2月27日に『夜鶯 ―ある洋館での殺人事件―』という中国のミステリー映画が日本で公開されるらしいです。本作は『揚名立万』(有名になる)というタイトルで、中国では2021年に上映されています。しかし恥ずかしながら、この作品のことを全く知らなかったので、中国の配信サイトで視聴してみたところ、かなり面白かったです。

 

 1940年代の上海、監督、脚本家、俳優ら映画関係者が金持ちの屋敷に招かれ、映画の製作を依頼される。それは数年前に上海の権力者たち――通称「ビッグ3」が殺された大事件を再現するという話だった。監督たちはどんな映画を撮影するか意気揚々と語り合うが、その場には事件の当事者、つまり死刑囚である犯人と刑事まで同席していた。しかも招かれた屋敷も、凄惨な殺人事件が起きた場所だった。すっかり肝が冷えた出席者たちだったが、みんな依頼を断れない事情があり、有名になるために割り切って映画づくりを続ける。一方、犯人もおとなしく協力しているわけなく、とある目的を果たすために脱走を目論む。

 実際に事件があった現場で主人公たちが推理をしたり犯行を再現したりする様子から、本作は中国ではマダミス映画とも言われているらしいです。人が殺されたところで推理ゲームをするなんてと視聴者の不興を買いそうですが、主人公たちは遊びでやっているわけじゃなく、稼ぐために真剣なので、見ていてもあまりそんな気は起きません。しかし物語が進むにつれ、果たしてこの事件に隠された謎があったとしてそれを解き明かしていいのかと躊躇してしまう内容になっています。

 コメディ要素はやや過剰に思えて最初は辟易させられるかもしれませんが、物語がシリアスになりすぎないように調整を加えてくれますし、しかも後半からどんどん強くなるメッセージ性がそれによって受け入れやすくなり、さらに満足感を与えてくれます。「戦前が舞台の中国映画?」と身構えず、ミステリー映画好きなら見ることをおすすめします。

 

 今回は例年通りに、中国の編集者・評論家の華斯比が昨年の中国短編ミステリーを選出しまとめた『中国懸疑推理小説精選』の2025年版を紹介します。

 

福爾摩斯打字機(ホームズタイプライター)(著・張曉傑)

 ジャンルとしてはSFミステリーで、蒸気で動くスマートタイプライターが存在する19世紀ロンドンが舞台。ホームズが滝壺に消え傷心の日々を送るワトソンは、故人の言動そっくりの文章を自動出力するタイプライターを手に入れ、それにこれまで書いた小説を入力し、ホームズタイプライターをつくる。それは『四つの署名』の犯人はメアリー・モースタンだと断言するぐらいポンコツであるものの、試行錯誤を繰り返すうちに本物っぽい言動になり、推理も冴えていく。そんな中、イギリス人が「中国語の部屋」に監禁されるという奇妙な監禁事件が起き、ワトソンは「ホームズ」と共に現場へ向かう。

 スチームパンクもの、ホームズのパスティーシュ、AIによるなりきりチャットをタイプライターで再現するという面白くないはずがない作品。思考実験の「中国語の部屋」は果たして実現できるのでしょうか?

 

鴛鴦蝴蝶探案記(著・趙鍾軒・陳香茗・伊茲小魚)

中国の歴史ミステリーのいちジャンル、民国時代を舞台にしたミステリー。曽祖父が遺した民国時代の日記に書かれた殺人事件を現代の学生が解くという作中作。日記にはとある文化団体の会合中に発生した雪密室と犯人について書かれていたが、後世の主人公たちが調べてみると記述やシチュエーションなどに矛盾点が多々あり、その文化団体や登場人物、さらに殺人事件も史料に記載されていないことから、これは日記ではなく創作物かと見なされた。しかしその日記には歴史に埋もれた大きな真実があり……

 

穿越時空的凶器(時空を超えた凶器)(著・青稞)

 作家が自室で殺された。凶器は部屋にあった鏡の破片。しかし事件があった時刻にその鏡はまだ割れておらず、つまり被害者は鏡が割れる前に鏡の破片が刺さって死んだのだ。その破片は未来から飛んできた?

「第116回:アイディア勝負!中国ポケミス3冊」(https://honyakumystery.jp/25967)で紹介した作品です。鏡を使った時間差トリックにはワクワクさせられます。最後にもう一つどんでん返しが用意されているのもうれしいです。

 

劇本殺中的謀殺案(マダミス殺人事件)(著・公子)

 現代日本が舞台で、登場人物がマダミスに楽しむ様子が延々と描かれるいろいろ今風な作品。東京大学のミステリー小説研究会に端木星という中国人留学生がやって来る。彼女はミス研メンバーに、中国から連れてきた探偵と助手と一緒にマダミスをやろうと提案する。そのシナリオは30年前に東大で三榊朱子と令子が毒殺されたという実際に起きた未解決殺人事件をモデルにしていた。メンバーたちは、どうして外国人の彼女が日本の昔の事件にこんなに詳しいのかいぶかしみながらもゲームを楽しみ、犯人の推理をする。すると事件の背後に日本の大物政治家「阿部真三」の名前が浮かび上がり……

 東大を舞台にしていますが、出てくる事件は中国の清華大学で起きた「朱令毒殺事件」をモデルにしています。だったら最初から中国でやればいいのでは?と思わずにはいられない変わった作品でした。

 

巡星(星めぐり)(著・雪止)

 中国の小さな町に住む少女が昔の洪水で死別した日本人の母の足跡を求めに日本留学を決意し、家族から猛反対に遭う。日本に行く前にこの町に残る母の思い出を探せばと姉から提案された彼女は洪水の時の母との記憶を次第に思い出し……宮沢賢治の詩や童話が作中に次々と出てくる。タイトルも「星めぐりの歌」から取っている。

 

偽証之書(著・逃生大王)

 特殊設定ミステリーで、収録作で一番評価が高い。VRのような世界に迷い込み、犯人当てゲームを強いられる主人公たち。その空間にはなぜか人工呼吸器に体を繋がれている男がいて、いつの間にか機器のコンセントが外れて死んでしまう。主人公たちが原因を探ると、書いた内容が現実になるというノート「偽証之書」を見つける。ノートには、中国語で5文字しか書けない、閉じれば効果も消えるなどの制約が書かれ、すでに一度使用された形跡があった。犯人はこれに「コンセントが抜ける」と書いて男を殺したのではと推理するが、それなら他のコンセントも抜けていないといけない。犯人は誰で、ノートになんて書いたのか。可能性を出しては潰しの多重解決ミステリーが進むうちに、参加者たちの共通点が浮かび上がり……

 

天堂鳥,和死去的星(極楽鳥と死んだ星)(著・流平)

 地球が破滅目前の近未来、とある水泳選手が世界七大海峡横断に挑む。しかしハワイのモロカイ海峡横断達成時に事故で亡くなり、その記録も不正を指摘されて取り消されてしまった。主人公たちは彼の名誉を回復するために、当時の映像などを分析して不正はなかったという証拠を探す。世紀末という大きな背景に大局とは無関係なスポーツを据えて妙な日常感を出している。

 

総評

 今回は粒ぞろいで、特に『福爾摩斯打字機』のようなSFミステリーや、『偽証之書』のような特殊設定ミステリーは日本でも受けると思いました。また『劇本殺中的謀殺案』や『巡星』のような日本関係の作品が中国で書かれているということも、もう少し日本に伝えたいところです。

 

 

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737



現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

◆【不定期連載】ギリシャ・ミステリへの招待(橘 孝司)バックナンバー◆

【不定期連載】K文学をあなたに〜韓国ジャンル小説ノススメ〜 バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー