全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
今回ご紹介するのは4月に開催された当HP主催コンベンションのビブリオバトル優勝作、ハラルト・ギルバース『ゲルマニア』(訳:酒寄進一/集英社文庫)なんですが、担当編集Sさん(女性)から「このコーナーにうってつけ」とお墨付きをいただいたという、連載始まって以来、初の公式腐認定作品でございます!! <それは誇張しすぎ!
1944年5月7日未明。やまない空爆とスターリングラード攻防戦の敗北で、一般市民の軍への信頼が失墜しつつあるベルリン。リヒャルト・オッペンハイマーの寝室に突然現れた人影は、なんと親衛隊情報部員でした。
かつては凄腕の殺人捜査官として名を馳せたオッペンハイマーは、アーリア人の妻がいるため強制収容所に送られずに済んでいますが、ユダヤ人であるがゆえに公職を解かれ、今は工場できつい仕事についています。情報部員の車で連れて行かれた先に待っていたのは、フォーグラーSS大尉と名乗る親衛隊の将校と、女性の惨殺死体。慰霊碑の残骸前に横たわった無残な死体を見せられたオッペンハイマーは、久しぶりに刑事の血がたぎるのを感じます。
有名な連続殺人鬼を逮捕した実績があるにしても、ユダヤ人の彼をこの猟奇殺人事件の担当に推薦したのは、驚いたことにナチのエリートであるフォーグラー大尉でした。空襲で一緒に逃げ込んだ防空壕の中で、捜査に協力するか決断を迫られるオッペンハイマー。断ればどんな目にあうか、受けたところでこの先どんな運命が待っているかを考える余裕もなく、自分より年下のナチ将校と組んで捜査を開始します。
この小説の一番の読みどころは、謎解きよりも、主人公と相棒の特殊な関係と、戦時下のベルリン市民の生活描写だといえましょう。実は今回原稿を書くにあたり、本場の助っ人をお願いしました。当HPでもおなじみのマライ・メントラインさんです!! しょうもない質問に詳しく答えてくださったマライさん、本当にありがとうございます!
まずはドイツ国内での評判について伺うと、独Amazonの読者レビューによれば、「歴史考証の正しさ」や「当時の空気感がよく表現されている」ことについて最も評価が高いとのこと。作者のギルバースは1969年生まれなので、学校で教わる以外にも、祖父母や親戚から戦時中の経験が語り継がれているのだと思いますが、そのていねいで詳細な描写によって、映像を観ているような印象を受けました。第二次大戦のドイツというと、ナチ党と迫害されるユダヤ人、という大雑把なイメージしか思いつかない筆者でしたが、ページを繰るごとに複雑な社会背景が鮮やかに浮かび上がり、世代や国籍を超えて、戦争のおろかさや悲惨さをあらためて深く感じました。
……と書くと、なにかすごくまじめで暗い物語なのかと敬遠する方もいるかもしれませんが、いえいえそうじゃないんですよ! まずはミステリの部分に目を向けますと、がれきの下から死体を掘り起こすのが日常茶飯事となっているご時世では、殺人犯なんか探してもしかたないと思われても無理からぬこと。小惑星衝突による世界の終わりが目前に迫る中、淡々と殺人事件の捜査にあたる刑事を描いた特異なSFミステリ、ベン・H・ウィンターズ『地上最後の刑事』(ハヤカワポケットミステリ)という作品もありましたが、「そこに山があるから登る」ように、「そこに事件があれば犯人を捕まえる」という全世界共通の普遍的な刑事魂にもご注目。そういえばオッペンハイマーが取り調べの手本にしている警視をブッダのようだと褒めているのですが、日本の刑事ものでも「仏の○○さん」ってよく出てきますよね。
さらに本作は、ユダヤ人である主人公にとっては聞き込みも取り調べも、さらには相棒との会話でさえも、ひとつ間違ったら生命の危機! そんなつなわたり状態が、突然の敵機襲来と同じぐらいのサスペンスをもたらしています。特に、ヒトラーユーゲントの少年たちが出てくるくだりはかなり怖いです。
では皆様お待ちかねのバディ要素はどうなのでしょうか。まず主人公のオッペンハイマー、年齢も身長も不明ですが、多分30代後半以降と推測。アーリア人種の特徴が濃いというので、おそらく金髪で碧眼なのでしょう。一方のフォーグラー大尉はというと、連続殺人鬼の現場写真を見ても眉一つ動かさないように、いかにもSS所属という感じの冷静で血も涙もないイメージですが、外見はアッシュブロンドだとしか記述がないため、そこは皆様の妄想力で思いきり盛っていただくとよろしいかと思います。
しかしこのSS大尉のエピソードが、どれもこれもツンデレ感炸裂でめまいがしそうなんですよ!! まず二人がほぼ初めて顔を合わせるシーン。フェンシングの練習を終えた大尉が、はずむ足どり(なぜ?)でオッペンハイマーを連れていった場所は男子更衣室。わざわざ全裸になって元刑事のまわりを一周するこの人はいったい……。
捜査が進むにつれて濃厚になるオッペンハイマー先輩と後輩フォーグラーのドキドキする関係は、全腐女子を容赦なく一斉掃射! 実はオッペンハイマーは、当時薬品として流通していた覚せい剤ぺルビチンを常用していたのですが、ある理由で彼から残りわずかな数錠を譲ってもらった大尉は、お礼に大量のぺルビチンをプレゼント!<ダメ!ゼッタイ! そんな中でも突出して破壊力が高いのはフォーグラー大尉の言葉づかい。
「そうしたまえ」
「また必要になったら言いたまえ」
「これにメモ用紙を貼りたまえ」
語尾が「たまえ」ですよ!!! 命令しながらもちょっと弱腰にも取れる、このえもいわれぬリリカルな味わい深さ(笑)。大尉のツンデレっぷりが手に取るようにわかります! ありがとうございます酒寄先生!! 特に三番目のセリフは超ウケました。細かいよフォーグラー!(笑)
オッペンハイマーはというと、捜査が続いている間はSSの保護下で死なずにはすむので、生き延びるためにも多少のことには目をつぶって協力しているのですが、それでもたまにチクチクと大尉の捜査方法にケチをつけたりするあたりが萌えどころかと!
数々の妨害により捜査が進まない中、爆弾はナチとユダヤ人の区別なく落ちてきます。しばらく前からオッペンハイマーに対して、自分でもうまく説明できない感情を抱いていた(原文ママ)フォーグラー大尉と、冷血なSS将校が意外に夢想家で、もしかしたら善良な一面もあるのでは、と思い始めるオッペンハイマー。この奇妙な感情で結ばれた二人は、ラストまで無事生き延びられるのでしょうか。ぜひ本作を読んで確かめてくださいね!
マライさんにも「この本を読んで思い出した映画は何か」とお聞きしたところ、意外なことに『マイノリティ・リポート』(2002年/米)とのお答えが。「ナチスの理不尽さというのはSF的なレベルに達しているという感覚的な前提から、ディック原作SF映画的な世界観と展開を連想した」とのことで、非常に納得しました。だって、「捜査が終わるまでユダヤ人であることを免除する」なんて、何をどう考えても意味不明な理不尽さでしかありませんから!
では、私はデンマーク映画『誰がため』(2008年)を。『ゲルマニア』と同時期の1944年にドイツ占領下のコペンハーゲンでナチに対する抵抗活動をしていた実在の人物、フラメンとシトロンの物語です。監督はオーレ・クリスチャン・マセン、出演はトゥーレ・リントハートと、みんな大好きマッツ・ミケルセン。地下組織の指示で、ナチに協力している自国要人の暗殺を請け負っていたフラメンとシトロン。ある日、掟にそむき標的と会話したことで組織に疑いの気持ちが芽生えはじめたフラメンは……。
実行役の若いフラメンを年上のシトロンが車中で待機し、連れて逃げる役割なのですが、これがまさにレジスタンス版『真夜中の相棒』! 冷静に、そして確実にターゲットを仕留めるフラメンと、家族を捨てても祖国のために使命を全うするシトロン。時代に翻弄された二人の生涯は、凄絶な銃撃戦で幕を閉じます。滝廉太郎メガネをかけたシトロン役のマッツ、ファンの方は必見です!
そして最後にオマケ情報。
実は筆者は昔からドイツ軍が出てくる映画を観るたびに、なぜ必ずといっていいほど黒いアイパッチの将校が出てくるのかずっと疑問に思っておりました(『鷲は舞いおりた』のラードル大佐とか)。『ゲルマニア』でも眼帯ハゲのSS上級大佐が出てきたので、これはやはりマライさんにお聞きせねば!と伺ったところ、
あの時代の「黒いアイパッチ」は基本的に、「第一次世界大戦時の戦傷・国家的義務を抜きん出て尽くした証」であるケースが多いです。そういう「文化」があって、やはりマチズモと関係します。「オトコの勲章」みたいなものですね。
と、懇切丁寧にお答えいただきました! なるほど!!!! 『ワルキューレ』で負傷して片目を失ったシュタウフェンベルク大佐が退院する際、用意された義眼を入れなかったのはそういう意味だったんですね。長年の疑問が氷解しました! マライさん、今回は本当にありがとうございました!!
♪akira |
---|
BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。 Twitterアカウントは @suttokobucho |