みなさま、こんにちは。
四月二日におこなわれた、第七回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション、盛り上がりましたね〜。アーナルデュル・インドリダソンの『声』が大賞と読者賞をダブル受賞! わたしは今年も開票式のお手伝いをさせていただきましたが、投票順に読んでいくだけで、毎回仕組んだわけでもないのにドラマチックな展開になるんですよ。不思議ですね。
会場がふだんはなかなか行けないスウェーデン大使館、特別ゲストにスウェーデン人作家のヨハン・テオリン氏、しかも東京はちょうど桜が満開ということで、お楽しみいただけたのではないでしょうか(わたしの案内が不適切で、懇親会会場にすんなりたどり着けなかったみなさま、たいへん申し訳ありませんでした!)。
さあ、第八回翻訳ミステリー大賞の候補作選びはもうはじまっています。今回の読書日記は読み応えたっぷり、上下巻特集です!
■3月×日
待ってました、フェイ・ケラーマンの〈リナ&デッカー〉シリーズ、翻訳再開です。『目隠し鬼の嘘(上下)』はシリーズ十八作目で、途中五作が抜けてるけど、大好きなシリーズなので、読めるだけで大満足。もちろんこの作品から読みはじめても充分楽しめます。
今回もこのシリーズに多い機能不全家族のお話。
大富豪のカフィー夫妻が、広大な敷地内にある自宅豪邸で警備員やメイドともども殺害され、長男は瀕死の重傷を負うという事件が起こる。多重殺人事件だ。ロス市警殺人課のピーター・デッカー警部補は、深夜に呼び出されて現場に急行し、敷地内の捜索にとりかかる。
おりしもデッカーの妻リナは、陪審員に選ばれて、市民としての義務を果たすべく裁判所に通っていた。そのランチ休憩時、目の不自由な法廷通訳ハリマンが、ヒスパニック系の男たちの会話を聞いてしまう。男たちは件の富豪殺人事件の関係者しか知りえないことを話しているようだった。ハリマンは男たちの人相を確認してほしいとリナにたのむ。
「ハンナ大きくなったわね〜」「シンディもう結婚したのか〜」「リナは全然変ってないなあ〜」と、シリーズファンとしては懐かしさでいっぱい。デッカーは今も変わらず幸せそうでよかった、よかった。
凶悪犯罪の捜査と並行して、日々の食事風景や学校行事など、家庭生活の描写にページを割いているのがこのシリーズの特徴。シンディは刑事になって結婚、サミーとジェイクも大学に進学して家を離れ、いっしょに暮らしている子供は高校生のハンナだけだが、デッカーはやっぱりいいお父さんだ。リナとハンナのなにげない言動から、デッカーがいかに愛されているかがわかってほのぼのする。
手がかりを丹念に追って、広大な敷地を掘り返し、地道にこつこつ捜査するデッカーたち特別捜査班。小出しにされる情報から推理する楽しみ。これぞ警察小説の王道です。
家族のドロドロを描きながら、ほのかな希望を感じさせるラストも秀逸。
■3月×日
大人気作品の続編を書くって、すごいプレッシャーだろうなあ。ダヴィド・ラーゲルクランツの『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女(上下)』は、故スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズの続編。前三作をかなり研究したらしく、スピーディな展開や主要登場人物の造形も違和感なく、物語が再開したんだなあという印象を受けた。ミカエルやリスベットにまた会えたうれしさで一気読みでした。
雑誌『ミレニアム』が経営危機に陥り、メディアにもたたかれてくさっていた看板記者のミカエル・ブルムクヴィストのもとに、ある情報がはいる。人工知能研究の世界的権威フランス・バルデル教授が関係するスクープがあるらしいというのだ。しかしミカエルが興味を惹かれたのは、長いこと音信不通だったリスベット・サランデルが、その件にからんでいるのを知ったからだった。
一方フランスはとある事情から身の危険を感じていた。さらに、虐待を受けているらしい自閉症の息子アウグストを妻のもとから引き取り、いっしょに暮らしはじめたフランスは、アウグストに特殊な能力があることに気づく。
やっぱリスベットかっこいいなあ。天才ハッカーとしてさらに腕を上げ、頭の回転がめちゃくちゃ早くて、相変わらず痛みにも強い。身体能力もアップしたみたい。
今回はとにかくリスベットが体を張っている印象。ミカエルとはネットを通じて連絡をとる程度だが、ブランクはあっても打てば響く受け答えに、強い絆が感じられる。リスベットの知られざる過去とともに、あらたなる敵の存在も明らかになるのだが、これがまたリスベットの対極にいながら、同じくらい強烈な個性を持つ、強烈なヒールキャラ。危険すぎるその人物とは……
独立した作品ではあるけど、リスベットとミカエルのキャラと関係性を頭に入れておいたほうが楽しめるのは確実なので、できれば前三作を読んでからどうぞ。
ちなみに、同じ著者で二〇一七年には第五部、二〇一九年には第六部が刊行予定だそうで、忙しくなりそうですね、ラーゲルクランツさん! ハリウッドでも『ドラゴン・タトゥーの女』につづいて、この第四部の映画化が進められているとか。こちらも楽しみ。
■3月×日
『半身』や『荊の城』から、ヴィクトリア朝を舞台とした歴史ミステリーの印象が強いサラ・ウォーターズだが、『黄昏の彼女たち(上下)』は著者初の大戦間小説。「ダウントン・アビー」でも描かれていた時代だと思うとちょっとわくわく。貴族じゃないので暮らしぶりはだいぶちがうけど。
一九二二年、第一次大戦で兄と弟を失い、父も死んで、母と二人暮らしになった二十六歳のフランシス・レイは、経済的な理由から、ロンドン近郊の屋敷に下宿人を置くことにする。越してきたのはレナードとリリアンのバーバー夫妻。労働者階級の若夫婦は、皮肉なことに上流階級のレイ家よりもずっといい暮らしをしているようだった。フランシスは同じ家のなかに他人がいることに慣れず、最初は緊張していたものの、リリアンと親しくことばを交わすようになると、狂おしいほど彼女に惹かれていく。
フランシスとリリアンの関係性、とくにフランシスの心情がとても丁寧に描かれていて、もどかしさ、罪の意識、甘い絶望、ささやかな希望など、心の機微が手に取るようにわかる。もちろんそこで描かれるのはロマンスだ。不穏さを残しつつもそのまま上巻が終了し、えっ、どこにミステリー要素が?と思っていると、下巻でついに事件が起き、裁判へとなだれこむ。裁判の行方はもちろんのこと、罪の意識にさいなまれ、微妙にすれちがいはじめるふたりの心の行方から目が離せない。
とても上流階級の子女とは思えないフランシスの働きぶりに頭が下がります。根が真面目なんだろうなあ。
それよりお母さんがまだ五十五歳なのに、まったく家事をしないことに違和感。以前は使用人がいたから家事をしたことがないのはわかるけど、フランシスだって条件は同じなはず。なのに、炊事も掃除も、すべてフランシスにたよりっきりで、フランシスじゃなくてもなんかイラッとするわ。でもそういう時代なんだろうなあ。内心のイライラを隠して母をいたわるフランシスは立派だ。こんなにがんばってるんだから、人づきあいぐらい好きにさせてあげて、と思っちゃう。
ふたり並んで歩くとき、無意識に車道側を避けて安全な塀側を歩くリリアン。女子っぽいわ。でもなかなかつかみどころのない人で、そこがじれったくもおもしろかった。単純そうに見えて実は複雑なキャラなのだ。まっすぐなフランシスがリリアンに惹かれた理由がなんとなくわかった。
■3月×日
キャロライン・ケプネスの『YOU(上下)』は、ストーカーものと聞いていたので、キモいキャラの犯人だったら引くなあと思って読みはじめたのだが、引くどころか、前のめりにぐいぐい引きこまれるページターナーだった。スティーヴン・キングの『ドクター・スリープ』の訳者あとがきに書かれていた、新人サスペンス作家の作品ってこれか!
上巻の帯には「書店員ストーカーサスペンス!!」とあるのに、下巻の帯は「究極のラブストーリー」。そう、これは全身全霊で「きみ」を愛した書店員「ぼく」の、ヒリヒリするような究極の愛の記録だ。
ニューヨークの書店員ジョーは、ある日書店にはいってきた若い女性(ナタリー・ポートマン似の小柄な美人)を見て、ひと目で恋に落ちる。選ぶ本からウィットに富んだ受け答え、しぐさも表情も、何もかもが自分好み。クレジットカードから個人情報を得たジョーは、まったく悪びれずにさっそくストーキングを開始する。
相手の女性、グィネヴィア・ベック(通称ベック)は、ジョーにとっては女神設定になっちゃってるけど、実は自分大好き女子。作家志望の大学院生で、メールやツイートは毎日大量に書くくせに、肝心の創作の方はさっぱり。同じく自分大好きなチャラ男に熱を上げるも足蹴にされている。女友だちには見栄を張り、メンヘラなセレブの友だちに振り回されてよろこんでいるようなところも。
解説で大矢博子さんも書いておられますが、ベックの言動にジョーが一喜一憂する様子を読んでいるうちに、不覚にもジョーに感情移入しちゃうんですよ。ジョーは彼女のずるいところやダメなところもひっくるめて、すべてが好きなんですね。むしろダメなところこそ愛おしいぐらいの勢いで。そう考えると、なんかいいやつだなあって。後半に登場するカレンのほうが女としてはるかに上等で、絶対ジョーを幸せにしてくれそうなのに、ベックに突っ走るんですよ。どこまでもひたむきなの。
でもでも、よく考えたら、いやよく考えなくても、やってることはえげつないしビョーキだし犯罪なんだよね。ストーカーとして予想に違わぬキモいことをしてくれちゃうし、突然びっくりするほど冷徹にもなる。このギャップのおかげで怖さ倍増。事故にあって血まみれになりながらベックのもとに向かうくだりなどは完全にホラーだ。
くだんの『ドクター・スリープ』発売日のお祭り騒ぎはもちろん、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』が重要なアイテムとして登場したり、あの有名作家の孫?という人が登場したり、本好きらしいディテールが楽しかった。地下室の檻に監禁されて、これまでに読んだ本のオールタイムベストをあげろ、あとでテストするからな、なんて言われたら、ちょっとうれしい拷問かも? これはこれでビョーキかしら。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。近刊は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ最新作『レッドベルベット・カップケーキが怯えている』。 |
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