腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! そして復刊という言葉に興奮してしまう方、おめでとうございます! 原作が映画化され、日本でも無事に劇場公開が決定し、長らく絶版になっていたパトリシア・ハイスミス『殺意の迷宮』(創元推理文庫)が書店に並びました!!

 1960年代、ギリシャの港にアメリカ人の夫婦が降り立った。夫の名はチェスターといい、年は42才。こめかみには白いものが混じり始め、ほんの少し腹回りに肉がついてきてはいるが、押しの強そうな外見のハンサムである。妻のコレットはまだ25才のとびきりの美人。男は魅入られ、女はその少女のような無邪気さに警戒を解く。裕福なカップルの休暇旅行のように見えたが、実はチェスターは名うての詐欺師であり、その犯行が発覚しそうになったため、警察の追求を恐れての逃避行だった。

『太陽がいっぱい』のトム・リプリーを筆頭に、ハイスミスの小説には、自分の犯した犯罪に対する罪悪感が乏しいというか、やった理由を他人のせいにするような人物が顕著に現れます。この物語のチェスターもその一人。自分の詐欺行為であり、被害者が大勢いるにもかかわらず、個々の被害額が少ないことから、そんなはした金のせいで自分がお尋ね者になってしまったと嘆く始末。さしたる展望もなく、このまま欧州に隠れてしまえば……というチェスターの思惑も空しく、運命は悪い方に転がります。突然ホテルの部屋を訪れたギリシャ人の刑事を殺してしまうのです。

 そこから彼らの運命に一人の若者が入り込みます。まさに遺体を隠そうとしていたチェスターと鉢合わせしたのは、米国人青年ライダルでした。祖母の遺産でギリシアに暮らす高等遊民の彼は、助ける義理もなにもないはずが、なぜかチェスターの逃亡に手を貸します。双方ともにその言動を不可解に感じますが、実はライダルはチェスターを初めて見かけたとき、亡き父にそっくりで驚いたのです。ここが読んでいてとても不思議だったのですが、ライダルは25才の設定なので、父親は前年の他界時にはおそらく50才以上であったと推測されます。口髭をたくわえた見知らぬ男が40代の頃の父とそっくりにあごひげを生やした姿を容易に想像できるというのは、よほど父親を意識しているとしか思えません。

 話に戻りますと、見知らぬ男から突然の助け、しかも金銭も要求しないという申し出に当然いぶかしんだものの、もう後戻りはできないチェスターは、ライダルの計画に乗ることに。ここから3人の奇妙な逃避行が始まります。よくある設定だと、ライダルはチェスターをゆすり、美しい妻を横取りする目的で行動をともにすることとなるでしょう。しかしそこはハイスミス、理屈で推し量れない人間の感情や矛盾点を巧みにあやつりながら、3人の男女をじわじわと悲劇に追いつめます。

 ではなぜライダルは、得にならないどころか自分も共犯で捕まるかもしれないリスクを背負ってまで、赤の他人の男を助けるのでしょうか。

 文中では、手伝った理由はチェスターと父がそっくりだから、妻のコレットにも興味があるにはあるが、どうこうしようという下心はさらさらない、とあります。一方コレットは、世間知らずの小娘のように最初は描かれますが、実は夫の裏の顔も承知の上で、冷静にピンチを切り抜けるしたたかな女性です。逆に夫であるチェスターが妻のそういう面に気づいていないうえ、絶対にライダルは妻目当てだと思い込むことから疑心暗鬼におちいり、やがて取り返しのつかない事件が起きるのでした。

 今や彼はある意味でチェスターにひきつけられていた。(文中より)

 同様に、チェスターも取り憑かれるようにライダルのことを考えずにはいられなくなります。ライダルのチェスターに対する軽蔑、そしてチェスターがライダルに対して抱く妄執が強くなればなるほど、二人の間は狭まっていくようです。互いの破滅を見届けるためだけに離れられない二人は、まさに運命のパートナーズ・イン・クライム。この痛々しい関係が愛といえるかどうかは、ラストの解釈で決まるのではないでしょうか。

 最後に自身の感想を書かせていただくと、実は父親とチェスターはそれほど似ていなかったのではないかと思いました。人は新しい知り合いに対し、別の知り合いとの相似点を見つけることで早く打ち解けるといわれます。運命の糸に導かれ出会ってしまった相手を父親の面影と重ねることで、いやおうなしにひかれていく自分を正当化しようとしたのではと……。

20150315100224.jpg

 さて、そんな濃厚な三角関係が映画化されたらどうなるか。『ドライヴ』の脚本を書いたイラン出身のホセイン・アミニ監督の初長編作は、邦題を『ギリシャに消えた嘘』として4月11日から全国ロードショーが決まりました。

20150315100225.jpg

 チェスターを演じるのは『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセン、ジェフリー・ユージェニデス『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』の映画化『ヴァージン・スーサイズ』にも出ていたキルスティン・ダンストが妻コレットを、そしてライダルは『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』の主演で高い評価を受けたオスカー・アイザックが演じています。特に、濃い眉と描写されたライダルにアイザックのイメージはぴったりです。

20150315100226.jpg

 キャラクターをよりはっきりさせるためか、映画版のライダルは観光地のガイドをしつつちょっとした軽犯罪で糊口を凌ぐという、やや後ろ暗い面がある設定になっています。チェスターはおおむね原作通りですが、妻コレットはいわゆるビッチではなく、品がよくおとなしい妻に変えられており、真面目な分だけ逆に神経を病みやすいタイプとして描かれています。

 何カ所か細部の脚色はあるものの、原作の持ち味を生かした心理サスペンスに仕上がっています。見所の一つはギリシャでのロケです。パルテノン神殿や古代遺跡での撮影は、『ナイル殺人事件』『地中海殺人事件』といった作品を思い出させてくれます。また、リアリズムが主流の昨今、劇中に流れるサスペンスフルなBGMや効果音がいい意味で懐かしく、豪華な衣装や凝った小道具も含め、古き良きミステリー映画をほうふつとさせます。96分という上映時間もいいですね!

 デヴィッド・フィンチャーによる『見知らぬ乗客』のリメイクも含め、ハイスミス作品はこれから続々と製作が決まっていますが、まずはこちらの原作&映画をぜひ!


D

■ タイトル:『ギリシャに消えた嘘』

■ 公開表記: 4 月11 日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開

■ 配給:プレシディオ

■ ©2014 STUDIOCANAL S.A. All rights reserved.

■ 公式HP : http://www.kieta-uso.jp/

■ レイティング: G

 監督:ホセイン・アミニ(『ドライヴ』脚本) 原作:パトリシア・ハイスミス 「殺意の迷宮」(創元推理文庫)

 出演:ヴィゴ・モーテンセン、キルスティン・ダンスト、オスカー・アイザック

 2014年/イギリス・フランス・アメリカ/英語・ギリシャ語・トルコ語/カラー/DCP/シネスコ/96分/

 原題:The Two Faces of January

 配給:プレシディオ 協力:VAP ©

 公式HP:http://www.kieta-uso.jp/  Twitter:@presidio00  Facebook:/presidio.co

 えー、ヴィゴ・モーテンセンならアラゴルンでしょ!! と疑問を持たれた方……その通り! というわけで、連載20回目を記念して(?)ここで便乗宣伝させてください!

 現在発売中の別冊映画秘宝『ロード・オブ・ザ・リング&ホビット 中つ国サーガ読本』(洋泉社MOOK)で、偏愛キャラ萌えエッセイ(?)として、ガンダルフとサルマンの二大美老人について語りたおしました! なんとあの荒俣宏先生のロング・インタビュー他、原作と映画の徹底比較等、スマウグの吐く炎のごとく熱い内容ですので、ご興味のある方はお手に取っていただけると嬉しいです。

♪akira

20130409071809.jpg

  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー