本土ミステリにふさわしい推理小説を選ぶのは別に悪いことではありませんが、審査員のみならず受賞者からも台湾・香港勢がいなくなったことが少々不思議に見え、『島田荘司推理小説賞』の結果の意趣返しなのではと邪推してしまいます。

 そして現在、欧米や日本のミステリ作品を大量に翻訳出版している新星出版社で『新星島田賞』なる推理小説賞の創設が計画されているようです。この出版社は島田荘司とも関係が深いためにこのようなことができるのでしょうが、この賞が短編を対象にしていることが見逃せません。

 授賞には応募作の質が一番欠かせないものなのでしょうが、現在の台湾と中国の推理小説賞は中国ミステリを対象にしているのに、台湾の『島田荘司推理小説賞』が台湾・香港を重視し、大陸の『華文推理大賞賽』はその逆に大陸の作家を贔屓しているように見えてしまい、部外者で日本人の私としてはもうちょっと上手く共生できないものかといらぬ心配をしてしまいます。

 中国ミステリが今後も長く続くために各賞連携して中国全土の読者数を増やせれば賞も存続すると思うのですが、今のところは賞が閉会されるたびに果たして次回はあるのかと考える日々が続きそうです。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

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