みなさま、こんにちは。

 ゴールデンウィーク、いかがおすごしですか?

 世の中には八連休とか十連休の人もいるんでしょうか、うらやましい……本もたくさん読めますね!

 今回の「お気楽読書日記」はちょっと目先を変えて、翻訳ミステリー(フィクション)以外のものも混ざってます。たまにはいいよね?

■4月×日

『ブエノスアイレスに消えた』はアルゼンチン作家グスタボ・マラホビッチのデビュー作。テレビドラマや映画の脚本を書いていたらしく、映像的なシーン展開や情景描写が印象的だ。

 ブエノスアイレスで、四歳の幼女モイラがベビシッターのセシリアとともに突然姿を消す。父親のファビアンと母親のリラは必死で娘の行方をさがすが、警察の捜査は遅々として進まず、もともとうまくいっていなかった夫婦仲はこじれ、鬱病気味のリラは苦悩に押しつぶされていく。希望を失いかけたファビアンのもとに、ある日ユニークな私立探偵ドベルティがやってきた。警察はあてにならないと、ファビアンとドベルティはふたりであらたにモイラ捜索をはじめる。

 いやな予感がして、十分まえに出かけたモイラとセシリアを追いかけるファビアン。その目のまえで無情にも地下鉄のドアが閉まり、車中の娘が遠ざかっていくシーンが脳裏に焼きつくほど印象的。子供のいる人にとって、身の毛のよだつようなシーンだ。

 絶望のどん底からファビアンを救うのはドベルティだが、そこからも捜索は順調にいくわけではなく、何年もの時間がすぎていく。ファビアンは昔やっていたバレーボールをまたはじめ(パパさんバレー?)、仲間といこいのひとときを持ったりしていて、なんだかゆるいな〜と感じるかもしれないけど、こんなふうに息抜きしないと精神的にまいっちゃいますよ。結果的にブレイクスルーにもなってるし、男の友情ってなんかいいな、と思った。ドベルティとの友情もだけど。このあとは、驚きの展開とサスペンスフルなシーンがガンガン来るので、こういうちょっとひと息的なシーンは貴重だ。

 モイラ失踪の経緯にはマジで驚いたけど、ゆるやかに収束していくラストは技あり(異論は認める)。ときにゆるく、ときに激しく、弱さと強さを併せ持つファビアンのキャラもこの作品に絶妙に合っていると思う。気持ち半熟寄りのハードボイルドって感じ? ゴリゴリのハードボイルドは苦手という人にはちょうどいいかも。

 モイラのお気に入りのぬいぐるみがコオロギ(ディズニーの『ピノキオ』に出てくるジミニー・クリケットの不気味バージョン)というのもじわじわくる。このコオロギに最後に泣かされるとは……

 もっと早く読んでおけば、去年の私的ベスト3に入れたのに……いや、いつ読んでもいいものはいい! ポケミスでけっこうな厚さだし、アルゼンチンのことはよくわからないし、よく知らない作家だし、デビュー作だし……などの理由でまだ読んでいない方、今すぐ書店へGO orポチってください。積読になってる方、安心してください、欧米とも北欧ともひと味ちがう、ザ・南米なミステリを心ゆくまで味わえる傑作ですよ!

 そしてなんと、これがシリーズ一作目らしいです。二作目も読みたいな〜早川さん!

■4月×日

『あなたを選んでくれるもの』は、『いちばんここに似合う人』のミランダ・ジュライのインタビュー集。シンプルでストレートで心温まるフォト・ドキュメンタリー。

 ミランダ・ジュライって、もともと映画界の人だったのね。知らなかった。

 二〇〇五年に脚本・監督・主演を務めた初長編映画『君とボクの虹色の世界』がカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞。二〇〇九年、第二作『ザ・フューチャー』の制作にとりかかる。遅々として進まない作業。その苦悩のさなか、現実逃避のためにはじめたのが、『ペニー・セイバー』の「売ります」に広告を載せている人に会いにいき、インタビューをすることだった。

 革ジャンを売る性転換中の中年男性。インドの衣装を売るパワフルなインド人女性。庭の池で育てたウシガエルのオタマジャクシを売る男子高校生。珍獣ばかりを飼育する女性。足首にGPSをつけられた前科のある男性。そして、記念日ごとに妻に自作のエロ詩を贈りつづける老人。だれもが普通でだれもが特別。みんなささやかだけど大切なことのために生きている。

 同行したカメラマンによる写真とともに紹介されるインタビューを読んでいると、さまざまな思いを抱えてロサンゼルスに住む人びとの生の声が聞こえてくるようで、とても引きこまれた。その人のことば、住まい、持ち物から、彼らの生活ぶりやよろこび、悲しみ、孤独、幸せが浮かび上がってくる。そこに人生が凝縮されているかのように。さまざまな人々に出会い、思いがけず垣間見ることになったそれぞれの人生に触発されたジュライは、ついに映画を完成させる。その撮影の様子までがまさにドラマだ。

「ささやかだけど大切なこと」だけでできているような、読後じーんと胸に残る作品。ミランダ・ジュライという人についてもこれまで以上に興味がわき、もっと彼女の作品を読んでみたくなった。

■4月×日

 世の中にはいろいろなタイプの恐怖があるが、「相手の考えていることがまったくわからない」というのはかなり怖い。心に重くのしかかる怖さだ。「取り返しのつかないことに気づいてしまう」恐怖も、できれば味わいたくないもののひとつである。「どうすることもできなかったのか、自分」という自責の念も、じわじわと心を蝕む。

 そんなさまざまな恐怖をはらんだジョン・バーレーの『仮面の町』は、猟奇殺人で幕を開ける。

 中西部の小さな町で少年が殺害される。体じゅうをメッタ刺しにされたうえ、噛みちぎられた痕もある、壮絶な遺体の検死をおこなった監察医のベン・スティーヴンソンは、同じ年頃の息子を持つ身として心おだやかではいられない。サム・ガーストン保安官はベンからの報告をもとに捜査を進めていくが、やがて第二の犠牲者が……危険な殺人鬼が野放しになっていると知って、騒然とする住民たち。凄惨な事件はベンの家庭生活にも暗くのしかかってくる。

 前半と後半でガラッと印象が変わる。

 衝撃的な真相とそこにいたる経緯。

 腑に落ちつつも理解できないこと。

 この手の作品はほかにもあるし、現実にもありそうだけど、いやー、怖い。真相がわかってからのほうがめちゃめちゃ怖いです。そしてラストは最上級に怖い。

 これはやっぱりイヤミスになるのかな? とにかくいやーな感じで、読むのがつらい箇所もあったけど、それでもぐいぐい読ませる。読まされてしまう。目隠しの隙間から見てしまうあの感じね。

 ジョン・バーレーは現役の医師で、現在もフルタイムで働きながら執筆活動をしているらしい。それも救急科というからものすごく忙しそうなのに、よくそんな時間があるなあ。『仮面の町』はデビュー作で、医師としての知識と経験が生かされている。主人公のベンは病理医/監察医だし、検死や解剖をおこなうシーンや死体の描写がえらくリアルなのだ。でも医学の専門用語がこれでもかと出てくるので、翻訳はたいへんそう。

 そういえば、アメリカでは証明写真を撮るとき、ほとんどの人が笑顔なんだなあ。

■4月×日

 マイクル・コリータの『深い森の灯台』も怖いよ。こちらはホラーの怖さ。

『冷たい川が呼ぶ』と似たタイプのホラー・ミステリで、ノン・シリーズ作品です。

 ケンタッキー州ソーヤー郡の保安官代理主任ケヴィン・キンブルは、森のなかの灯台に住むワイアット・フレンチという老人から謎の電話を受ける。ほかのことに気を取られていたキンブルは、酔っ払いの戯言だろうととりあわなかったが、同じくワイアットから電話をもらった地元新聞社の記者ロイ・ダーマスは、灯台でワイアットの自殺死体を発見。遺品からワイアットがこの地域で起きた事故について調べていたことがわかり、キンブルとロイは協力してその意味をつきとめようとする。そのころ、灯台の近くに移転してきたネコ科獣救助センターでも問題が多発しており、ついには悲劇が起きる。

 キンブルは深い因縁のある女性ジャクリーンを通して、ロイは交通事故で死んだ両親を通して謎とつながっていて、だからこそワイアットはふたりに電話したんだけど、ワイアットが伝えようとしたこと、森のなかに灯台を建てた理由が明らかになっていく過程は読み応えあり。

 キンブルってちょっとつかみどころのないキャラだな、信用していいものか……と思いながら読んでいたら、ラスト付近で印象が変わった。なかなか思い切ったことをする人だ。

 ネコ科獣救助センターの運営者オードリーも、読んでいるうちに印象が変わる。ネコ科獣の保護は亡き夫が入れ込んでいたことで、施設にも思い入れはないのだろうと思っていたら、ちがったのね。ネコ科獣の虎とか豹たちもなにげにキャラが立ってて、とくに野生のピューマ/クーガー/マウンテンライオンのアイラの存在感は圧倒的。ちなみにネコ科獣は大型のものばっかりで、普通のネコはいません。

■4月×日

 今日はちょっとオマケで、『『罪と罰』を読まない』をご紹介。ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことのない岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美の四氏が、読まずにまず未読座談会をし、そのあと課題書を読んで読後座談会をするという構成なんだけど、この企画がもう神。新しい本の楽しみ方を提案する前代未聞の読書会だ。

 もうね、読んでない本を推理するってこんなにおもしろいんだ!とびっくり。ひとりより何人かいると妄想の幅が広がってより楽しい。ヒント・プリーズ!と言って途中けっこう本文を読んでるから、種明かししすぎじゃないかと思ったけど、とびとびだと案外ストーリーってわからないものだね。

 あと、ラスコーリニコフを「ラスコ」、ドストエフスキーを「ドスト」、サンクトペテルブルクを「サンペテ」と呼ぶと会話しやすい! そうか略していいんだ、と目からウロコでした。マルメラードフなんて「マメ父」! ラズミーヒンを馬扱いしたりして、とにかく自由なの。キャラも勝手に推理(妄想)して、「さすがのラスコ・クオリティですな」とか言ってるし。とくに三浦氏の妄想が飛び抜けておもしろい。翻訳者としてはぶっ飛びな岸本さんも(褒めてます)、このなかにはいると真面目なほうなんだなあ、と妙な感慨も。

 さらに、両座談会のあいだに収録されている登場人物紹介と正しいあらすじも、いちいちおもしろいの。ラスコは眠りこけてばかりいるとか、中二病的だとか、ソフィアはたまにカナリヤのように怒るとか(どんな怒り方だよ)。

 読後座談会になるともう爆笑なくしては読めない。お楽しみはキャスティングで、やたらと熱い男ラズミーヒンは松岡修造、小細工が全部すべるケチ男ルージンはスティーブ・ブシェミ、謎めいていて一番人気だったスヴィドリガイロフ(通称スベ)はヴィゴ・モーテンセン、慇懃無礼なポルフィーリーは片岡愛之助と超豪華。しかも読んでいるうちからそのキャストの声で脳内再生されるというから、さすがみなさんレベル高いです。

 ラスコはイケメンらしいけど、とくにだれとは上がってなかったな。ラスコは「いきなり帰るマン」で「急に気分変わるマン」で「ほっといてくれマン」で中二病で童貞でセカイ系。「困っている人萌え」でもある。

 ちなみにわたしは、ラスコが寝てるあいだに修造が古着屋に行って服を用意してくれた、からの、岸本さんの「しかも古着は「一着買えば来年はタダ」とか、意味がわからない」で笑いのツボから抜けられなくなった。どうしてだろう。自分でも謎。

 あと岸本さんの「むちゃくちゃニコルソン・ベイカーだった」という感想に納得。スヴィドリガイロフの永遠の定義「田舎の風呂場みたいなすすだらけの小さな部屋で、どこを見ても蜘蛛ばかり、これが永遠だとしたら」を全員が絶賛していたのも印象的だった。

『罪と罰』は十代のころに読んだきりで、当時はとくにおもしろいとは感じなかったけど、印象がすっかり変わって、だんぜんまた読んでみたくなった。読んだことがない人は「未読座談会」まで読んでから『罪と罰』本編を読み、残りを読むのがベスト。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの新ハイランダー・シリーズ第三弾『口づけは情事のあとで』(二見文庫)。

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