「わたし」ことグレイスの妹、ニカが殺害される。真犯人は誰なのか? グレイスが事件の真相に迫る。

 今回ご紹介するリリー・アノリックの Dark Rooms は、簡単に言うとこんなお話。

 ふーん、殺された愛する妹のために、姉が奮闘する話か……舞台はコネティカット州ハートフォードにある私立の寄宿学校? ハートフォードは州都なのでそれなりに開放感のある都会だろうけれど、寄宿学校で殺人事件って、なんだか閉塞感が漂って怪しげでおもしろそう、と単純かつ勝手な偏見のもと、アマゾンの購入ボタンをポチリ。

 デビュー作ながら、過去からつながる人間関係とグレイスの心情が読ませどころの良作でした。

 グレイスとニカはともに寄宿学校に通っていたが、両親がそろって同校の教師を務めていたため、教職員用の住宅に一家で暮らしていた。

 グレイスが高校を卒業し、大学進学を控えたある日、ニカが、校舎と教職員用住宅のあいだにある墓地で射殺体となって発見される。おとなしいグレイスに対し、ニカは自由奔放で、恋愛にもその奔放さを発揮していた。殺された背景には、派手な男性関係があるのではないかと思われた。ほどなくして、同校のマニーという男子生徒が、ニカ殺害をほのめかす内容の遺書をのこして自殺し、事件はいちおうの解決を見た。

 しかし、グレイスには腑に落ちないものがあった。ニカがマニーと親しくしていた節はなく、彼よりも、事件の少しまえまでつきあっていたジェイミーのほうが殺害の動機があるのではないかと、彼に疑いの目を向ける。さらに、マニーはゲイだったとわかり、グレイスは彼が殺害犯であるはずがないと確信する。ならば、やはり犯人はジェイミーなのか? グレイスは大学進学をやめて自宅にとどまり、ニカを殺した真犯人を探りはじめた。

 この頃、グレイスの家庭は崩壊していた。事件後、精神の安定を欠いた両親は、学校から解雇通告を受けていた。職探しのために一年の猶予期間が与えられていたため、ひとまず住むところには困らなかったが、美術教師であり写真家として活動していた母親は、写真家として生きる道を選び、家を出てしまっていた。父親は酒に浸るようになり、グレイスはひとりで犯人探しをするしかなかった。

 まず彼女は、容疑者リストをつくった。ジェイミーを筆頭に同校の生徒、不倫関係にあった教職員、さらには短期間恋人関係にあった同性の友人の恋人まで、恋愛がらみでニカに恨みを持ちそうな人は何名にもなった。グレイスはそのひとりひとりのアリバイを調べ、容疑者を絞っていった。

 そうしながらも、あるひとつの疑問が頭から離れなかった——ニカはなぜジェイミーと別れたのか? ジェイミーとは格別親しくしていたが、ニカが突然、理由も言わずに別れを告げていた。このことに事件の手がかりがあるのではないか、母親が何か知っているのではないかと考えたグレイスは、家を出て以来会っていない母親を呼び出し、ニカに何があったのか問い詰めた。

 そこで聞かされたのは、ニカは彼女たちの父親のほんとうの子ではなく、不倫相手とのあいだにできた子だという事実だった。しかも、その相手というのはグレイスもよく知る人物だった。ニカの出生の秘密は、ニカ本人も知っており、彼女たちの父親もうすうす気づいているはずだという。

 この事実によって、ニカを殺した容疑者リストに新たな名前がくわわった——ニカの実の父親、その妻、そして酒浸りになっている父親。グレイスは最終的に容疑者をこの三人と、当初から疑いをかけていたジェイミー、ニカが最後につきあっていた青年デイモンの五人に絞った。果たして、真犯人は誰なのか。グレイスは何かに取り憑かれたように突き進んでいく。

 このお母さん、フツーじゃない。いやまあ、不倫相手の子を宿すというのは現実世界でもある話でしょうけれど、実は、グレイスも夫のほんとうの子ではないのです。事実を知らされたグレイスもかわいそうだけれど、娘がふたりとも自分の子ではなかったお父さん、気の毒すぎる……。

 おまけに、ニカをモデルに撮りためた写真を展示した個展を開くのですが、そこには、登っていた木から落ちて倒れているニカ(救急車を呼ぶより先に撮影)、全裸で自慰行為をしているニカ、死体となったニカの写真までもが並んでるんですよ。自分の娘のそんな姿を撮りますか? で、それを作品として衆目にさらしますか? 登場場面は多くないのですが、かなりインパクトのあるお母さんです。

 主人公のグレイスはといえば、一見、妹を殺害した真犯人を探す正義感あふれる姉のようですが、鬱屈した感情を抱えており、彼女を突き動かしていたものは、正義感よりも“自我”だと思われます。年齢は上だけれども、精神的にはニカより幼く、自分の思うままに行動するニカに嫉妬めいた気持ちを抱くと同時に、彼女に頼り切ってもいました。ニカがいなくなったことで、いかに“自分”というものを持っていなかったかを痛感したのか、殺害犯を見つけることで、ニカの影を振りはらいたい、ニカと対等な存在になって彼女を偲びたいという心情が、グレイスの行動には垣間見えます。

 巻末にある著者インタビューによると、タイトルの Dark Rooms にはふたつの意味がこめられているとのこと。ひとつは写真を現像する暗室、もうひとつは秘密や謎、不穏などダークなものが存在する場所です。グレイスたちの母親の過去や、グレイスの心のうちは後者ですが、いずれにも文字どおりの暗さだけでなく、強さが感じられます。ですので、暗い物語ではありますが、読後感は悪くありません。ダークな話はだめ、という方にも読んでもらいたい一作です。

高橋知子(たかはしともこ)

翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。一日三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『CSI』『メンタリスト』『クリミナル・マインド』。

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