前回、中国のミステリ小説家・亮亮『季警官的無厘頭推理事件簿』のレビューを発表し、閲覧者の何人かはきっと現代中国のミステリ小説に興味を持ってくれたかと思います。今回は先日ウィーチャット(中国のLINE)を使って亮亮にインタビューをした内容を載せます。皆さんにはこのインタビュー内容を通じて中国ミステリ小説業界の側面を知ってもらえたら幸いです。

最初はユーモアミステリではなかった

阿井『季警官的無厘頭推理事件簿』(以下、『季警官』)の作者紹介で2011年から執筆を始めたとありますが、雑誌に掲載されたのはいつからですか?

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亮亮:最初はユーモアミステリを書く気はなくて自分のスタイルも確立していなかったから、スプラッタ要素のあるミステリを書いていたよ。2012年からユーモアミステリを書き始めて、その処女作の『嫁禍』は2013年2月号の『超好看』【※1】に掲載された。今は版権を磨鉄図書【※2】に売っちゃったけど、百度の『超好看』スレでならただで全文読むことができるよ。

阿井:そもそも何故ミステリ小説を、それもユーモアミステリジャンルで書こうとしたんですか? アガサ・クリスティ横溝正史ぐらいしか読んだことがなく、東野圭吾【※3】の名前すらも知らなかったと言っていましたが。

亮亮:最初は武侠小説を書いていたんだけど、雑誌社の編集者にミステリの転向を勧められたんだ。その時は、どっちも死者が出るんだし大した違いはないなって考えたし、そもそも武侠小説には金庸先生って大御所がいるから、とりあえずミステリを書いてみたんだ。そしたらミステリにはいろんな書き方があって頭を捻ってトリックを考えなきゃいけないって事実に直面してね。

 新人としてトリックにこだわってもすでにデビューしている多くの作家には敵わないなって思って、コメディ路線に走って殺人事件を笑い話に仕上げたんだ。もちろん編集者・華斯比【※4】の勧めもあったけどね。

阿井:やはり中国ミステリには金庸のような有名な作家はいませんか?

亮亮:実は中国ミステリはあまり読んだことないんだ。ただし、国外と比べて中国のミステリはその始まりも発展も遅かったと思うよ。普通の読者もそういう認識だと思う。欧米の作品は日本のより良いし、日本の作品は台湾のより良い、そして台湾の作品は大陸のより良い。って思っているよ。

阿井:最初は『超好看』に投稿したとのことですが、ミステリ作品を投稿するなら普通は『推理』【※5】や『最推理』【※6】などを選びませんか? 『超好看』は確か武侠ものや盗墓ものしか掲載されていないと思いますが。

亮亮:『嫁禍』は当時まだ『懸疑世界』【※7】の編集者だった華斯比に見せたところ凄い受けが良かったんだ。でも文字数が4万字もあったし、新人ってこともあって結局『懸疑世界』には載らなかったんだ。それから華斯比が『超好看』の編集者に推薦してくれて掲載されることになったんだけど、なんでミステリ専門誌に推薦してくれなかったのかと言うと原稿料の問題だったと思う。当時の『超好看』の原稿料は1,000文字1,000元だったからね。編集者も面白いと思ってくれたし、『ユーモア+ミステリ』形式は中国国内ではまだ珍しかったから、最終的に文字数を大幅に削られた作品が載ることになったよ。

 それに『超好看』は別に何かの専門雑誌ってわけじゃないから、ミステリ小説が載っていても不思議なことじゃないよ。ちなみにミステリ専門誌には2011年11月号A版の『推理世界』に『還魂夜』ってミステリが掲載されたな。読者の反応も良かったんでそれから『推理世界』には何回か作品が掲載されたな。2014年9月号A版には『季警官』シリーズの『凶手還没出手就死了』(犯行に及ぶ前に犯人が死んだ)が掲載されたし。

【※1】サスペンス、盗墓、ホラー、SFなど様々なジャンルの作品が掲載されている月刊誌。

【※2】超好看の雑誌を創刊し、ネット小説サイトを経営している会社。

【※3】恐らく中国で一番読まれている日本人ミステリ小説家。2010年の外国作家富豪ランキングでは10位にランクインした。

【※4】評論家であり、過去に『懸疑世界』や『漫客懸疑』の編集を担当した。『季警官』に序文を寄せている。

【※5】中国のミステリ専門誌。

【※6】中国のミステリ専門誌。

【※7】著名なサスペンス小説家・蔡駿が編集長を担当している雑誌。

東川篤哉への注目

阿井:『季警官』シリーズの『堕楼要在卒業前』(飛び降り自殺は卒業の前に)は東川篤哉の有名小説のパロディだし、『銀行劫匪X的被迫献身』(銀行強盗Xのやむを得ない献身)東野圭吾のアレだし、こういうタイトルは自分で付けたんですか。

亮亮:最初は全然違うタイトルだったんだけど、2014年に本を出版する時に華斯比からタイトルが普通すぎるって言われて付け直すことにしたんだ。当時東川篤哉のおかしなタイトルの作品はすでに大陸のミステリ読者に深い印象を与えていたから、華斯比に東川篤哉っぽいタイトルを付けた方が良いんじゃないかって提案されたんだ。

 あと『小偷・警察・我的銭包』(泥棒と警察と私の財布)乙一『夏天・煙火・我的尸体』(夏と花火と私の死体)のパロディだし、『凶手還没出手就死了』(犯行に及ぶ前に犯人が死んだ)蒼井上鷹『偵探一上来就死了』(最初に探偵が死んだ)で、『只有騙子知道』(詐欺師は知っていた)仁木悦子『只有猫知道』(猫は知っていた)のパロディだったりする。

阿井:序文の内容からも東川篤哉を非常に意識しているように感じられますが。

亮亮:創作を始めたばかりのときは中国国内に似たようなジャンルがほとんどなくて何を見習ったらいいかわからなかったんだけど、東川篤哉のユーモアミステリ小説が大陸に来てから少なからず啓発されたんだ。ただし、『季警官』シリーズと東川篤哉の作品は作風がまるっきり違うよ。『季警官』シリーズは社会風刺を込めているし、サスペンスミステリの皮を被った風刺小説とも言えなくもない。

阿井:『季警官』も初版7,000部から180万部のベストセラーになった『謎解きはディナーのあとで』(以下、『謎解き』)のように売れたいですか。この本もネットの口コミで中国のミステリ読者に浸透していっているようですが。

亮亮:そりゃ当然。初版の数だけ比較すると『季警官』はもう東川先生の『謎解き』を超えているからね。中国国内の他のミステリ小説と比べると、この本の売上はなかなか良いよ。それに最近はいくつかの映画会社から映画化の話が来てるんだ。

阿井:昔路上で野菜を売っていたと聞きましたが、その経験は創作活動に活かされていますか。

亮亮:野菜売りじゃなくて夜市ね。ショバ代を払わせられたよ。この経験を元にした作品は『季警官』の2冊目に収録する予定だ。

阿井:ところで今は働いているんですか? 中国には現在、専業のミステリ小説家はいないみたいですが。

亮亮:今はまだぶらぶらしてるね。東川先生も有名になる前はずっとアルバイトをしていたって聞くし。

阿井:じゃあ将来的に専業作家になろうと考えていますか。

亮亮:日本のミステリ小説家はみんな専業なんでしょ。中国のミステリ小説家はほとんど兼業だけどね。専業にはなってみたいけど、餓死しないか心配だな。

阿井:『季警官』シリーズの2冊目を準備しているとのことですが、将来的に自分の作品を海外に出版することを考えていますか? 日本語に翻訳された中国ミステリは実際少ないですが。あと、中国のミステリ市場はまだ小さいと思うので、もし有名になるのであれば直接海外(欧米や日本)で出版した方が良いと思いますが。

亮亮:当然出版したいけど、まずは台湾や香港で繁体字版を出して様子を見てから日本で出したいね。でもゆっくりやることになると思うよ。それに、まずは中国大陸で出版することが大事だよ。

阿井:『華文推理大賞賽』【※8】や『島田荘司推理小説賞』【※9】などには参加されないんですか。

亮亮:何かの賞で大賞を獲るよりも全ての賞に落選したっていう方が面白くない? どっちにしろ虚名だし、参加しない方が手間が省けるよ。

阿井:確かに今の中国ミステリ業界では大賞を獲っても特に宣伝効果はないかもしれませんね。中国ミステリ業界でデビューしたばかりの若手作家として業界に対し何か希望とか不満とかありますか。

亮亮:原稿料が安すぎるってことかな。

阿井:例えば『推理』の原稿料は1,000文字/100〜150元ぐらいですね。じゃなくて、宣伝方面ではどうですか。書店のベストセラーコーナーを見ても並んでいるのは国外ミステリばかりで、出版社の努力が足りないと思うんですが。

亮亮:図書市場全体が縮小されているからしょうがないよ。でも中国国内のミステリの状況は二年前よりだいぶ良くなっていると思うよ。周浩暉、雷米、秦明【※10】とかは自分のブランドを確立しているし。

阿井:鬼馬星【※11】もそうですね。でも彼らはミステリ小説家というよりサスペンス小説家というべきじゃないでしょうか。

亮亮:だね。読者の多くもそう思っているよ。

【※8】ミステリ専門誌『推理』が主催する文学賞。現在第3回目を開催中。

【※9】台湾で行われている中国語を対象にした文学賞。現在第4回目を開催中。

【※10】いずれも中国で有名なサスペンス小説家。周浩暉は『中国の東野圭吾』と呼ばれている。

【※11】『中国のアガサ・クリスティ』と呼ばれているミステリ小説家。

今後について

阿井:中国と日本のミステリ小説家で好きな作家はいますか。

亮亮:日本なら横溝正史東川篤哉かな。横溝正史は社会的背景にストーリーを入れ込むから読んでいるときまるで自分も当時の歴史の中にいる みたいになるよ。この書き方は中国の金庸先生そっくりだと思う。

 中国ミステリでなおかつ本格のジャンルなら時晨、段一、何慕【※12】かな。中国ミステリはあまり読んだことないから、仲の良い作家の名前を上げさせてもらったよ。

阿井:次はどういう作品を書くつもりですか。

亮亮:今書いているのはけっこう本格なミステリ小説でタイトルは『把自己推理成凶手的名偵探』(自分の推理によって犯人になる名探偵)っていう、馬鹿な探偵ともっと馬鹿な犯罪者の話だよ。

 ユーモアミステリのジャンルだけど『季警官』シリーズで使った風刺は止めて、代わりに『謎解きは』のツッコミ形式を取っている。そして『放課後はミステリーとともに』のように学校を舞台にしている話が多いから、その2作の合体作品とも言えなくもないかな。

阿井:具体的にはどういう作品何ですか。

亮亮:探偵が馬鹿でね。事件を解決するときに、いっつも自分を犯人だと誤解させる推理を偶然してしまって最後は警察に引っ張られるんだ。本作において探偵の最大の敵は犯人じゃなくて警察だ。普通のミステリ小説なら間違った答えを出すのは探偵の助手の仕事だが、この作品では逆になっている。

阿井:ミステリ小説の構造を熟知しているようですね。だからそれを壊してユーモアミステリを書くことができる。

亮亮:逆から書いていけばできると思うよ。模索しながらゆっくり書けばいいんだ。普通とは違うものを書くには探求し続けるしかないよ。

【※12】いずれも有名ではないがすでに著作を出版している若手ミステリ小説家。

終わりに

 80後(1980年代生まれ)の亮亮は確かに若手の作家ですが質問の答えがどれも落ち着いていました。小説をどうやって書けば読者の興味を惹きつけ、読者を楽しませるかってことがわかっているようです。彼は今、ユーモアミステリを書いていますが、もし将来ユーモアミステリよりもっと面白いネタを見つければ、それをもとにしてさらに良い小説を書くでしょう。

 今後はこのように作品だけではなく作者の声なども配信していきたいと思います。

 なお、今回のインタビューには白樺香澄さんから質問内容を提供していただきました。ご協力ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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