最近、「警察小説新人賞」の辛口すぎる選考委員コメントが日本のネットで話題になりました。小説としての「視点」の粗さを指摘する声が目立ち、小説として成り立っていないという評価まで下されていたためか、リアリティについてあまり触れられておらず、果たしてそれは及第点だったのか気になりました。

 中国の警察小説というと、真っ先に思い浮かぶイメージが、実際の事件をモデルにした内容で、作者も警察関係者というもの。前回はまさにそんな小説を紹介しましたが、今回は現役監察医・九滴水の九滴水真探シリーズを紹介します。

・老夫婦の心中と消えた老後資金

本シリーズの主人公は龍途司法鑑定所に務める鑑識家たち。しかしちょっと違うのは、その鑑定所が民間組織であり、市民からの依頼を受けて、警察がすでに「事件性なし」と判断を下した事件及び死体を調査するという点です。

 シリーズ1作目の『秘密』は、老人ホームに入居していた老夫婦の心中を巡って遺族たちの本音や過去が明らかになるというもの。老夫婦のそばで暮らし、同居もしていた長男と長女は両親の自殺を受け入れますが、アメリカで暮らす末娘にとってこの結末は到底信じられるものではありませんでした。地元でコツコツと働く上二人とは違い、渡米留学して成功を収めた末娘は両親の老後のために多額の資金を渡していたのです。にもかかわらず、亡くなった二人が暮らしていたのは老人ホームの中でも最底辺の部屋で、そのせいで死後三日でようやく発見される有り様でした。渡した介護費用はどこへ消えたのか、もしや兄と姉がくすねたのでは……?と疑心暗鬼になった彼女は龍途司法鑑定所に再調査を依頼します。そこで、鑑定所で新たに設立された真探組のメンバー5人が調査に乗り出すと、老夫婦に自殺を決断させた家庭の事情が明らかになり……というお話です。

 

強調しておきたいのは、龍途司法鑑定所の目的は警察の捜査結果を覆すことではないということです。この民間鑑定所は警察などに再調査の申請を受理してもらわなければ動けないので、警察との対立関係どころか上下関係ができあがっています。また、捜査権や逮捕権はないため、関係者への調査は全て任意で行われ、協力しないと言われたらそれ以上手出しできません。

 では龍途司法鑑定所の役割とは一体なんでしょうか。それは警察の捜査では重要視されなかった自殺の動機を探ることです。優しい子どもや孫に恵まれ、お金も不自由していなかったはずの老夫婦がどうして自殺しなければならなかったのか。その謎を探るうちに、鑑定所のメンバーは、末娘が渡していた多額の介護費用の行方や、離れて暮らす末娘が知らない家族の複雑な事情を推し量っていきます。そこには、円満な家庭に隠された闇もなければ、親の死を利用して遺産をちょろまかす遺族もおらず、ただ子どものためを思うがあまり大胆な行動に出てしまった親心があっただけでした。

 

 終末期医療で、患者本人とその家族が医者と医療内容についてしっかり話し合って方針が定まったあとに遠方に暮らす家族や親戚が文句を言い、話が台無しになることを「カリフォルニアから来た娘症候群」と呼ぶようです。アメリカから飛んできて、警察の捜査に異論を唱え、家庭の和を乱す末娘はまさに「カリフォルニアから来た娘」でしょう。彼女はいかにもアメリカで教育を受けてきた人間らしく、とにかく自分の権利を主張し、それによって両親の自殺も白黒つけようとします。一方、彼女の兄姉は身内の恥は隠そうとする典型的保守派思考の持ち主であり、両親の自殺の再調査を依頼した妹の行為は家族仲を引き裂くものにしか見えません。ただ、どちらも親を思っての行動なのは間違いありません。同書は高齢化が進む現代中国の『姥捨て山』であり、家族間でも価値観が多様で統一されない現代において、本当の親孝行・子孝行とは何なのかを提示した一冊でした。

・貧困狙う悪い奴ら

 シリーズ2作目の『壊家伙們(悪い奴ら)』は社会の周縁にいる貧乏な若者の自殺と、彼らを食い物にするゴロツキの物語です。真探組のメンバーが職業を斡旋した若者が首を吊って自殺してしまいます。しかしそのメンバーは、若者に自殺する理由がなく、きっと何か裏があると考え、鑑定所の所長を説き伏せて調査を開始します。すると自殺した若者が同じ境遇の若者と共に橋の下で共同生活をし、そこを縄張りとするゴロツキたちにショバ代を徴収されていたことがわかります。また自殺者は生前、配達員をしていたのですが、ゴロツキたちと共に違法薬物なども配達していたことが明らかになります。果たして彼は善良な市民か、それともどうしようもない悪人だったのかとメンバーの間で意見が分かれます。そんな中、痛い腹を探られたくないゴロツキたちは自殺者が隠したブツを手に入れるべく真探組を出し抜こうとします。

 

 シリーズ2作目にして、依頼ではなくメンバーの意思で自殺の動機を調査する展開。確かにこの鑑定所は客からの依頼がなければ動けず、調査にはそこそこの費用がかかるので、警察が捜査した事件の再調査を依頼するなんてよっぽど酔狂な人間じゃないとできないとは思いますが、前提が崩れるのがあまりにも早いです。また今回は自殺をした動機を明らかにするためではなく、コイツが自殺をしたのには何か理由があるに違いないという直感に端を発しているので、民間人がやることか?と疑問が生じました。

 ただしストーリーは『秘密』よりも重厚複雑で面白いです。特に社会福祉の網からこぼれ落ちて貧困を強いられている若者がゴロツキ連中に管理されているというのは、生活保護不正受給者を集めて働かせていた『闇金ウシジマくん』のエピソードを彷彿させます。そして、今の中国ではどこでも見掛ける配達員が荷物に紛れて薬物を運んでいるというのもシステムの盲点を突いたやり方です。

若者たちの生活拠点を発見するまでの話がまた面白くて、自殺者の衣服から藻が検出されたため、コイツは水道水じゃなく川の水で洗濯していたのではと推理し、橋の下に行ってみたら複数人の居住区を見つけるくだりは、もしかしたら実際にあった事例かも?と思ってしまいました。

 

 1作目の『秘密』は高齢化問題、2作目の『壊家伙們』は若者の貧困問題を取り扱っていますが、自殺の裏側にある社会問題を見つけるのが民間組織なので、行政や警察の役目を奪っている印象も受けます。また鑑定所が2作目ですでに警察みたいなことをやっているので、3作目は自殺ではなく他殺事件を扱うことになってもおかしくありません。ただしそれでも本作の鑑識家たちには、取るに足らない自殺の裏にある二つとして同じものはない人生の価値を見出してほしいです。

 

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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