書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 少し遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。本年も書評七福神をよろしくお願い申し上げます。良い本をどんどん紹介していきますよ!

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『白の迷路』ジェイムズ・トンプスン/高里ひろ訳

集英社文庫

 カリ・ヴァーラを主人公とするシリーズ第3作だが、主人公が同じシリーズものなのに、第1作とこれほど違うのは珍しい。第1作は警察小説であったのに、今度は暗黒小説なのだ。主人公の性格そのものが変化しているという変わり種。このあとどうするんだろうと思ったら、著者が急逝。今後の展開を見ることができないのは残念だ。

霜月蒼

『白の迷路』ジェイムズ・トンプスン/高里ひろ訳

集英社文庫

 いま一番スリリングな北欧警察小説シリーズ第三作なのだが——。なんとなんと。驚いた。前作『凍氷』(年間ベスト級の傑作!)でも随分なところに踏み込んだなと驚かされたが、ここまで行ってしまうとは! こんな地点は第一作の段階では予想もしていなかった。ミステリらしい一本道のストーリーはここにはなく、物語の断片が大胆に時間を圧縮してつなぎ合わされ、その果てに私たちは、警察の、世界の、自警団的正義の、そして人間の、暗部を見つめることを強いられる。過剰なまでの銃器や武器への偏愛は、オトコノコ的なフェティシズムと表裏になった暴力の魅惑と愚かしさを描き出す。暴力と感情の問題を生理的なものとして捉える手口も面白く、ちょっとジム・トンプスン的ですらある。そしてエルロイの提示した主題を自分なりに追究した数少ない警察ノワールのひとつに数えてもいいだろう。前作を超える傑作。

千街晶之

『チャーリー・モルデカイ1 英国紳士の名画大作戦』『チャーリー・モルデカイ2 閣下のスパイ教育』キリル・ボンフィリオリ/三角和代訳

角川文庫

 画商なのに、そんじょそこらの私立探偵やスパイより何度も殴られたり拷問されたり命を狙われたりする主人公。ウッドハウスが生んだジーヴズの強面版とも言うべきその相棒。主人公に次々と課せられる重大すぎる任務(××の暗殺を依頼されるくだりは仰天の展開。というか断れよ、モルデカイ!)。何の余韻もなく、命の重さなど微塵も感じさせることなく無造作に死んでゆく登場人物。文字通り世界を股にかけて暴走する無軌道なストーリー。下世話でブラックなユーモアと、高度な知性に裏打ちされたペダントリーの融合……これぞ、イギリスの小説の最も毒性が強い部分を更に煮詰めた猛毒エンタテインメントだ。

吉野仁

『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー/宇佐川晶子訳

ハヤカワ・ミステリ

 これまで多くの少年ものミステリーで扱われた要素がほとんど取り込まれているだけではなく、しっかりとしたテーマをもった完成度の高い作品である。特にマイノリティーの者たちをめぐる痛切なドラマが胸を打つ。

川出正樹

『白の迷路』ジェイムズ・トンプスン/高里ひろ訳

集英社文庫

 嗚呼、ついにカリ・ヴァーラ警部が一線を踏み越えてしまった。北極圏の小さな町の警察署長からヘルシンキ警察殺人捜査課の警部を経て、非合法特殊部隊の指揮官へ。“世界一暮らしやすい国”といわれたフィンランドの清らかな皮膜を剥ぎ取り、どす黒い内面——人種差別、対独協力、麻薬汚染、人身売買——をさらし糾弾する北欧欧暗黒小説(ノルディック・ノワール)の開拓者が生み出した寡黙なヒーローは、シリーズが進むにつれて、より深く鋭く闇の奥へと切り込んでいく、満身創痍になりながら。

 手放しで勧められるほど、読み心地も読後感も良くはない。けれども差別や偏見に根ざしたヘイト・クライムを見据える揺るぎない視線と、真摯で妥協しない創作姿勢には深く心を撃ち抜かれてしまうのだ。こうなったらヴァーラの地獄巡りにとことん付き合おうじゃないか、と思っていたのに作者は去年急逝してしまった。あと一作しかシリーズが残されていないのが悲しい。

酒井貞道

『チャーリー・モルデカイ2 閣下のスパイ教育』キリル・ボンフィリオリ/三角和代訳

角川文庫

 モルデカイ・シリーズは、『深き森は悪魔のにおい』(サンリオSF文庫)で日本の当時の読者に鮮烈な印象を残したが、残念なことに、それ以外の作品が紹介されなかった。しかし2014年12月、シリーズは遂にそのヴェールを脱ぎ、全四作中、第一作と第二作が一気に訳出されたのである。P・G・ウッドハウスに頻繁に言及しつつ《活動的なダメ主人》として主人公モルデカイ像を打ち立てて、そこにどす黒いユーモアをたっぷりとまぶして、残酷かつお下劣なドタバタ劇を成立させる。上品な小説とはとても言えないが、英国ミステリの暗黒面をたっぷりと楽しむことができるのだ。ジョン・スラデックが延長線上に見えるような、細部への偏執的なこだわりが感じられるのも素晴らしい。オリジナリティあふれ、ついでに一種の狂気にもあふれた、唯一無二のシリーズの完全紹介が始まったことを寿ぎたい。なお個人的には、スパイ小説としての枠組みが、無軌道なモルデカイの行動に一定の歯止めをかけている第二作『閣下のスパイ教育』を推しておく。しかし、モルデカイの個性が炸裂しているのは『英国紳士の名画大作戦』だろう。どちらをとるかはお好み次第である。

杉江松恋

『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー/宇佐川晶子訳

ハヤカワ・ミステリ

 田舎町の少年が鉄道に轢かれて死ぬという事故の記憶から始まる、一夏の物語。エドガーをはじめとする各賞の最優秀長篇部門を総なめにしたというのも納得の力作だ。13歳の主人公は周囲から不良少年のなりかけという偏見で遇され、その弟は吃音症のため感情を表明することが容易ではない。彼らの美しい姉は、音楽大学への進学を前に不可解な生き物、すなわち〈大人の女〉へと脱皮しかけていた。さらに牧師である父と芸術家志向の母。この家族のキャラクター布置だけでも素晴らしいのだが、地元の旧家の一族の描かれ方が印象的でよい。さらに先住民族の男や街の無学の白人たちといった脇役の配置も抜群で、一人ひとりの顔が浮かんでくるようである。『ありふれた祈り』という題名は本書の教養小説的側面に関わるものなのだが、特筆すべきは殺人事件を巡る謎解きミステリーとしても十分評価しうる出来だということである。つまり完璧。一年の終わりにいいもの読んだ!

 不思議と票がまとまった月になりました。刊行点数の少ない年末だから、こういうこともあるでしょうね。さあ、2015年の幕開けです。今年はどんな作品が読めますことやら。どうぞご期待ください。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧