酷暑の夏、子どもたちの夏休みもそろそろ終わり。宿題の読書感想文が厄介だが、感想が四文字程度ですむのなら、本好きの子どもも増えるのでは。 

『リモート・コントロール』(1970)は、クラシック・ミステリ渉猟者には待望の、ハリー・カーマイケルの初紹介作。カーマイケルは、英国の作家で1950年代初頭から70年代後半まで活躍、大手のコリンズ社から85作もの著書を出しているそうだが、なぜかこれまで邦訳がなかった。

 800冊に及ぶ未訳の古典本格物をレヴューした驚異の私家本、M.K.氏『ある中毒者の告白〜ミステリ中毒編』では、カーマイケルの作品が20冊も取り上げられ、高い評価を受けているにもかかわらず。

 かつてプロレス界では、「まだ見ぬ大物」が日本上陸すると意外にしょぼかったということが多かったが、本書は、期待にたがわぬ出来映え。同傾向の英国作家D・M・ディヴァインの秀作に匹敵、というか超えているとすら思わせる。

 新聞記者クィンの酒場の友人が深夜の散歩者を轢き即死させてしまう。友人は、酒酔い運転で告発され服役するが、半年後、友人の妻は謎のガス中毒死を遂げる。果たして、事故なのか、自殺か、他殺か。

 本書を一読していただければ分かるのだが、物語の最初の方を紹介しようとして、ここまで難渋するのも珍しい。それは、物語の表層で進行しているかにみえるストーリーが必ずしも真実とは限らず、別の意味をもっていることが後に明らかにされていくからだが、このことは、本書のプロットの優秀性を物語っているともいえる。

 友人の妻との関わりからクィンには、殺害の容疑が降りかかり、久しぶりに再会した親友の保険調査員バイパーと調査を続ける。

 作風は、現実的な登場人物たちの秘められたドラマを中核としたモダン本格。凝った文章やひねったウイットがあるわけではないが、さりげない描写で人物を魅力的に描くことに長けている。一見地味だが、予想外の方向に展開していくストーリーへの興味に引っ張られ、渋滞もなく、一気に読める。

 物語の横糸をなしているのが、クィンとバイパーの友情の行く末。この二人は、作者の小説における名コンビで、二人の友情には、相当の前史があるようなのだが、この小説の時点で、バイパーは再婚し、二人は最近疎遠になっている。クィンの立場は、ちょうどワトソンの結婚により頻繁に会えなくなったホームズのようなもので、ホームズとは違って自らの独身の境遇に一人悩むのである。本書は、夫婦間の関係が一つのテーマになっているため、大酒飲みで情緒的なクィンの内省も、全体のプロットとうまく結びついている。

 しかし、本書の感想を四文字でいうとすると、「やられた」に尽きる。うまく騙された快感を、背負い投げを食らう、といったりするが、本書の終章で訪れるのも、まさに、爽快な背負い投げ。まず、虚を突かれる。一瞬の浮遊感覚。気がついたときには、これまで見えもしなかった天井の文様が飛び込んでくる。

 作者のメインのたくらみは、極めてシンプルなだけに、してやられたというインパクトも大きい。最小限のひねりで最大限の効果という理想的なプロットを可能にしているのは、読者の思考をコントロールする作者の騙しのテクニックにほかならない。真相が明らかになると、なにげなく読んできた細部が躍動し出すような感覚は、良質のミステリに共通のものだ。解説の絵夢恵氏によると、カーマイケルには、本作と並ぶような秀作が10作以上はあるという。翻訳が続いてほしい。

 クレイグ・ライス『ジョージ・サンダース殺人事件』(1944)は、実在のアメリカの俳優ジョージ・サンダースが主人公の探偵役を務めるミステリで、一種の珍書といえるだろう。ジョージ・サンダースといっても、今では知る人も少ないだろうが、『セイント(サイモン・テンプラー)』、『ファルコン』といったB級探偵映画で主演を務め、一躍人気となった俳優だ。その後、バックステージ物の名作『イヴの総て』(1950)で冷徹なコラムニスト役を演じアカデミー助演賞を受賞した俳優といえば、ピンと来るだろうか。本人自身も、風変りで人を喰った性格なのか、自殺した際の遺書には「退屈だからこの世を去る」とあった由。

 ジョージ・サンダース名義で発表された本書だが、代筆は、『ファルコン』物の脚本を手がけた縁で、クレイグ・ライスが担当した(SF作家クリーヴ・カートミルが助力したという)。

 色物ではあるのだが、内容的には、ライスの代作だけあって、堂に入ったもの。

 幌馬車隊の襲撃シーンの撮影時に、エキストラが額に銃を受けて殺害される。その銃弾は、ほかならぬ、主演男優の俺、ジョージ・サンダースの銃から発射されていた。

 映画撮影中の殺人、しかも主演男優が語り手・探偵役で自らの容疑を晴らす、という魅力的な設定。物語の舞台はほぼ映画のロケ地、登場人物は映画関係者ばかりであり、これだけ映画製作の現場に密着した映画ミステリも珍しく、また、黄金期のハリウッドを舞台にしているだけあって、繰り広げられる騒動がすこぶる楽しい。

 まず、ジョージ・サンダースその人のキャラクターがいい。探偵役はこりごりといいながら、満更でもなく探偵役を務める「いやいや」探偵で、その語り口は、常にコミカル。珍発明を趣味にしているというのもおかしい。

 加えて、多少の毒も交えて描かれる監督、プロデューサー、俳優陣、裏方などのハリウッド人士たちの肖像も愉快。特に、サンダースと、その脇を固めるエージェント、プレスエージェントのトリオは、作者の主要キャラ、マローン弁護士とジャスタス夫妻のトリオを彷彿させ、この一作では惜しいほど。

 会話の応酬も、当時の映画のように、粋で華やかで、ウイットが効いている。

 ミステリとしてのプロットとしては、やや弱い面や説明不足もあるが、スクリューボール派といわれたライスが、スクリューボール・コメディの本場を舞台に、大いに羽を伸ばした作で、マローン物のように楽しめる。

『クイーンの定員』に選ばれている短編集が電子書籍で二つ。いずれも、翻訳家・平山雄一氏によるもので、「ヒラヤマ探偵文庫」と銘打たれている。

 ミニヨン・G・エバーハート『スーザン・デアの事件簿』(1934)は、MWA巨匠賞も受賞している(その割には、邦訳長編は3編と恵まれない)アメリカの女性作家だが、本書は、女性推理作家スーザン・デアを探偵役にした短編5編を収録(うち4編に既訳あり)。スーザンは、著名な作家らしいが、まだ若くチャーミング。冒頭の「スーザン・デア登場」で出会った新聞記者ジム・バーンとタッグを組んで、時に、秘密を抱えた家庭に看護婦として潜入したり、地方劇団で事件に遭遇して、事件に決着をつける。彼女は観察眼と直感に秀でているが、かといって、犯罪捜査が大好物というわけでもなく、恐怖に遭遇してわあわあ大泣きするなど、ごく普通の女性として描かれているのが共感を呼ぶ。

 エバーハートの作風は、「もし知っていたら」派などと呼ばれ、ロマンチックな味つけのサスペンスが基調のようだが、本書の短編は意外なほど謎解きテイストが濃厚であり、きめ細やかな筆づかいで舞台と登場人物を描写しつつ、トリックや手がかりを忍ばせる手際には、センスを感じさせるし、個々の作品のレベルも高い。中でも、「蜘蛛」は、三老女が住む古屋敷での奇怪な事件に秘められた愛憎劇と意外な真相を見い出す秀作。

 アーサー・B・リーヴ『無音の弾丸』(1912)は、科学探偵アーサー・ケネディが活躍する短編集。13編収録。リーヴは、20世紀前半に活躍したアメリカの探偵作家。当時、ケネディは、「アメリカのシャーロック・ホームズ」とも呼ばれるほど人気を博し、映画化も相次いだ。

 大学で理化学の教授を務めるケネディは、親友の新聞記者とともに、最新の科学的知見を武器に、犯罪捜査に臨む。一見不可能な方法での殺人や盗難事件の犯行方法に加え、手がかり解明や犯人割り出しにも科学的知見は活用される。100年も前の作品だけあって、今では陳腐化してしまった発明や、信憑性が疑わしいものもあるが、例えば、乱歩の「心理試験」を思わせる「科学的金庫破りや、人間発火事件を扱った「自然発火」など今でも興味をそそる題材もある。

 お話が新奇な科学的知見一本で勝負しており、物語的な興趣が乏しいのが、ホームズのような古典にならなかった理由でもあるのだろう。上流階級での財産狙いの犯罪について関係者を集めて科学的解明を行うというフォーマットは同工の印象が強いのだが、後半は、かなり目先が変わり、草創期の飛行機の世界を扱った「空中の恐怖」、ニューヨークのイタリア人社会を扱った「黒手組」、中南米の小国の革命にまつわる「人工の楽園」、非合法の賭博場の隆盛を伝える「鋼鉄のドアなどは、今となっては貴重な歴史的証言になっているようにも思える。

 進取の科学精神、成金趣味、人種のるつぼ等、20世紀初頭、世界の覇者になろうとする、アメリカ社会の一面が点綴されている点でも、価値ある邦訳といえよう。

 F・ブラウン、S・ジャクスン『街角の書店』は、いわゆる「奇妙な味」の短編アンソロジー。SF系の作者が多いが、F・ブラウンやウェストレイク(カート・クラーク名義)などミステリファンにもおなじみの名前もある。とにかく、著名作家から無名作家まで、収録された短編いずれもクォリティが高いのには、目を瞠る。本邦初訳7編を含め、いわゆるアンソロジー・ピースをほとんど使わず、これだけの質の短編を蒐められたのは驚きだ。編者の中村融氏は、「作品の選び方は大事だが、作品の並べ方はそれ以上に重要」といい、「グラデーションのような配列を目指したという。実際、その配列のグラデーション効果にゾクゾクさせられる部分がある。作品の質、配列ともに高水準の名アンソロジーといえるだろう。

 あえて、個人的なベスト3を挙げると、シニカルな奇想でオチまで突っ走る、ジョン・アンソニー・ウェスト「肥満翼賛クラブ」、「銀仮面」テーマが思いもよらない恐怖に向かう、ミルドレッド・クリンガーマン「赤い心臓と青い薔薇」、大胆な手法を用い真冬の密室劇がコスミックな広がりをもつ、ケイト・ウィルヘルム「遭遇」。でも、人によって挙げる作品は、きっとバラバラだろう。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

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