さて、第1回弘前翻訳ミステリー読書会レポートの続きです(前篇はこちら)。

 いよいよ各編ごとの感想を、各自述べあうことに。

「ボヘミアの醜聞」

 杉江さんからやおら一言「これはホームズ物語にその後も出てくる『火事だ!』シリーズのひとつですね」

 以後も各編について「これは××シリーズ」と分類する流れが、ここで生まれました。

 女性陣からは「アイリーン・アドラーかっこいい」という声が。峰不二子を連想させる、という声も上がりました。これだけキャラが立ってるのに(正典では)1回きりの出演はもったいないなと。

「ボヘミア王って結局誰なの?」という話では、後の短編で「スカンディナヴィアの王様の依頼を解決した」という話が出ることから、ドイルはボヘミアの位置が分かってなかったんではないか、という指摘が。すごく、ありそうです。

「赤毛組合」

 この作品に「好き」票を投じたのは、近郊の鯵ヶ沢町からお越しのK村さんと、日暮雅通さん。K村さんはホームズを読むのが今回初めてということで、そういう方のご意見が聞きたくて仕方ありませんでした(ポーやラヴクラフトがお好きだそうです)。

 K村さんいわく「冒頭の依頼人の職業あて、あれがホームズというキャラクターの絶好の説明にもなっていて、面白かった」おお。これは至言ですね。

 日暮さんからは「×の処理はどうするんだ、という疑問もわくが、これだけテンポよく語られたら納得してしまう」という指摘。本当に、ひたすらにコミカルで楽しい話だなと改めて感じました。

 根幹となる着想についてももはや「赤毛トリック」としか言いようのない、まさしく古典の名にふさわしい傑作である、ということで意見が一致しました。

「花婿の正体」

 気持ち悪い話だよね、ということでおおむねの意見が一致。この話くらいから、『緋色の研究』で設定されたホームズ像との変化が見られ始める、という指摘もあり。連作短編におけるキャラの進化が伺えます。

「ボスコム谷の惨劇」

 ここに来てようやく、殺人が起こるお話。犯人の動機はシリーズを通してよくあるパターンであり「ドイルが『これは使いやすい』と気づいたんじゃないか」という指摘も。

 レストレード警部の描写から、正典を通じてのホームズと警察との関わりについての考察も生じました。日暮さんからは「ホームズが警察に接する時の、訳し方の問題が大きい」という指摘。訳者次第で、ホームズが警察を馬鹿にしているように見えるかどうか変わってくるといわれて、納得してしまいました。

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「五つのオレンジの種」

 次の作品に続いて「好き」票が集中しましたが、「嫌い」という意見も1票入っております。

「好き」派のTさん(鶴田町から参加)は「結末のスッキリしない感じ」が好みであるといい、「嫌い」派のK村さんは「モヤモヤしていて納得できない」と。こういう意見の割れ方が、読書会の楽しみだと思います。

 そして杉江さんは「この話の、山中峯太郎の訳がスゴいんだ」と、ポプラ社版のホームズ全集第20巻『黒い魔船』の実物を手にしながら名調子で語ってくださいました。

 次の話へのつなぎと、その話の結末も含めて、おいおい、そこまでやっていいの?って脇で聞いて大笑いしました。たぶんほとんどの方が、山中峯太郎のファンになったことでしょう。ヘボ探って……。

「くちびるのねじれた男」

 私も「好き」に入れた作品です。冒頭のホームズのアナーキーっぽさが受けてました。

 ホイットニーさんの出番があれだけってのはどうなの?というごもっともな指摘も。

 わりと盛り上がる話かと思ったらけっこう早く収まって、こういう意外さも楽しいです。

「まだらの紐」

「嫌い」派の、札幌からお越しのKさんからは「犯人が苦手」だと。うん、それはもう仕方ないね。

 で、全編を通じたオカルトじみた雰囲気やトリック構成(無理があるのはみな承知)、語り口の妙など、あらゆる点で「ここまでされたら、少しくらい欠点があってもかなり許す」(杉江さん談)ということで、みな納得。

「青い柘榴石」

 とにかく語りのテクニックが際立っている作品でありもはや落語の世界である、という杉江さんのご指摘に、やはりみな納得。筋立てとしてはその後の作品にも類例があるが、その中でやはりこれが突出していると。

「技師の親指」

「描写が気持ち悪くて嫌い」というYさん(弘前から参加。二次会会場となった読書バーのマスターでもあります)の指摘。私も同感です。ドイルは時々、描写がエゲつないなと。

 また、犯人がけっこう魅力的でかつ謎を残しながら消えるのに、その後はシリーズで1回も出てこないというところが話題に。ドイルはそういうところが多く、だからこそ「敵としてのモリアーティ教授の存在感が大きい」という日暮さんの指摘には納得いたしました。

 なお、別の訳書に掲載されていたある場面の挿絵と実際に描写されている状況を比較される日暮さんが、こちらです。

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「独身の貴族」

 女性参加陣から「この依頼人はかわいそう」「というか相手の女が弁護できない」「比較してアイリーン・アドラーがかっこいい」というお話が出て、盛り上がりました。

 また杉江さんから「この話と次の話で続けて、レッドへリングの手法が使われている。ドイルはきっと『これはいいだまし方だ』と学んだのだろう」という指摘が。収録順に読む楽しさは、こういう発見ができることだと言われて、なるほどと思いました。

「緑柱石の宝冠」

 ワトスンって女性の描写が優しいよね、という話や、あの宝冠って安物過ぎない?という意見など。それくらいで壊れんなよ、という。

 そもそも冒頭のやんごとなき方は誰なの、ということについては、やっぱりあの放蕩者でしょうと日暮さん。当時の英国人が読めば想像のつく書き方がされている、ということですね。

「橅の木屋敷の怪」

 パターンとしてはよくある話だが、意外な人物の意外な行動が物語を面白くしている、と杉江さん。ドイルはこういう人の動かし方で読者の虚を突くのが巧みである、と。

 この作品でいったん、ストランドマガジンへの連載は中断し、約半年後に再開されるまでにドイルは何をしていたのか(賃上げ交渉らしいです)とか、これに続く『回想のシャーロック・ホームズ』までがピークで、その後は明らかにドイル自身が書きたくないことが伝わってくる。けれどたまに光るものがあって、特に『事件簿』はいい。中でも「三人ガリデブ」がいいんだ!と杉江さんがイチオシして、すべての話題が終了しました。

 最後に各自、この本および今回の読書会について総括。

 札幌からお越しのHさんは「今まで正直、ホームズ物の魅力が分からなかった。それがコンプレックスだったけど、今回読み直して皆さんの意見を聞いて、キャラ・物語・背景などいろんな魅力が詰まっていることが発見できた。特に脇役に魅力的な人が多いのに感心した」とのご意見。

 弘前から参加のOさんは「手塚治作品が好きな自分にとっては、ホームズがブラックジャックと重なって見えるところがあり、好きになった」と仰っていました。

 他にも「1つのパッケージで読んだのは初めてだったけど、ドキドキしながら読んだ。この調子で続きも読みたい」というTさんや、「ますますホームズが好きになった。ワトスンじゃなく私を助手にして」という仙台のYさんなど、多くの意見が飛び出しました。

 日暮さんからは、今回の課題図書となった深町眞理子さんのシリーズ全訳がもたらした意義についての分析がありました。だいぶ昔に深町さんの訳で出版された『事件簿』もこの流れで新訳が出るということで、深町さんの情熱とそれを受ける東京創元社の意地を称賛されておりました。また駒月雅子さんによる角川文庫からのホームズ物全訳が成し遂げられることも楽しみにしている、と。

 杉江さんからは「連作ミステリのいいところが凝縮された内容である」という指摘が。「ひとつの短編を面白く語るために、様々なテクニックが用いられている。そのテクニックは姿を変えつつ、他の作家の作品にも生きている。ミステリをいろいろ読み始めると『この話はあの話と似ている』と思う時があるが、それこそが読み方の幅を広げる瞬間だ。どうして似ているのか考えるためにも、時々ホームズに戻るという作業はミステリファンにとって大事なことだろう」と締めくくられました。

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 以上を持ちまして、読書会レポートは終了です。私自身は予想をはるかに超えて濃厚で楽しい2時間を過ごさせて頂き、参加者の皆さん全員に、ひたすら感謝です。

 次回は夏に弘前で読書会を開きたいと思っています。課題図書はまだ決まっていませんが、必ずやります。やっぱりミステリを読んで、それについて語りあうこと以上の楽しさはないなと、改めて感じましたので。

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

●杉江松恋氏による弘前読書会開催記念ツイート「ホームズ短篇のメモ」のまとめはこちら●

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