2月に入りました。このコラムが掲載されるであろう2月19日に中国は旧正月を迎えます。日本とは異なり正月に関しては旧暦を重視している中国人にとって旧正月(春節)は現代であっても大切なイベントであり今年は大晦日の2月18日から2月24日までが春節休暇にあたりますが、新年を実家で迎えるために連休前から既に休みに入る中国人が大勢います。毎年の帰省ラッシュの凄まじさは日本でも知られていることでしょう。
春節期間中は店も閉まりますので、私のような外国人にとってはただただ暇な日が続きますのでこういう長期休暇にこそ読書がふさわしいのでしょうが、この期間は物流がストップするためアマゾンで買い物も出来ません。昨今ネット上で話題になっている亮亮の『季警官的無厘頭推理事件簿(日本語訳:季警官の意味不明な推理事件簿)』(2014年)を読めるのは来年になりそうです。
本作は間抜けな犯罪者とナルシストな警官のユーモラスな推理劇が楽しめるらしく、アマゾンの紹介文には“東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』、『放課後はミステリーとともに』などに匹敵する”と書かれております。このように、有名な海外ミステリ作品や作家の名前を本のあらすじや帯文に載せることは中国ミステリにはありがちな手法であり、これまでにも東野圭吾や宮部みゆきなどの名前が使われてきました。紹介文と中身が全然合ってない作品もあり、紹介文詐欺のようなことも少なくないためあまり信用性の高い内容ではありませんが、日系ミステリ読者をなんとかして中国ミステリに取り込んでやろうという出版社の意気が感じられるので私は嫌いではありません。
さて、今回は中国の新年にちなんで2014年度の中国の懸疑小説(サスペンス小説)と偵探推理小説(ミステリ小説)をまとめた短編小説集『2014年中国懸疑小説精選』(2015年)と『2014年中国偵探推理小説精選』(2015年)に触れてみます。私自身まださらっとしか読んでいないのですが、収録されている作品の傾向に気になる点があったので取り上げてみることにします。
■中国ミステリのダークホース
本シリーズは2011年から毎年出版されており別段新しいものではありません。またこれらの他に中国幽黙小説精選(ユーモア小説)、中国児童文学精選、中国武侠小説精選などジャンル別の小説集が数多く出ています。とは言うものの、中国ミステリとサスペンスはこの一冊で網羅できるものではなく、ここに収録されている作品はあくまでもその一部に過ぎません。しかし、『2014年中国偵探推理小説精選』のラインナップには今まで中国ミステリを読んできた私にとって驚かされる作品ばかり載っていました。この中には第5回『中国のミステリ雑誌』でも取り上げ、誌名にも『推理』の名前が入っている『歳月推理』や『推理世界』に掲載された作品は収録作品22作中に4作品しかなく、その他は公安部が主管している公安法制雑誌の『啄木鳥』や『民間伝奇故事』、『中国故事』、『山海経』、『民間故事』など大衆小説雑誌から短篇がエントリーされています。
この『民間伝奇故事』などは『中国偵探小説理論資料』の巻末付録の目録にも名前がない雑誌です。キオスクなどでは『歳月推理』よりよく見かける雑誌ではありますが、ミステリ小説が掲載されているとは夢にも思わず私は今まで完全にノーマークでした。しかもこれらは2011年の中国偵探推理小説精選から既に掲載されているので別段今に始まったことではないのです。
■ミステリとサスペンスの違い
『2014年中国懸疑小説精選』のラインナップは『歳月推理』や『推理世界』からのエントリーはないものの、それ以外は『2014年中国懸疑小説精選』とほぼ同様です。雑誌名に『推理』とか『懸疑』とか付いていない雑誌にもミステリやサスペンス小説が掲載されているという事実に私は2015年になってようやく気付いたのですが、しかしこれが果たして喜ぶべきことなのかはわかりません。何故なら、中国には何故これがミステリ小説のジャンルに入るのか(あるいはサスペンス小説のジャンルに入るのか)がわからない作品が多く、ミステリとサスペンスを隔てる線引きが不明瞭だからです。
例えば、最初に取り上げた亮亮の『季警官的無厘頭推理事件簿』に収録されている『只有騙子知道』(2014年)や、本格推理を得意とする作家・軒弦の探偵・慕容思?シリーズの一作『猛虎獣的復讐』(2014年)が『2014年中国懸疑小説精選』の方に掲載している根拠がはっきりしません。
この幅広く不明瞭なジャンルがミステリ・サスペンス業界において有利になるのか定かではありませんが、一読者である私にとってはミステリ小説を期待してサスペンスやホラー色の強い作品を読まされることは喜ばしいことではないので、今後は出版社と作家双方が意識的に書き分けていってほしいです。
■中国のサスペンス小説
『2014年中国懸疑小説精選』のあとがきで本書の編者でありミステリ評論家の華斯比が現在の中国のサスペンス小説について以下のように述べています。
2013年は中国のオリジナルサスペンス小説にとって最も災難な一年だった。3月には『懸疑誌』が停刊し、5月には『懸疑世界』が紙媒体から電子書籍へと移り、10月には『漫客懸疑』が停刊し、12月には『驚嘆号』が停刊した。悪夢はそれで終わらず、2014年には老舗のホラー・サスペンス雑誌『胆小鬼』も停刊した。
確かに私が見る限り、様々な雑誌が売られているキオスクから不気味な表紙の雑誌が見えなくなっているように、中国ではサスペンス専門の雑誌が減っていっています。その原因の一つには上述したように線引きの不徹底が関与していると見られ、そのジャンルの輪郭や特徴をはっきりさせなければ読者の獲得は難しいのでしょう。そしてそれは今後のミステリ雑誌にも当てはまることであり、『推理小説』と銘打っているのに推理する要素がまるでない本が出続ければ中国ミステリに失望する読者はますます増えていくでしょう。
阿井 幸作(あい こうさく) |
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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。 ・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/ ・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25 ・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737 |
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