書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 先月褒めたにもかかわらず今月は原稿のフォーマットがばらばらだったことをご報告します。どういうことよ。へそ曲がりなの? そんな愚痴をこぼしつつも、今月も始まります。さあ、どんな本が五月には刊行されていたんでしょうか。おなじみ、書評七福神です。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『パンドラの少女』M・R・ケアリー/茂木健訳

東京創元社

 ゾンビ小説は個人的に好きではないのだが、読み始めたらもうだめだ。そんな不満を言っている暇もなく一気読み。破滅した世界を描くディストピア小説であり、自由を求めるロードノベルであり、確執をかかえた者の心が徐々に寄り添っていく過程を描く友情小説だ。さらに、直前の死を回避するために必死に戦うアクション小説でもあるのは言うまでもない。

吉野仁

『背信の都』ジェイムズ・エルロイ/佐々田雅子訳

文藝春秋

 エルロイの新作長編、なんと日系人が主人公の警察小説で、物語は日米開戦前夜から幕を開け、加えてダドリー・スミスをはじめ、お馴染みの人物が多数登場し、さらにこれは〈新・暗黒のLA四部作〉の第一弾というのだ。その読みやすさに驚いたが、もちろんそれだけでは終わらず暗黒が待ち構えており、さすがエルロイ。困るのは、前の作品をあれこれと読み返したくなることである。そのほか、二十世紀初頭のニューオリンズで起きた猟奇殺人をめぐるレイ・セレスティン『アックスマンのジャズ』北野寿美枝訳(ハヤカワ・ミステリ)も読みごたえ十分で、この作者の次作も大いに期待したい。あと、ホームズ・パロディのカミ『ルーフォック・オルメスの冒険』高野優訳(創元推理文庫)の奇抜さにやられっぱなし。

川出正樹

『埋葬された夏』キャシー・アンズワース/三角和代訳

創元推理文庫

 読み終えて今、深い余韻に浸っている。万感の思いのこもったラストの一言に感じ入っている。これは紐帯の物語だ——異分子であることを痛いほど自覚していた少年と少女の、支配者と隷属者の、そして邪悪なる物同士の。

 二十年前の夏に、イングランド東部のスモールタウンで残虐な殺人者として断罪された少女。被害者の名を伏せたまま、元刑事の私立探偵が新たな証拠に基づき再調査する現代のパートと、ゼロ時間に向かって邪悪なエントロピーを増大させていく過去パートを切り替えて、「あの夏いったい何が起きたのか」という核に向かって収斂させていく手際は、実に見事でページを繰る手が止まらない。

 終盤、とある登場人物が放つ、「秘密は人を殺せるのよ」という一言に、思わず身がすくむ。秘密を植え付けた者と抱えざるを得なかった者たちの織り成す、やるせなくも、目をそらすことの出来ない鮮烈な犯罪小説を、ぜひ読んでみて欲しい。

酒井貞道

『虚構の男』L・P・デイヴィス/矢口誠訳

国書刊行会

 5月も傑作揃い。しかも語りたくなる作品が多い。エルロイ然り、『埋葬された夏』然り、『偽りの書簡』然り、『ラスト・ウィンター・マーダー』然り、『アックスマン のジャズ』然り、『白夜の爺スナイパー』然り、『ぼくは漫画大王』然り……。よって、せっかくだ から、既読者同士でないと色々と語れない『虚構の男』を挙げておきたい。裏にとんでもないことが潜んでいそうなのは最初からビンビン伝わってくるし、正直なところ、最初のアレは予想の範囲内でした。しかしその後の展開も凄くて、最後は、何がどうなったらこうなるんだ、という感じ。それでも登場人物がしっかり肉太に描き込まれているのが凄い。あと、物語のどのフェーズでも、主人公が虚構の男であり続ける点には感心しました。もちろんどういった意味での虚構かはコロコロ変わっていくんですが、タイトル通りであるというその一点においては全くぶれない。凄いタイトルだと思います。

千街晶之

『偽りの書簡』R・リーバス&S・ホフマン/宮崎真紀訳

創元推理文庫

 バルセロナで上流婦人が殺害された。独裁政権下にあるため警察の意に沿う記事しか書けない立場にある新人記者のアナ、その親戚で文献学者のベアトリズ。彼女たちは、手紙の文章の言い回しや綴り方といった特徴を手掛かりに、一度は解決したかに見えた犯罪の真相に迫るが……。次々と殺される関係者、立ちはだかる巨悪、警察も検察も信用できない……という四面楚歌の状況で真実を明るみに出そうとする二人の女性の闘いが静かな熱を放つ。彼女たちの奮闘はもちろん報われるけれども、その決着からは、単純にめでたしめでたしとは言えない苦い余韻が漂う。それは、本作がスペイン独裁政権時代を背景にしていることと無関係ではない。

霜月蒼

『背信の都』ジェイムズ・エルロイ/佐々田雅子訳

文藝春秋

 暴虐の《ナルコ・オペラ》たる『ザ・カルテル』に続き、今月は巨匠エルロイによる《シンフォニー・オヴ・ヘイト》の登場である。真珠湾攻撃直後、日系人が弾圧される中で、日系人鑑識官がLAでの大量殺人の謎を追う——という構図が、昨年話題となった『ゲルマニア』の日本人版を思わせもするエルロイ久々の警察小説。エルロイ史上屈指の傑作『アメリカン・デス・トリップ』を生み出しはしたが、個人的にはやはりエルロイには警察小説が似合う。「目に見えない陰謀の氷山」の一角がつくりだす迷宮を、正義と妄執のないまぜになった男たちが神経を過熱でボロボロにしながら掘り進む壮絶さは、エルロイでしか得られない。「警察小説」という器に「ノワール」というOSをインストールするとここまで凄いことができるということを実感させてくれる。

 銃火と砲声、ヘイトの叫びと弱い男たちの悲鳴、犯罪と戦争が交錯する交響楽。ダドリー・スミスやバズ・ミークスやウォード・リテル、さらにバッキーとリーの元ボクサー刑事のコンビなど、エルロイ世界のオールスターキャストなのでファンはもちろん問答無用で必読です。

杉江松恋

『アックスマンのジャズ』レイ・セレスティン/北野寿美枝訳

ハヤカワ・ミステリ

 かつての上司の不正について証言したことが原因で今は警察内で孤立している刑事と、その証言のために服役し、マフィアから抜ける条件として最後にボスの依頼を受けることになった男が、それぞれの目的のため同時に連続殺人犯を追い始める、という構図がまずかっこよすぎる。まるでメリケンさん版天保水滸伝なのだが、そこに「なんとか手柄を立ててピンカートンに正式な探偵として採用されたい娘」が第三の主人公として絡んで申し分のない人物配置である。キャラクターの設定には深度もあり、刑事が抱えている秘密には思わず虚を衝かれた。実に上手い。抜群の才能である。

 そして本書は私が密かにお気に入りにしている「斧ミス」の一冊でもある。「斧ミス」に外れなし。教養小説でありかっこいいやさぐれヒロイン小説でもあるウォルター・サタスウェイト『リジーは斧をふりおろす』でしょう、サイコスリラーにして文体実験作のフレドリック・ブラウン『手斧が首を切りにきた』でしょう、ドナルド・E・ウェストレイクには就職活動犯罪小説というとんでもない『斧』があるし、エド・マクベインの87分署シリーズいちばんの異色作『斧』もある。あとはA・A・フェアドナルド・ラム&バーサ・クール・シリーズの初期名作の一つ『斧でもくらえ』も忘れちゃいけない。どれも頭をかち割られるぐらいおもしろんですよ、お客さん。

 4月に続き大豊作。あわや全員ばらばらの十三不塔状態になるところでした。まだ折り返し地点にも来ていないというのに今年はどうなってしまうのか。さあ、来月もどうぞお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧