全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

 読書の愉しみのひとつは、自分の家や通勤電車の中でも他の国や時代にいるような気分に浸れることだと思うのですが、とりわけそういう意味で影響力が強いのはホラー小説ではないでしょうか。だって、ちょっと外に出れば24時間営業のコンビニがあるような都会に住んでいても、夜中に怖くてトイレに行けなくなったりするんですよ!

 映像や音もないのに、字だけでそこまで読者を追い詰める(?)ことができるなんて、ホラー作家は魔法使いみたいですよね。

 今年最後の連載は、そんな魔法使いの頂点に立つ、質・量とも文句なしの大魔王スティーヴン・キング御大の『悪霊の島』(訳/白石朗 来年1月4日に文春文庫より待望の文庫化)です!

 地道に働き、その苦労が実って今やミネソタの建築業界では一、二を争う会社を興したエドガー・フリーマントル。長年連れ添った妻パメラと、親元を離れても幸せに暮す2人の娘もおり、経済的にも順風満帆な人生を送っていた彼だが、五十代も終わりに近づいたある日、工事現場で事故が起きて右腕を無くすという突然の悲劇に襲われる。

 しかし最悪の事態はまだ起きていなかったのだ……。

 頭部の怪我による後遺症で記憶があやふやになり、さらには言語障害もわずらい、抑えきれない怒りとともに暴力の発作に苦しむエドガー。それが理由で周囲との関係に亀裂が入りますが、リハビリが済むと、懇意にしている精神分析医から転地療養を勧められ、風光明媚なフロリダの西海岸沖合にある小島、デュマ・キーに移り住んだ彼は、その借家を〈ビッグ・ピンク〉と名付け、かねてからやりたかった絵を描くことを始めます。

 さてここから皆様お待ちかねのバディNo.1、新天地で一人暮らしを始めたエドガーの身の回りの世話をする若者ジャックが登場します。娘と同じぐらいの年のジャックは、世話といってもハウスキーパーのように細々と家事手伝いをするわけではなく、車での送迎など、あくまでも不便な時のヘルプ要員といった存在なのですが、この踏み込みすぎない関係がいいんですよねえ。冷凍のTVディナーや調理済みの食材など、言ってみれば男の料理みたいに大雑把のようでいて、不自由な身体でも扱いやすい品を用意しておくなど、さりげなく相手を気づかうところにとても好感が持てますし、それに感謝するジャックの心情描写もほほえましいです。

 続いてバディNo.2は、こめかみに傷を持つジェローム・ワイアマン。その土地一帯を所有する老女エリザベスの世話をしている元弁護士の彼は、第一章から名前が登場するにもかかわらず、その正体は謎のまま、なかなか明かされません。が、やっと言葉を交わしてからは、まるで昔からの気のおけない友人のように、エドガーと自然にお互いの悩みや弱みを打ち明けられる間柄になります。

年齢も素性も違うこの3人が、無理せずに相手を気づかい、友情を深めていくところが、恐怖で身を縮ませている読者の心をひととき和ませてくれます。

 ……とここまで読んで、全然怖くないんですけど! と思われた方もいるかもしれませんが、この物語、できるだけ情報を入れずに読むことをオススメしたい。なぜかというと、 陽光溢れるリゾート地で新しい人生を始めた初老の男性の日々の情景と見せかけて、実はそこかしこにぞぞっとする不穏なモチーフが見え隠れしているのです!

 物語が進み、それらがまさに過去の惨劇とこれから起こる恐怖の伏線だとわかった時にはもう遅い!! 暗い海の底から手招きしている邪悪ななにかが、圧倒的な悪意を持ってエドガーら三人と読者を引きずりこもうと待ち構えています。次々に襲いかかる恐ろしい出来事は、明るいビーチリゾートの風景を想像すると、より不気味さが増すこと間違いなし。エドガーに起きる不可思議な現象と、ワイアマンの秘密、そしてエリザベスの過去が交錯し、物語はクライマックスで一挙に怒涛の惨劇に突入!

 はたしてエドガー、ワイアマン、そしてジャックの3人で、この呪いの連鎖をくいとめることができるのか? 一気読み必至!!

 さて、単行本版の下巻に収録されている訳者あとがきに、「本書の“悪霊”が〈深紅の王(クリムゾン・キング)〉を連想させずにはおかないフードのついた赤いローブをまとっている(略)」と書かれているように、キングファンなら“クリムゾン”という言葉に反応されることでしょう。

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 というわけで今回は1月8日公開の映画『クリムゾン・ピーク』をご紹介します。実はこの映画、今年の3月に試写を観たキングとジョー・ヒル父子の両方がツイッターで絶賛していた作品なのです!

↓ジョー・ヒルのツイート

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↓スティーヴン・キングのツイート

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 20世紀初めのNY。作家志望のイーディス(ミア・ワシコウスカ)は霊感が強く、死んだ母親の亡霊につきまとわれていた。ある日父親の元へ試作品の機械を売り込みに、美貌のイギリス人貴族トーマス(トム・ヒドルストン)が、姉ルシール(ジェシカ・チャステイン)とともにやってくる。事業で財を成した父に溺愛されて育ったイーディスは、自信を持って出版社に小説を持ち込むが、恋愛要素が足りないと却下される。そんな彼女をあたたかく見守っているのは幼なじみの医師アラン(チャーリー・ハナム)だ。恋愛経験のないイーディスは、まるでおとぎばなしのような洗練された英国紳士のふるまいに心を奪われ、父の謎の事故死の後、トーマスのプロポーズを受け入れて、雪に閉ざされた辺境の地に立つ屋敷アラデール・ホールに嫁ぐのだった……。

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『パンズ・ラビリンス』でイマジネーション溢れるダーク・ファンタジーを見せてくれたギレルモ・デル・トロ監督が、愛読するデュ・モーリア『レベッカ』ブロンテ『嵐が丘』など、永遠に色あせない魅力を持った古典文学をベースに、あまりにも美しく、そして謎と悲しみに満ちたゴシック・ホラーの傑作を作り上げました!

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 朽ち果てるにまかせた屋敷、闇に潜む別世界の生き物、怪しい眼差しで見つめる義理の姉、立ち入ってはならない地下、夫の秘密、そして恐ろしい陰謀……。『クリムゾン・ピーク』は、そのポスターを見て気になった人の期待を絶対に裏切らない魅惑の逸品です!!

 アートワークの凝り具合は、他に類を見ないほど。まさに腐りかけの(そっちの意味じゃないですよ!)美学ともいうべき屋敷の崩壊っぷりや、豪華だけれど古ぼけた衣類に、色あせた家具類を浮かび上がらせる蠱惑的な照明が息を呑むほどの美しさ。そしてデル・トロ監督の真骨頂ともいえる、独創的で恐ろしげなクリーチャーの数々は、それだけでも見る価値があります。

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 監督は大好きなレ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』を下敷きにしてこの映画を作ったとのことですが、私が観てまず思い出したのは、フランソワ・オゾン監督により映画化もされたエリザベス・テイラー『エンジェル』(ランダムハウス講談社文庫)です。

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 貧しい母子家庭に育った主人公エンジェルは、大作家になる野望を抱き、周囲の人々を見下すような鼻持ちならない少女ですが、ついにロマンス小説を書き上げて出版社に送ったところなんと採用。本はベストセラーとなり、一転して華々しい生活を送るようになるエンジェルは、憧れの屋敷を買い取り、一目惚れした男と結婚……と恋も仕事もゲットした高飛車女の一代記が綴られますが、その先には思いがけない運命が。この小説は当時流行のロマンス小説を皮肉った作品ですが、初恋の相手と結ばれ、しかも相手に財力がなく、さらには夫の姉と同居するという『クリムゾン・ピーク』といろんな類似点があり、読後に映画を観ると、ラストでは未読の人と別の印象を持つかもしれません。

 キング・ファンの方、ヒル・ファンの方、デル・トロ監督ファンの方、そして全てのゴシックロマンス・ファンの方々、この冬は『クリムゾン・ピーク』で極上の耽美を思う存分味わってください!


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『クリムゾン・ピーク』(原題 CRIMSON PEAK )

監督:ギレルモ・デル・トロ

脚本:ギレルモ・デル・トロ/マシュー・ロビンス

出演:ミア・ワシコウスカ 『アリス・イン・ワンダーランド』、トム・ヒドルストン 『アベンジャーズ』、ジェシカ・チャステイン 『インターステラ—』、チャーリー・ハナム 『パシフィック・リム』

2015年/アメリカ/上映時間:119分

配給:東宝東和

レーティング:R15+

公開表記:2016年1月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ他 全国公開

コピーライト:© Universal Pictures.

公式サイトhttp://CRIMSONPEAK.jp

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho





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