おもしろいと思った本を人に勧めるにあたって、当然ながらいちばん神経を使うのがネタバレだ。これは書評家でなくても、だれもが思うことだろう。どこまで紹介すればいいのかの判断が非常にむずかしい。ある流れやある単語を出しただけで、勘のいい人なら一発でネタバレになってしまうこともあるし、たとえならなくても、読書の楽しみがそがれることもある。逆に、キーワードをたよりに自分好みの本かどうか判断する人もいる。ネタバレしていても楽しめる人もいるだろうし、まったく何も知らない状態で読みたいという人もいるだろう。楽しみ方は人それぞれ。だからこそむずかしい。理想的なのは、読みたいと思わせたところで、さりげなくフェイドアウトすることかな。
その点ネタバレが前提の読書会はストレスフリー。だからこそ各地で大盛況なのですね、わかります。そのぶんレポート書くのはむずかしいけど。
そんなことをつらつら思っているうちに、今年の総括をする時期に突入してしまいました。十一月は翻訳ミステリー大賞の一次投票締め切りが迫っていたこともあって、いつもよりちょっと多めに読んだなかから、いつものように四冊をご紹介(肩すかしですみません)。ユッシ・エーズラ・オールスン『アルファベット・ハウス』、アンネ・ホルト『ホテル1222』、ダニエル・フリードマン『もう過去はいらない』、セバスチアン・ジャプリゾ『新車のなかの女』、ブレイク・クラウチ『ラスト・タウン—神の怒り—』もおもしろかったです(ざっくりしてんな)。もう締め切りはすぎちゃったけど、年末年始の読書のご参考までに。
■11月×日
コージーファン注目!
シンガポールの人気作家オヴィディア・ユウの『プーアール茶で謎解きを』は、〈アジアン・カフェ事件簿〉シリーズ第一作。またまたおいしそうなシリーズが登場しましたよ!
シンガポールでカフェを営むアンティ・リーは、好奇心旺盛な老婦人。実は富豪の未亡人で、働く必要はないのだが、料理上手で働き者で世話好きのアンティ・リーは、仕事を心から楽しんでいる。カフェで出すのは地味豊かなシンガポールの伝統料理やスイーツ。手作りの保存食や調味料も販売しており、地元民にも観光客にも人気の店だ。
ある日、観光地のセントーサ島で女性の遺体が発見され、アンティ・リーは興味津々。殺されたのが知人だとわかると、さっそく探偵気取りで調査を開始する。キアスー(負けず嫌い)でケーポー(知りたがり)のうえ、長年客商売をしてきて人を見る目がある彼女は、謎解きが得意なのだ。
とにかくシンガポールが舞台というのがすごく新鮮。アンティ・リーとその家族は中国系、メイドでアンティ・リーの片腕でもあるニーナはフィリピン人、サリム上級巡査部長はマレー系(?)、ほかにもインド系やオーストラリアから移住してきた白人、そしてもちろん世界中からやってくる観光客など、実にさまざまな人種の人たちがいて、それぞれバックボーンや生活習慣がちがうので、推理はけっこう複雑。そこがまたおもしろい。
「自分が作った料理を食べてくれた人たちに責任を感じる」と言うアンティ・リー。彼女が作るおいしそうなシンガポール伝統料理は、最強の武器であり、本書の魅力のひとつでもある。栄養たっぷりの温かなスープで傷心した人のお腹と心を満たし、素朴でおいしい朝ごはんセットを警察署に持参して捜査官を買収(?)し、さりげなく被害者家族に料理を届ける。どこの国の人もおふくろの味に弱いんだなあ。
先日、成城石井で“モーモーチャーチャー”というアジアンスイーツを見つけた。本書に出てくる“ボボ・チャ・チャ”(ココナッツミルク、イモ、タピオカなどを使ったデザート)のことらしい。カップヌードルから“シンガポール・ラクサ”味も出たし、クックドゥからはアジアンチキンライスの海南鶏飯(ハイナンチーファン)の素も。シンガポールって、意外と日本に浸透していたのね。
■11月×日
札幌読書会の「レンデル読ンデル」じゃないけど、わたしも読みましたよ。『ロウフィールド館の惨劇』を図書館で借りて初めて(札幌読書会、行きたかったな)。
いやあ、うわさに違わぬおもしろさ。有名な冒頭の一文でつかみはオッケー。何が起こるかわかっていながら、状況や登場人物の真理を読み込んでいくのがこれほどおもしろいとは。
そして案の定レンデル熱に感染(?)、最後の邦訳となった『街への鍵』も読んでみた。
白血病患者に骨髄を提供したメアリ。それが気に入らない恋人アリステアはメアリを責め、暴力をふるう。彼女の完璧な肌に傷がつくのが許せないと言うのだ。相手を思いやっていると見せかけた、どこまでも自分勝手な理論。しかも暴力をふるうなんて許せない! アリステアと別れ、留守宅を預かるという名目で祖母の友人の家(シーズー犬付き)に移り住んだメアリは、心機一転、思いきって自分が骨髄を提供した青年レオに会ってみることにする。
『ロウフィールド』でも思ったけど、「いつ来る? いつ来る?」と思いながら、いつ衝撃が来てもいいように心の準備をし、余裕で伏線(候補)を吟味までしてるのに、なかなか来ない。レンデルじらしすぎだろ。あ、そうか、これがサスペンスというやつなのね。で! 気づいたら事態はすでにじわじわ進行しているわけなんですよ。うぬぬ。またしてもやられました。
公園が重要な役割を果たしているせいか、自然描写がとても多い。公園もたくさんあるし、緑や自然の多い街なんですね、ロンドン。
シーズーラブなわたしとしては、菊の花のような顔のもふもふシーズー犬グーシーがたまらん。グーシーかわいいよグーシー。ほかにもレトリーバーにボルゾイにキャバリアにプードル……犬好きには堪えられません。でも悲しいかな、セレブ犬もドッグウォーカーに文句を言いたくても言えなくて……犬たちが証言できたらおもしろいのに。
■11月×日
世界を驚愕させた話題作、映画化も決定しているポーラ・ホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』は、惨劇が繰り広げられるわけでもないのに超怖い! これもイヤミス……なのか?
失業中なのに毎日郊外からロンドンに出かけるレイチェルは、通勤電車の窓からいつも線路際のある家を眺めていた。美男美女の仲睦まじいカップルが住むすてきな家だ。ところがある日、その家の主婦の不倫現場(らしきもの)を、やはり電車のなかから見てしまう。その直後に主婦が行方不明になったことを知ったレイチェルは、不倫の事実を知らせようと夫に近づく。
朝のラッシュ時、駅の近くで電車が渋滞して停車したり、ノロノロ運転になるのはどこも同じなんだなあ。そんなとき、ぼんやり車窓の見慣れた風景を見ることはあっても、レイチェルみたいにガン見するかな……と思ったら、以前その近所に住んでいたんですね。しかも自分が住んでいた家には今、別れた夫トムが新しい妻アナと幼い娘とともに住んでいる。これはきっついわ。わたしならこれだけでイヤミス認定しちゃう。レイチェルの妄想劇場の舞台は、そのもと自宅のすぐ近くの家。そんなところに出向いていったらまずいんじゃないの〜と思ったら案の定……
レイチェル、問題の家の主婦メガン、そしてアナ。三人の女性の視点で語られる、彼女たちの日常と悩み、そして過去。やがて、彼女たちの事情がわかってくると、なんかおかしいと思っていたことの真相が明らかになり、読むスピードはMAXに。
妻が行方不明になって夫が疑われるところは、ちょっと『ゴーン・ガール』風だなと思ったけど、それほどのひねりはなく、ストレートな印象。でも結末には驚かされた。みんなこれを通勤電車のなかで読んでるのかな。
あと、レイチェルのルームメイトのキャシーはほんとうにいい人。いい人すぎてなんかかわいそうになるけど、登場人物がちょっと壊れてる人たちばっかりなので、キャシーのようなザ・良識人がひとりでもいてくれるとほんとうに救われる。
■11月×日
ポール・フィンチの『調教部屋』は「タイトルからは想像もつかない内容」らしい。それだけの予備知識で読みはじめたら、あっというまに引き込まれてしまった。アクションにつぐアクションで息をつく暇もないのだ。
本書は警察小説のシリーズ一作目。しかも、作者は元警察の人らしいです。たしかに冒頭から美女が誘拐、監禁されて、あ〜れ〜なことになるけど、主人公は連続女性失踪事件を追うイケメンの一匹狼、マーク・ヘッケンバーグ部長刑事、通称ヘック。
このヘック、たしかに人気出そう。「弟キャラ」なのかどうかはわからないけど、一途で危なっかしくて、放っておけないキャラであることはたしか。絶対的な安心感を与えてくれるリー・チャイルドのジャック・リーチャーとは真逆のベクトルで気になるキャラだ。
わけあってヘックの相棒を務める元軍人のローレンは、女子なのにパワフルな男気あふれるキャラで、最初はちょっとうざいんだけど、だんだんいいやつだなと思えてくる。
で、そのふたりが無謀にも凶悪な悪の組織(本物)のアジトに乗りこみ、ドンパチやるわけなんですが……もうね、惨劇につぐ惨劇。死闘につぐ死闘。ヘック何回絶体絶命になったら気が済むんだよ、というくらい、心臓がいくつあっても足りない感じ。ヘックもそうだけど、読んでるほうもね。シリーズ一作目で主人公だから死ぬわけないよね?〜たぶん死なないと思う〜死なないんじゃないかな〜ま、ちょっと覚悟はしておけ、とだんだん不安になってくるような死闘シーンの波状攻撃!
でも、廃墟になった海上要塞はなかなか雰囲気あるなあ。映像にしたらかっこよさそう。
それにしても邦題と帯が思わせぶりすぎ! 「鬼畜の極み」とか、たしかにそうなんだけどさぁ。ついでに言えば、カバー写真もね。『その女アレックス』とか『ユー・アー・マイン』とか、全裸女性のカバー写真が最近のトレンドなの?
結局なんで「調教部屋」? でもインパクト無限大で、このタイトルはつけた者勝ちですね。「とりあえず手に取ってみる→読みはじめる→やめられなくなる」までの流れに絶対の自信(手に取ってもらえばこっちのもの!)があってつけたのだろうと深読み。悪の組織の一員である執筆者ですら、その陰謀からは逃れられないのだった。ぐぬぬ。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。趣味は読書と宝塚観劇。近刊は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ最新作『レッドベルベット・カップケーキが怯えている』。 |