書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 新年あけましておめでとうございます。今年も書評七福神をよろしくお願いします。通常、12月は出版の挟間の時期で、めぼしい新刊はあまり出ないものなのですが、2015年はどうだったでしょうか。今月もご覧ください。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

吉野仁

『ジグソーマン』コード・ロロ/高里ひろ訳

扶桑社ミステリー

 かつてパーキンソン病を告白した米国俳優は『ラッキーマン』という自伝を発表したが、この最高にバカバカしいC級ホラー小説のアンラッキーな主人公の名もまたマイケル・フォックス。次から次へと悪夢が連続し、これぞページ・ターナーのお手本といえる展開で、一気読みした。すごいです、これ。そのほか、ダヴィド・ラーゲルクランツ『ミレニアム 4』はラーソンの設定を活かした上で、ほとんど触れられなかった人物の造形がよく、今後の続編に期待。前の三部作で「リスベットがミカエルにプレスリーの看板をプレゼントした」エピソードのような、読み手の胸をぐっとつかむシーンがあれば完璧なんだが。三部作といえばベン・H・ウィンタース『世界の終わりの七日間』、そして9月刊のジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』とともに完結で、面白いものを読ませていただき感謝感激。

川出正樹

『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』ダヴィド・ラーゲルクランツ/ヘレンハルメ美穂・羽根由訳

早川書房

 《ミレニアム》が帰ってきた! 杉江松恋氏の解説に、「あれ、ラーソンって生きてたの?」ってあるけれど、まさにまさに。作者の死後、別人が人気シリーズを書き継いだ例はいくつかあれど、これほど出來のいケースも読んだことがありません。私が読みたかった《ミレニアム》が、リスベットとミカエルの活躍譚が甦り感極まっています。

 ラーソンが配置した布石をしっかりと活かしたプロットに、久々に仕事を忘れて一気呵成に読んでしまった。ありがとう、ダヴィド・ラーゲルクランツ!

 今月は、ベン・H・ウィンタース『世界の終わりの七日間』(ハヤカワ・ミステリ)もオススメ。世界の終焉を前にして、なお「知らずにはいられない」一人の人間であり探偵でもある主人公の業に、深く静かに感銘を受けました。〈最後の刑事〉三部作、ぜひ読んでみて下さい。

酒井貞道

『世界の終わりの七日間』べン・H・ウィンタース/上野元美訳

ハヤカワ・ミステリ

 M・A・ロースンの『奪還』は、手に汗握る展開の妙と、主人公の鮮烈なヒロイズムで魅せてくれた。今後にも期待大。またドン・ウィンズロウの同時刊行新作『失踪』『報復』いずれも素晴らしい。しかし現時点では、今まで見たことのない《世界の終わり》を見せてくれたことに敬意を表し、『世界の終わりの七日間』を選択したい。

 世界の破滅をテーマとした小説は多いけれど、この小説の後味——諦めとも救いとも絶望とも希望とも祈りとも言いがたい——は、とても胸に響く。崩壊した社会の残滓の中で、妹ニコを探すパレスの道行き。様々な人々とそのエピソードが彼の前を通り過ぎ、ほとんどロードノベルの域に達するのに、終わってみれば推理小説としての枠組みは明確に維持されていた。そして真相が含む深い、とても深い余韻。全てがわかった後の《終章》では、淡々とした文章の行間から万感の想いがあふれ出す。この三部作は正直、第二作で中弛みしたと思っていたのだが、それは見事にリカバリーされ、破滅SFならではの要素とミステリならではの要素が見事に溶け合っている。この絶妙なブレンドは、この作品でしか味わえない。

千街晶之

『世界の終わりの七日間』べン・H・ウィンタース/上野元美訳

ハヤカワ・ミステリ

 あと一週間で小惑星が地球に衝突するという状況下、元刑事ヘンリー・パレスはもう一度妹ニコに会うべく、彼女の行方の手掛かりを追い求める。その過程で彼が知った衝撃の事実とは。そして人類の運命は? シリーズ前二作よりも更に混乱を増した世界を背景に、人々の希望と絶望、理性と狂気、執着と諦観が静かに火花を散らす。『地上最後の刑事』『カウントダウン・シティ』そして本書の三部作を通し、あくまでも刑事としての矜持を守り抜いたヘンリー・パレスという主人公とともに終末に向けて旅してきた読者は、ラストで何とも形容し難い深い余韻に包まれる筈だ。年間ベスト級の作品が早くも登場した。

 自分で解説を書いた作品なので外したけれども、マイクル・コリータ『深い森の灯台』も傑作。著者得意のホラー・ミステリであり、緻密な伏線とその鮮やかな回収は本格ミステリファンにもお薦めだ。

北上次郎

『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』ダヴィド・ラーゲルクランツ/ヘレンハルメ美穂・羽根由訳

早川書房

 まさか「ミレニアム」がまた読めるとは思わなかったが、これだけ面白いのも嬉しい。主要キャラクターだけ引き継いで、内容はまったく新しいものにしたほうがよかったような気がしないでもないが、それは言わないでおく。これだけ楽しいのならそれは贅沢な注文というものだ。

霜月蒼

『奪還 女麻薬捜査官ケイ・ハミルトン』M・A・ロースン/高山祥子訳

扶桑社ミステリー

『ミレニアム4』も当然よかったのだが、やはりタフな女性ヒーローを主人公にしたこちらを挙げておきたい。わるいやつをとっ捕まえるためならド汚い手もいとわぬサンディエゴの麻薬捜査官が、21世紀のクライム・ワールドでもっとも凶暴な悪役たるメキシコの麻薬カルテルとガチで対決——という話である。

 ダレ場一切なしで事態がエスカレートしてゆくサービスぶりが実に楽しいし、人が平然と殺され、過剰な火力をバカスカ投入する思いきりのよさもいい。これぞペーパーバック・アクションの醍醐味というべきで、話がさらに派手になりそうな第二作が待ち遠しい。うまく転べば「グレイマン」みたいにもなれそうな気がします。海外ミステリ・ファンのみならず、深町秋生の八神瑛子シリーズのような国産ポリス・アクションをお好みのひとにもおすすめしたい。個人的にはロバート・ロドリゲスによる映画化を希望。

杉江松恋

『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』ダヴィド・ラーゲルクランツ/ヘレンハルメ美穂・羽根由訳

早川書房

 自分で解説を書いた手前非常に気が引けるのだが、個人的な理由からこの作品には非常に共感するものがあるのでぜひともお薦めしたい。大ヒット作の続篇を別の人間が執筆、あれあれ、このシチュエーションってどこかで聞いた記憶が、えーとたしか『バトル・ロワ……』というような話はどうでもいいのだが、続篇でここまでオリジナルの味を活かしたものというのは珍しいのではないか。特に感心したのが、ヒロインの人物設定に「スティーグ・ラーソンならこうしただろう」という要素を付け加えてみせた点で、原作を研究し尽くしてないとあれは書けない。また、過去作に登場した脇役たちを、前作の因縁を引きずるような形で読み戻すやり方にも唸らされた。誤解を恐れずに言うが、これはめったにない完成度の「二次創作」だと思う。オリジナルと本書を読み比べると非常に勉強になるのだ。物語のほうもおもしろく、主人公二人を付かず離れずの距離で共闘させるあたりもやはり上手い。ラーゲルクランツは2年置きに新作を発表するとのことで、残り2作が実に楽しみである。

 というわけで年末にもかかわらず大作の続篇や完結篇など、話題作が多数刊行された2015年12月でした。どうやら今後も期待ができそうです。来月もまた七福神をお楽しみに。(杉)

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