今回取り上げる作家は、ロサンジェルスを舞台にちょっと変わった私立探偵小説を書いているマイケル・クレイヴンです。
ホームページによると、著者は広告会社に勤務した後フリーランスのクリエイティブ・ディレクターとして独立、その傍らでこれまでに Body Copy(2009)、The Detective and the Pipe Girl (2014)と二冊の長編を上梓しています(後者は2015年シェイマス賞最優秀ペーパーバック部門及びネロ・ウルフ賞候補)。
デビュー作の Body Copy では、かつて〈インセイン(狂気の)・トレメイン〉と呼ばれた元プロサーファーの私立探偵、ドナルド・トレメインのもとにある依頼が舞い込む。
それは一年前に起こったロジャー・ゲイル殺人事件を調査してほしい、というもので、依頼主は被害者の姪であるニナだった。広告代理店〈ゲイル/パーカー〉を創設したゲイルの遺体は本社ビルで発見され、死因は絞殺と断定されたものの手がかりが乏しく、警察の捜査も行き詰っていた。
警察の友人、ロペスから捜査資料を入手したトレメインは先ず〈ゲイル/パーカー〉の社員たちから事情聴取するが、目新しい発見はない。次にゲイルの妻イヴリンと義理の息子フィリップに会ったものの、二人ともゲイルが殺されたのは痴情のもつれからではない、と強調する。
その口振りに疑問を抱いたトレメインは、捜査を担当したピーターソンに会う。
アトランタに移っていたピーターソンはゲイルの愛人、ウェンディの存在を突き止めていたこと、更にはウェンディの事情聴取を行っていながら、フィリップから金を受け取ってそのことをもみ消していた、と語る。
ロサンジェルスに戻ったトレメインはすぐにウェンディに会うが……。
二作目の The Detective and the Pipe Girl は、私立探偵ジョン・ダーヴェルの事務所の場面から幕を開ける。
ハリウッドで確固たる地位を築いている映画監督、アーサー・ヴォンスのアシスタントと名乗る大男に請われ、ダーヴェルはヴォンスの自宅を訪ねる。そこでヴォンスから、かつて不倫関係にあった女優の卵、スザンヌ・ニールを探してほしいと依頼される。
よりを戻すつもりはないが音信不通になって久しく、一度だけでも会って話をしたい、とのことだった。
オーディション会場を渡り歩いたものの、俳優仲間からの情報を得られなかったダーヴェルは、次に不動産業を営む友人から新築コンドミニアムの情報を入手する。
問題の建物を見張っていると、人気俳優のジミー・イエーツが変装した姿で玄関から現れた。更に監視を続けたダーヴェルは、そのコンドミニアムにスザンヌが住んでいることを確認し、ヴォンスに報告を済ませる。
しかし数日後、彼女は死体となって発見される。気落ちしているヴォンスを見かねたダーヴェルは、自ら事件の調査に乗り出すが……。
Body Copy は主人公が発生から一年が経過した殺人事件に挑むという、どちらかというと地味な内容です。しかし良い意味で力が抜けており、実に淡々とした衒いのない佳作に仕上がっています。
読みやすい文章に二転三転する物語の面白さが加わり、デビュー作品としては高い水準といえます。
特に自分の直感を信じて行動するトレメインの描写が新鮮で、論理的に推理を進めるだけではなく、「何か腑に落ちない」という感覚を重視して一見突拍子もない結論を導くあたりは鮮烈な印象が残りました。
二作目の The Detective and the Pipe Girl は途中でデビュー作と同様の作風であることが理解出来たものの、最初は主人公の語り口に全く馴染めませんでした。
ダーヴェルは改修された倉庫に事務所を構え、そこに卓球台を置いているという個性的な設定の上、自意識も過剰気味であらゆることに関して「ああでもない、こうでもない」と細かく論評します。
それに加え、冒頭では劇的な展開もなく淡々と物語が進むため、なかなか読書のスピードは上がりません。
しかしスザンヌを見つけたあたりから物語の流れが徐々に勢いを増し、また語り口にもようやく慣れたおかげか、それまでの印象が一変して、途中で投げ出さなくて良かった、としみじみ思いました。
Body Copy と似たような作風であるもののそこに安住せず、新しい何かを開拓しようという著者の意志が伝わってくる作品です。
デビュー作の頃には大手広告代理店に勤務していた著者ですが、その後独立して忙しくなったせいなのか、五年目にしてようやく二作目を読むことが出来ました。三作目は来年か、せめて再来年くらいには読めると嬉しいのですが……
寳村信二(たからむら しんじ) |
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20世紀生まれ。遂に『The Next Generation—パトレイバー』シリーズの集大成、『首都決戦』(監督:押井守)を今年の五月に鑑賞。 |