度重なる高温注意報に危機感を覚える今日この頃ですが、みなさま、ご無事ですか?

 こんなに暑いのに、高校野球なんてできるの? 真夏の東京でオリンピックなんて無謀なのでは? まあ、それは今さらどうすることもできませんが、とにかく熱中症対策はぬかりなくしたいものです。日焼け対策もね。

 暑い日は涼しいお部屋で読書がいちばん。では、今月もお気楽にいってみましょう。

■7月×日

 やさぐれた少年@秘密基地、といった感じのいかにもYAっぽいカバーイラストから、胸キュンミステリなのかな?と思いきや、帯で「ぼくには連続殺人犯の血が流れている、ぼくには殺人者の心がわかる」とカミングアウトしているバリー・ライガの『さよなら、シリアルキラー』。主人公がシリアルキラーの息子という、異色の青春ミステリらしい。

 殺人事件の現場付近にひそんで様子をうかがう十七歳の少年ジャズ。被害者の死体を見たジャズは、これは連続殺人だと保安官に訴える。彼にはわかるのだ。シリアルキラーの父親ビリーから殺人の英才教育を受けてきたから。

 ぞっとするような設定だ。

 父親は百二十三人(数え方によっては百二十四人)を殺して服役中のシリアルキラー。いつのまにかいなくなった母親。幼い頃から殺人鬼の心得をたたきこまれてきたせいで、自分のなかの化け物がいつ目覚めるのかと苦悩する日々。

 壮絶すぎる。

 なのに、不思議と暗くない。ジャズには親友ハウイーと恋人コニーがいるからだ。三人がじゃれている場面にはほのぼのした空気が流れる。それぞれのやり方でジャズを心から理解しているふたりがいてくれて、ほんとうによかったよ。

 わたしがいちばん好きなのは、ジャズがおばあちゃんにマカロニチーズを作ってあげるよ、という場面。エルボマカロニの代わりにファルファッレ、ガーリックブレッドのパン粉をかけて、ロマーノチーズをチェダーチーズに足して、おばあちゃん好みのマカロニチーズを作るジャズ。

 認知症気味でショットガンを振りまわす危険な祖母の世話をするのは、それなりに魂胆があってのことなのだが、どんなに壊れていても(いや壊れているからこそ)肉親である祖母のことがやっぱり放っておけないのだろう。

 毎日食事を作って食べさせる。愛がなくちゃできないことだよね。たとえ、憎くてたまらない父親ビリーを産んだ人であっても。そしてそれは、シリアルキラーのビリーと自分に流れる血の絆を認めることにもつながる。やれやれ、この子は悪くないのにねえ。と、読みながら思わず近所のおばさんになってしまうほど、いい子なのだ、ジャズは。

 本書は三部作の一作目。どこかハンニバル・レクターのような風格さえあるビリーの今後の動向が気になります。父子の対決は「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーVSルークのようでもあるな。負けるなジャズ! ダークサイドに堕ちるなよ!

■7月×日

 ピーター・メイの『忘れゆく男』は、第2回で紹介した、『さよなら、ブラックハウス』の続編。これも三部作です。

 息子を事故で失ったことにより関係がギクシャクしていた妻と離婚し、エディンバラ市警を辞め、故郷のルイス島に戻ってきたフィン。前作の事件によりあらたな関係を築くことになった元恋人のマーシャリーや、その息子フィオンラッハらと恐る恐る接しながら、第二の人生を見つけようとしていたフィンのもとに、島の刑事ジョージ・ガンから捜査協力の要請が。泥炭地で発見された湿地遺体と、マーシャリーの父親トーモッド・マクドナルドのあいだに血縁関係があることがわかったのだ。しかし、トーモッドは重度の認知症。家族のことすらわからないありさまで、とても捜査には協力できない。フィンはトーモッドの介護を手伝いながら、彼の過去を調べはじめる。

 いやー、切ない。

 とくに、認知症のトーモッドの視点で描かれる、「忘れゆく男」の章。

 ここはどこだ? こいつはだれだ? 今自分は何をしていたのだろう? 現在の記憶はあいまいだが、幼い頃や若い頃のことははっきりと覚えている。意識が過去のさまざまな地点に飛んで、当時の出来事を追体験し、それによって読者は真実を知ることになる。

 半世紀まえに何があったのか?

 そもそもトーモッドとは何者なのか?

 この構成はうまいなあと思う。うまいけど、切ない。これだけのことを経験しながら、これだけの思いがありながら、「忘れゆく」ことになるとは。

 そしてフィンがね、このトーモッドにすごくやさしいんですよ。肉親でもないのに。元妻の母親の介護を経験しているからなんだけど、それがまたなんとも切なくて……

 それにしてもルイス島、あいかわらず過酷な島だ。でもフィンにはわがふるさとなんだよなあ。ルイス島の知られざる歴史には今回も驚かされた。五十年以上たっているのに、顔立ちがはっきりわかるほど保存状態が良好な湿地遺体とか、昔の孤児院の生活とか。まだまだ壮絶な歴史エピソードがたくさんありそう。

 一作目とはまるでちがう時代とちがう事件を扱っているけど、人間関係を把握するためには、できれば一作目から読むのをお勧めします。

■7月×日

 リース・ボウエンの貧乏お嬢さまシリーズが好き。正式なシリーズ名は〈英国王妃の事件ファイル〉ね。シリーズ第四弾となる『貧乏お嬢さま、吸血鬼の城へ』では、貧乏お嬢さまジョージーがルーマニアのお城で事件に巻きこまれます。

 貧乏だけど曲がりなりにも王位継承者(継承順位は三十四番目だけど、もうすぐ三十五番目になりそう)のラノク侯爵令嬢ジョージアナ(ジョージー)は、英国王室を代表してルーマニア王家の結婚式に出席することになり、吸血鬼伝説の残るブラン城へ向かう。花嫁のルーマニア王女は教養学校時代の学友で、ぜひジョージーに花嫁付添人になってほしいというのだ。

 吸血鬼伝説発祥の地である串刺し公ヴラドの城、城壁をよじのぼるマントの男、動く甲冑、肖像画とそっくりな美男子……不気味な要素てんこ盛りのなか、殺人事件まで起こってしまい、ジョージーは吹雪に閉ざされた山奥の城で、謎解きのスキルを披露することに。

 いかにも何かやらかしてくれそうな臨時雇いのメイドのクイーニーの、期待を裏切らないすがすがしいほどの無能ぶりと、憎めないキャラがすばらしい。本書でいちばん印象的なキャラだろう。

 お目付役として旅に同行するレディ・ミドルセックスの押し出しの強さと、その同行者であるミス・ディアハートの小心さのギャップもおもしろいし、結婚するルーマニアの王女とブルガリアの皇太子をはじめとする、ロイヤルな人たちも何やら訳アリな様子。

 ルーマニアの雪深い山の上にある城だというのに、ジョージーの恋人ダーシーやパーティ好きの親友ベリンダ、元女優の恋多き母など、おなじみのキャラがなぜか一堂に会しちゃうのもウケる。

 でもって、やっぱダーシーすてき。いつでもどこでも何があっても助けにきてくれるスーパーマンみたい。ルックスも中身もちょいワルなところもいいけど、けっこうマジでジョージーのことが好きなのね。

 でも貧乏貴族同士だから結婚はむずかしそう。曲がりなりにも王位継承者なわけだから、貧乏暮らしがバレたらまずいんですね。ジョージーが外国の訳アリ王子に嫁いでダーシーを愛人にすればいいじゃんという、現実的な発想にはちょっとびっくりしたけど、それもいいかも?

■7月×日

 スウェーデンの作家、カーリン・アルヴテーゲンの作品を初めて読んだ。今年のコンベンションのビブリオバトルに登場し、気になっていた『バタフライ・エフェクト』。アルヴテーゲンは「サイコサスペンスの女王」だそうだが、本書は重いテーマを描いていて純文学作品に近い印象。

 余命宣告を受けたのをきっかけに、夫と離婚し、独り暮らしをはじめたボーディル。

 建築家として成功し、妻子と幸せな暮らしをしていたが、強盗事件に遭遇して以来、人生がすっかり変わってしまったアンドレアス。

 人間関係に悩み、心理療法士のもとに通うボーディルの娘ヴィクトリア。

 人生の転換点を迎えた三人の語り手が、自分の人生の意味を問いながら、手さぐりで進んでいく。

 偶然に導かれて選んだ道が、めぐりめぐって思いがけない場所につながっていく不思議。とくに、死をまえにして自分の人生を振り返るボーディルの物語に引き込まれた。そこから物語がさまざまに分岐して、ヴィクトリアや、まったく関係のないはずのアンドレアスにまでつながっていくのも見事。十代のあのとき、ボーディルがちがう選択をしていたら、もしかしたら……といろいろ妄想してしまう。

 つねに死が影を落とす暗い話だが、わずかな時間でもボーディルが自分の人生を取り戻す勇気を持てたことにほっとした。

『バタフライ・エフェクト』というタイトルがいいなあ。蝶の羽ばたきで遠く離れた地の気象が変化するように、ほんのちょっとしたことが、のちの大きな変化につながるバタフライ効果。「風が吹けば桶屋が儲かる」よりもミステリアスだわ。今のこの状況はどこかでだれかが何かをしたせいなのだ、と想像するとゾクゾクしません? 今こうして徹夜で仕事をしなければならないのは、きっとどこかでだれかが……あ、それは自業自得か。内容はまったくちがうけど、同名の映画もあるんですね。知らなかった。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。最新訳書はフルーク『シナモンロールは追跡する』。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇。

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